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1話は短めです
「誰か! 仲間の仇を取ってくれ!」
照りつける太陽、人々でごった返す街の正門。
その真ん中で大声を張り上げたのは全身傷だらけの男だった。
喧騒が支配していた空間を静寂が包み、驚いた人々の視線が集まると男は再び口を開く。
「グレイトウルフに襲われたんだ! あいつら俺の仲間を……うぅ」
あまりの悲しみに堪えきれず男はその場で膝をつく。
しかし自身に向けられるのは胡散臭そうな視線ばかり。手を差し伸べる者はいない。
「またかよ……今月で何回目だ」
「最近増えたよな、ああいう奴ら」
耳に入ってくるヒソヒソ声は同情よりも呆れの感情が強かった。
やがて野次馬達も離れていき、後から来た者達は鬱陶しそうに男を避けながら通り過ぎる。
「やっぱり……ダメか」
思わず諦めの言葉が口から零れる。
数時間前まで仲良く馬鹿話をしていた仲間たちの顔が浮かぶ。彼らはもうこの世にいない。この先どうやって生きていけばいいのだろうか。
全てを諦めようとしたその時、新たな声が聞こえた。
「おい」
雲一つ無い晴天にも関わらず何かが太陽の光を遮る。
虚な表情でゆっくりと顔をあげると目の前に一人の青年が立っていた。
短く切り揃えられた黒髪に力強さを感じさせる新緑の瞳。胸元がはだけた薄い白服に足元まで伸びる黒いズボンを履いた青年がこちらを見下ろしている。
「どこで襲われたんだ。場所を言え」
場所。何故そんなことを知りたいのか。
疲れ切った脳みそが目の前の事象をゆっくり処理していると、青年が腰まで届く大剣を背中に担いでいるのが目に入る。
全身は鍛え抜かれており普段から荒事に身を置いていることが見てとれた。多少危険な状況に陥ったとしてもこの青年であれば危なげなく乗り越えてしまいそうだ。
そこまで考えてようやく青年が手を差し伸べてくれているのだと男は気付く。
「もしかして……仇を取ってくれるのか?」
一縷の望みにすがるような声。しかし返ってきたのは質問に対する答えでは無かった。
「場所を言うのか言わないのか、どっちなんだ」
「……南の湖の近くだ。でも数が多くて……っておい! せめて行く前に名前を教えてくれ!」
すぐに立ち去ろうとするのを大声で呼び止めると青年が立ち止まる。
こちらを振り返った青年の表情は人助けとは無縁そうな冷たいものであった。
「フリードだ、礼はいらん。それよりさっさと手当を受けて来い」
助けたのはただの気まぐれ。そう言われている気がした。
フリードはポケットから数枚の小銭を取り出すとそれをこちらに向かって放り投げる。
チャリンと音を立てて地面に転がったそれを男は慌てて拾い上げた。
「す、すまねぇ。でも何でここまで親切に……って、あれ?」
顔をあげると既にフリードの姿は無かった。
今、目の前で何が起きたのだろう。理解が追いつかない。
言葉にすると『突然現れた青年が突然いなくなった』だ。
本当に礼はいらないのか。普通はこちらの事情が気になると思うのだが、見ず知らずの人に施しができるほどお金に余裕があるということなのか。
「あっ」
それは不意打ちであった。握りしめた小銭にわずかながら温もりを感じたのだ。
冷たかった心の温度が僅かに上昇した感覚に男の頬から一筋の涙が流れ落ちた。