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村の酒場。店内にはテーブルが数台とカウンターに椅子が三脚のみ。

年季が入っているのは同じだがドリアスで通っていた店と違うのは店内の清潔さだ。家具や食器は手入れが行き届いていて、几帳面なマスターの性格が垣間見える。

カウンターの内側には髭を生やした小柄の老人が立っておりこちらに気づくと顔をあげた。


「いらっしゃい。ワシはこの店のマスターじゃ。お前さんがフリードかな?」

「ああ」


返事を聞いたマスターは柔和な笑顔を浮かべた。

全盛期は既に過ぎているだろうが筋肉は服の上からでも分かるほど隆起している。今でも鍛錬を欠かしていないことが見て取れた。

若い頃はさぞ活躍した、というより今でもパイロくらいなら簡単に倒せる雰囲気がある。


「ジルから話は聞いたぞ。子供を助けてくれたらしい……ってどうしたんじゃ?」


マスターは入り口に立ったままのフリードが自分を見ていないことに気づく。

しかしそれは仕方のないことだった。何故なら先ほど自分を殺そうとした張本人がこちらに背中を向けてカウンターの椅子に座っていたからだ。

飲んでいたコップをカウンターに置いたヨミトがゆっくりと振り返る。


「生きていたんだ」


そう告げたヨミトはどこか嬉しそうであった。

どうやらあの戦いを楽しんでいたのは自分だけではなかったようだ。

フリードが無言で背中の大剣を掴むと立ち上がったヨミトも腰を低くして臨戦体制に入る。その場にいれば息苦しいと感じるほどのピリピリした空気が流れていた。

ジリジリと距離を詰めるフリードが大剣を抜こうとした時、店内に怒声が響く。


「こらぁ〜ヨミト! こんなところで魔法を使うな!」

「うわぁ!」


耳元で怒鳴られたヨミトはビックリしてその場で尻もちをついてしまう。

転倒した時に勢いよくぶつけたのか痛そうにお尻をさすると起き上がって不満の声をあげる。


「ちょっとマスター、驚かさないでくださいよ」

「お前が店内で魔法をぶっ放そうとするからだ……まったく相変わらず見境の無い奴じゃ。フリードも安心せい。こいつはワシが目を光らせておる」


座り直したヨミトに『大人しくおくんじゃぞ』と告げたマスターがこちらにも席を薦める。

少し迷ったがヨミトの隣に腰を降ろすと隣から不機嫌そうな声が飛んできた。


「君もしつこいね。また僕にやられたいの?」

「負けたつもりはない。お前が逃げたんだろ」

「は? 君がしぶといだけでしょ。それより丸焦げの服で外を歩いて恥ずかしくないの?」

「誰のせいだと思っているんだ! いきなりあんな魔法ぶっ放しやがって、この戦闘狂が!」

「君の方こそ笑いながら大剣を振っていたじゃないか。楽しくて仕方ないって顔だったよ」


席に着くなり口喧嘩を始めた二人にマスターが目を丸くする。

いつの間にか険悪な空気は消え去っており、そこには二人の若者が互いを罵り合うだけの緊張感の光景が繰り広げられていた。


「ぶわっはっは! お前達息ぴったりじゃな! そうかそうか、ヨミトにも友達ができたか」

「ちょっと! こんな奴友達じゃないですってば!」


抗議の声をあげるヨミトだったがマスターは孫を見るような表情で嬉しそうに笑う。

第一印象は穏やかで高貴な雰囲気、追いかけた先では話を聞いてもらえず命を狙われ、そして今はどこにでもいる普通の悪ガキのように年上のマスターに食ってかかっている。

コロコロと態度が変わる奴だ。内心でそう思っていたが、普段は大人びた態度を取っているフリードも少なからず影響を受けていることにこの時は気づいていなかった。

ひとしきり笑ったマスターは尚も納得していないヨミトには取り合わず、思い出したかのようにこちらを見るとポンと手を打った。


「おっと、話の途中じゃったな。改めて村の子供を助けてくれて感謝する。ありがとう」

「助けることが出来たのは偶然だ。まぁ、元々この村を目指してはいたが」

「ん? そうなのか?」


ヨミトはそっぽを向いているがフリードはそのまま続ける。どうやらご機嫌斜めのようだ。


「金髪の悪魔を探している。この村で見かけたと聞いたんだが、知らないか?」

「ああ、なるほどのぉ。それでヨミトが珍しく喧嘩腰……というか、ちょっと待て」


その言葉で大体の事情を察したマスターの表情がふいに固まった。

黒焦げのフリードの服をジッと見つめてから今度は窓の外に目を向ける。少し離れた場所では勢いよく煙が上がっており、商店街に続く細道にはバケツを抱えた者達が焦った様子で駆け込んでいく。まるで火事が起きた時のような雰囲気だ。


「ヨミト、ワシに何か言うことがあるんじゃないか?」

「えっと……何かあったかなぁ」


状況を察したマスターの口調にヨミトの目が泳ぐ。もはや自白したのも同然であった。

溜息をついたマスターは申し訳なさそうに口を開いた。


「ヨミトが迷惑をかけたようじゃな……ワシの顔に免じて許してくれんか」

「気にするな、と言いたいところだが新しい服はあるか? さすがにこれだと目立つ」

「お安い御用じゃ。ちょっと待っていろ」


店の裏に引っ込んだマスターはしばらくすると真新しい服を何着か抱えて戻ってきた。

その中から今着ているものと近い白シャツを選ぶとフリードはその場でさっと着替える。


「ところで、どうして金髪の悪魔を探しているんじゃ?」


新しい服に着替え終わったフリードにマスターから声がかかる。

先ほどまでと変わらない穏やかな口調であったがよく見ると目の奥が笑っていなかった。

そっぽを向いていたヨミトも気になるのか興味深そうにこちらを向いている。

しかしフリードが語った内容は二人が予想していたいくつか返答のどれでも無かった。


「俺は……邪神教の残党を探している」

「ほぅ? 何故じゃ?」


表情を緩めたマスターから意外そうな反応が返ってくる。

大きく息を吐いたフリードは、過去を思い返すように宙を見ながら話し始めた。


「三年前の大戦……俺の師匠は邪神の手にかかって命を落とした。しかし深手を負わせることはできた。結局、邪神は封印されて邪神教の幹部連中も死んだが、奴らの配下には生き延びた者もいる。俺はそいつらをこの三年間倒し続けてきた」

「じゃあ……師匠の復讐のために各地を旅しているの?」


頬杖をついて気だるげに聞いていたヨミトの表情がいつの間にか真剣なものに変わっていた。

その変わりようの理由が分からないままフリードは言葉を続ける。


「邪神は既に封印された。復讐の相手はいない。だが邪神が現れる前から師匠は邪神教を追っていたんだ。だから意思を継いで俺は邪神教を倒すことにした」


同じく真剣な表情で見つめ返したフリードの声には殺意が篭っていた。

続いてフリードはマスターに視線を向けると村に来た本当の目的を伝える。


「そして最近になって、邪神が生み出した病気……黒煙病がミアの森で確認された。邪神が消えたにも関わらず、だ。しかも付近には邪神の右腕だと噂されていた奴が住んでいる情報もあった。そいつは邪神との戦いでは目撃されていないためどこかで生きている可能性が高い」

「なるほどのぉ」

「黒煙病……」


聞き終えたマスターは腕を組むと天井を見上げ、ヨミトは小さく呟いて何かを考え始める。

実はフリードはいつでも大剣を抜けるように警戒していた。今のところ店内には穏やかな空気が流れているが、まだ村が安全と決まったわけではない。

横に座っている男の手綱はマスターが握っているようだが、二人が同時に襲いかかってきたら勝てるだろうか。

不穏なことを考えていると顔に出ていたようでこちらを向いたマスターが苦笑いを浮かべる。


「安心しろ。この村は邪神教と繋がっていない。それだけは確かじゃ」

「つまり噂は嘘で、金髪の悪魔も村にはいないってことか?」


その質問にマスターは口を噤む。

微妙な間が生まれるがマスターが何かを答える前に横から別の声が割り込んだ。


「ここにはいないよ」

「いない?」

「うん、金髪の悪魔はいない」


ヨミトが語ったのはそれだけであった。再び頬杖を付いて『これ以上は答えない』という雰囲気を出す。

もう少し深く聞きたいと思ったがマスターも口を開く気はないようだ。とりあえず今はマスターの言葉を信じて村と邪神教が関係ないことを信じる他ないだろう。


「ところでフリード、その大剣を見せてくれんか?」

「別にいいが……」


この場で武器を手放すことに少し抵抗はあったがフリードはそのまま手渡す。

フリードの大剣は一見何の変哲もないものに見えるが、刀身は微かに青みがかっており柄の部分にはRoxanneと黒い文字が彫られていた。

じっくりと眺めていたマスターは柄に彫られた文字に気づくと目を一瞬見開くが、すぐに平常心を取り戻すと満足そうに頷いた。


「うむ、立派な大剣じゃ。大事にするんだぞ」

「ああ、こいつにはいつも助けられている」


あまりに一瞬だったため自分の見間違いだと思ったフリードは『現役の時は剣を使っていたのか?』と尋ねると昔を懐かしむような表情でマスターは頷いた。

普段剣を使わないヨミトも隣で感心したような反応を見せている。

その後、とりとめのない話を交わしていると会話が途切れたタイミングでマスターが改まった口調で話しかけてきた。


「それでフリード、この後はどうするんじゃ?」

「もう少しミアの森の調べるつもりだ。あのゴブリンがあそこにいた理由を探りたい」

「なるほど……実はお前さんに依頼したいことがあるんじゃ。ヨミトと戦って生き延びたその実力、ワシらに貸す気はないか?」

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