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「待て〜! 待ちなさい〜!」


ふかふかのベッドで気持ちよく寝ていたフリードは窓の外から聞こえる大声で目を覚ます。朝から一体何の騒ぎだ。

不機嫌な顔で窓の外を見ると一人の老人が子供を必死で追いかけていた。


「コラ、杖を返さんか!」

「や〜い。アルト爺が怒った〜! 逃げろ〜」


深刻な状況ではなさそうだ。どうやら老人の持っていた杖を子供が奪ったらしい。

必死で追いかける老人は額から汗を流しているが意外と元気そうに見える。案外杖が無くても困らなそうではあったがこのまま見ているのも可哀想だ。

宿から出たフリードは走り回る子供に素早く接近すると杖を奪い取った。


「あ〜僕の杖がぁ〜!」


不機嫌そうに頬を膨らます子供を無視してフリードが振り返ると、疲れ切った笑みを浮かべた老人が近づいてくるところだった。


「取り返していただきありがとうございます。えっと……」

「フリードだ」

「おお、フリードさんですね。朝食前に散歩していたら突然杖を奪われてしまってね……君、もうイタズラはするんじゃないよ?」


眉毛を八の字に曲げた老人が優しい口調で子供を叱るが反省の色は見られない。

両手を頭の後ろで組んだ子供はニヤリと笑って口を開く。


「え〜どうしようかな〜。アルト爺が一緒に遊んでくれるなら良いよ?」

「まったく……じゃあ午後でも良いか? 午前中に商店街で商品を捌かないといけなくてね」

「ほんと!? 約束だからね!」


嬉しそうに飛び跳ねた子供はそのままどこかへ走り去って行った。子供は自由だ。

フリードが内心で溜息を吐いていると老人はこちらに向き直って自己紹介をした。


「先ほどは助かりました。私はアルト、商人をやっております」

「さっき名乗ったが、旅人のフリードだ。村には昨日着いた」

「おや? 逞しい体つきなのでてっきり傭兵の方かと……旅の目的を聞かせてもらっても?」


アルトの目がキラッと光る。

一流の商人が商談で見せるような鋭い視線にフリードは思わず苦笑いを浮かべた。


「まぁ色々だ。深くは聞かないでくれ」

「これは失礼いたしました。人は誰でも秘密の一つや二つ、ありますものね」


愛想よく笑うアルト。どこまでなら踏み込んで良いかを瞬時に見極めるのも商人として長生きする秘訣なのかもしれない。

興味を持ったフリードがどんな商品を扱っているのか聞くとアルトは喜んで説明を始める。


「よくぞ聞いてくださいました! 武器や防具だけでなく食料品から日用雑貨まで幅広く取り扱っております。本日もこれから商店街で売り買いの商談……いやはや忙しい限りです」

「へぇ……俺でも買えそうなものはあるか?」


聞かれたアルトは嬉しそうに頷く。

そのまま商売用の大きな袋をガサゴソと漁る次々と商品が出てきた。


「フリードさんは見たところ大きな剣をお持ちのようですね。であれば鉄製の小型ナイフはいかがでしょう? 控え武器として使うのがよろしいかと。ところで旅はお一人で? お連れ様に女性がいらっしゃる場合はグレイトウルフの毛を使った手櫛を送るのはどうでしょうか。あとは高級な紙を使った便箋なども取り扱っておりまして、疎遠になってしまった遠方のお知り合いに送ると喜ばれること間違いなし! それから……」

「まてまて! 品揃えが豊富なのはよく分かった。とりあえず購入はまた今度だ」


あまりの話術に圧倒される。このままだと色々買わされてしまいそうだ。

フリードの言葉で冷静さを取り戻したアルトは恥ずかしそうに頭を掻く。


「おっと、失礼。つい熱が入ってしまいました……」

「商店街に行くんだったな。良い果物屋を見つけたんで俺もまた行くつもりだ」

「もしやセーラさんのお店ですかな? 私も果物はあそこで買うと決めていますよ」


一発で当てられてしまった。さすが普段から村に出入りしている商人だ。

その後、他のオススメのお店を教えてもらっていると突如後ろから声をかけられた。


「ねぇ、いつまで僕を待たせたら気が済むの? 広場に集合って昨日言ったよね」


そこには不機嫌そうにこちらを睨むヨミトが立っていた。

初めて出会った時のことを思い出して冷や汗が流れるフリードであったが、ヨミトに気づいたアルトは驚いたように目を瞬かせる。


「おお、ヨミトさんじゃないですか!」


名前を呼ばれたヨミトは陽気な声を発した人物が誰か気づくと途端に笑顔が弾ける。


「アルトさん! 村にいらしていたんですね! お久しぶりです」

「いやぁ〜会うたびに思いますが、立派になりましたね。嬉しいような悲しいような……」

「はは、幼い時から遊んでもらっていたアルトさんには頭が上がりませんよ」


フリードに対する怒りなど忘れてしまったかのように楽しく会話を交わすヨミト。

会話から察するに短い付き合いではなさそうだ。


「おっと、引き止めてしまって悪かったですね。どこかに行かれるのでしょう?」

「あ、そうなんですよ。ではまたいずれ……ほら、行くよ」


アルトを見送った二人はそのまま村の入り口に向かって行った。


パラパラと人が出入りする村の入り口。

昨日は誰もいなかったが今は門番が三人も立っていた。おそらく狩人だろう。

門番達は通り過ぎる人々の中に怪しい者がいないかを注意深く眺めている。誘拐事件のせいで警備を手厚くするとマスターが言っていた気もするが、門番達の顔が分かる距離まで近づいたフリードは思わず苦い顔になった。


「「げっ!」」


こちら気づいた門番の二人の顔が青ざめる。それは昨日フリードに返り討ちにあったパイロの取り巻き達であった。

そして残る一人の門番の正体は言わずもがなである。


「どうした……ってお前か」


仲間の反応が気になったパイロは理由が分かると噛み潰したような顔になった。

フリードのせいでパイロ達は恥をかいただけでなく二週間は村の門番をさせられていた。モンスターを狩るのが本業の狩人にとって戦うことは誉れであり、それを禁じられて喜ぶ狩人はいなかった。そのためフリードに対する言葉遣いも自然と荒くなる。


「さっさと出ていけ余所者。そして二度と帰ってくるな」

「周辺の調査が終われば報告のために戻ってくるつもりだ。残念だったな」


軽口で返すとパイロは舌打ちをするが『調査』という単語には反応して眉を顰めた。

そしてこちらの真意を探るように睨みつけながら再び口を開いた。


「調査だと? 誰に頼まれたか知らんが、余所者が村の事情に首を突っ込むな」

「人選の文句ならマスターに言え」


好き勝手に言われて気分を害したフリードはぶっきらぼうに告げる。

調査の依頼者がマスターだと知ったパイロは目を見開き思わず仲間達と顔を見合わせ、それまで存在感を消していたヨミトがフリードの後ろから姿を見せた。


「マスターが彼に依頼したのは本当ですよ。ちなみに僕も行きます」

「お、おう。ヨミトも一緒か……それなら言うことは無い」


今更ながらヨミトに気づいたパイロは何故か態度が一変して大人しくなる。それはフリードから見ても違和感を覚える光景だったがいつものことなのかヨミトに気にした様子は無い。

結局そのまま村を出た二人をパイロ達がジーッと後ろから見つめていた。

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