身分が低いと冷遇されていた私、地味目な金髪の紳士様に声をかけたら実は第三王子だったのですが
ルリカ・カーナルはカーナル男爵家の令嬢であった。茶髪のボブカットで、丸い目をした美少女であった。ルリカの年齢は十八歳である。どこかの王子と見合い話でもありそうな年頃だが、カーナル男爵家の格は低い。見合いどころか、ミンツー伯爵家の使用人としてこき使われる毎日を送っていたのである。
今日も今日とて、ルリカはミンツー家のお屋敷を掃除していた。ひと通り作業が終わる頃、一人の令嬢が彼女のもとに近寄ってきた。
彼女の名はオロナ・ミンツー。金髪縦ロールで、その目つきは鋭い。年齢はルリカと同じく十八歳であった。ミンツー伯爵家は格が高い一家である。彼女の性格もそれを反映しており、他人を見下すようにして育ってきたのだ。
「ちょっと、ルリカ!!」
「なんでしょう、オロナ様」
オロナはルリカを呼び寄せ、窓のサッシを指さす。そして、大きい声でルリカに怒鳴りつけた。
「なんですかこのサッシは!! ちゃんと掃除したのですか!?」
「えっ……ちゃんと掃除しましたけど……」
「どこがよ!! 見なさいこの――」
などと言いながらオロナがサッシをなぞったが、彼女の指には埃ひとつついていなかった。
「……ふん!気に入らない娘ねッ」
「あの、私が何か――」
「うるさいわね!!」
決まりが悪くなったオロナは、ルリカの側にあったバケツを蹴飛ばした。すると、満杯に入っていた水がルリカの身体にバシャッとかかってしまった。
「冷たっ!!」
ルリカは思わず声を出し、転んでしまう。汚水にまみれて床に倒れ込むルリカを見ても、オロナの気持ちは晴れない。オロナはさらに激昂する。
「生意気なのよ!! カーナル家のくせに!!」
「すいません!! すいません!!」
ひたすら謝り続けるルリカに対して、オロナは容赦しない。何度も頭を踏みつけ、罵詈雑言をぶつけていく。同い年でありながら、家の格という理由だけが二人の立場を分けていた。
やがてオロナも飽きてきたのか、叱りつけるのをやめた。
「ちゃんと片付けておきなさいよ!!」
そんな捨て台詞を残し、オロナは去っていた。ルリカはびしょ濡れのまま、汚水にまみれた床を掃除する。
「なんでこうなるんだろう」
ルリカは小さくそう呟き、自分の立場を嘆いた。
ようやく片付けが終わり、ルリカは屋敷の食堂へと向かった。昼食を食べていると、他のメイド達がひそひそとうわさ話をしている。ルリカは話の内容が気になり、聞き耳を立てた。
「ねえ、第二王子の噂って本当?」
「本当よ! 婚約者を探すパーティを開くんだって」
パーティと聞き、ルリカの気持ちが一瞬晴れやかになった。けれど、すぐに現実に引き戻される。所詮、自分はなんでもないメイドなんだ、縁遠いなあ。思わずはあとため息をつくが、それと関係なくうわさ話は進んでいく。
「あーあ、私も王子様と結婚できたら良いのになー」
「本当よね、羨ましいわー」
他のメイドも、次々に王族との結婚に対する憧れを口にした。そんななか、ルリカは昔のことを思い出していた。
彼女は、昔に一度だけある王城を訪れたことがあった。昔すぎて記憶が定かではないが、一人の少年と遊んだのを覚えていたのだ。今頃、どこで何をしているのだろう。
感傷に浸っていると、バーンと食堂の扉が開いた。
「ちょっと!!!」
そこに立っていたのは、メイド長だった。噂話をしていたメイド達は一斉に慌てる。ルリカも、自分が何かしでかしたのではないかとドキドキしていた。
「ルリカさん、こっちに来なさい!!」
その瞬間、ルリカの顔が真っ青になった。ああ、やっぱり私だったのか。いったい何の話だろう。お父様、こんな駄目な娘でごめんなさい……などと考えながら、ルリカはすごすごとメイド長についていった。
メイド長が歩いて行った先は、応接間だった。てっきりお説教かと思っていたルリカは意表を突かれた。応接間に連れて行って、どうするつもりなんだろう。そう思いながら、部屋の中に入った。
そこにいたのは、高級そうな執事服に身を包んだ初老の男だった。メイド長に促されるまま、ルリカは席に座った。
「ほら、ルリカさんったら挨拶しなさい」
「あ、えーとルリカ・カーナルです。それで、どのようなご用でしょうか……?」
ルリカは挨拶をしながら、内心ではパニックになっていた。こんな凄そうな男の人が、自分に何の用だろう。あわあわとまごついていると、執事は優しく話しかけてきた。
「実はですね。今夜、第二王子のためにパーティを開くことになっておりまして」
さっき聞いた、婚約者集めのパーティだ。ルリカはそう勘付いた。それと同時に、頭に疑問符が浮かんだ。私にそんな話をしてどうするつもりなんだろう、と。
「そのパーティというのが、婚約者を探すためのものでして。王子と同年代のご令嬢を集めるよう仰せつかっております」
第二王子も十八歳で、ルリカと同い年だ。そして、ルリカもカーナル男爵家の令嬢であることには間違いない。家の格が低かろうと、パーティに招かれるだけの権利を持っていたのだ。
ルリカの気持ちが一気に晴れた。さっき汚水まみれになったことなんてどうでもよいことだ。もしかして、第二王子と結婚できるかもしれない。そう思えば、今までの苦労など吹き飛んでしまいそうだった。
「つまり、あなたもその対象ということでして――」
「行きます!!」
執事が話し終わるのも待たずに、ルリカは身を乗り出してそう返事した。
「ほっほっほ、それは良かった。では、お待ちしております」
執事はそう言うと、席を立った。メイド長に案内されながら、応接間から出て行った。
これでこの生活から抜け出せるかもしれない。ルリカはるんるんと気持ちが弾みそうになっていたが、後ろから聞きたくもない声が聞こえてきた。
「あ~ら、カーナル家のご令嬢はがめついわねえ」
そこにいたのは、オロナだった。応接間の隣で、一部始終を聞いていたのだ。
「あなたなんかが第二王子と結婚出来るわけないでしょう!私みたいな、高貴な家柄の女を選ぶに決まってるわ」
オロナは厭味ったらしくルリカにそう告げた。そう、オロナも十八歳の令嬢だ。彼女だって、パーティに呼ばれる資格はあるのだ。
「せいぜい頑張りなさい!オホホホホホ」
そう言いながら部屋を出て行くオロナに対し、ルリカは頭を下げて見送ることしか出来なかった。絶対に見返してやるのだと、ルリカは心の中で誓った。
その日の夕方。ルリカはいつものメイド服を脱ぎ、オシャレなドレスに身を包んだ。いつもより上等な化粧品を使い、入念におめかしする。その様子を見ていたオロナに笑われたが、もうルリカは気にも留めていなかった。
ルリカとオロナは王城へと向かった。そこで待っていたのは、華美な服装に身を包んだ貴族令嬢たちだった。年齢はルリカたちと同じくらいだ。会場には軽快な音楽が流れ、普段の食事とは比べ物にならないほど美味しそうな料理が並んでいる。
ルリカが会場で呆気に取られている間に、オロナは早速第二王子のところへと向かっていた。ルリカも慌てて向かおうとするが、第二王子は既に多くの令嬢に囲まれていた。
王子を囲む令嬢たちは、家柄も何もかも優れている美人ばかりだ。そんな彼女たちと自分を比べ、ルリカはため息をついた。第二王子と結婚するなど、やはり夢のまた夢だったのだ。
ルリカは第二王子を諦め、適当に会場を歩き回ることにした。すると、会場の片隅に佇む一人の青年を見つけた。何だか地味な服装をしていて、つまらなそうにしている。
しかし、よく見るとイケメンだ。金髪碧眼で、ショートヘアをしている。この人、なんだろう。ふと気になったルリカは、声をかけた。
「えーと……ご機嫌いかが?」
それに気づいた青年が、返事をしてきた。
「いやあ、ぼちぼちだね。君も婚約者候補かい?」
「え、ええ。けど、とても自分には無理ですわ」
「はっはっは、そうか。お互い苦労するね」
青年は達観した表情で、そう呟いた。この人、なんだか話しやすい。そう思ったルリカは、さらに話を続けた。
「私、ルリカ・カーナルと申します。実は前にも、王城に遊びに来たことがありますの」
「へえー。それで?」
「そこでお会いした男の子と遊んだりして、とても楽しかったんです」
その話を聞いた青年が、ぴくりと反応した。ルリカはそれに気づかず、さらに話を続ける。
「子どもの頃の話ですから、お相手が誰なのか分からないんですけど。今頃、どこにいらっしゃるのか」
「……そうなんだ。それで、君は今何をしているの?」
「ただの使用人ですわ。ミンツー伯爵家のお屋敷に勤めておりますの」
「ええっ、君みたいな女性がかい?」
「あら、ありがとうございます。散々こき使われてますけど、頑張っておりますわ」
それを聞いた青年は、少し僻んだような表情でルリカに告げた。
「あなたは立派な女性だ。それに比べて、僕はなんて駄目なんだろう。優秀な兄さんと比べて、僕は落ちこぼれだし。あなたみたいな方とは、とてもとても……」
それを聞いたルリカは、青年の手を両手で掴んだ。思わず青年が顔を上げると、ルリカは励ますような口調でこう言った。
「大丈夫ですわ! 私だって無能だなんだと言われておりますけど、それでも一生懸命やっておりますから! そうすれば、いつか幸せになるって信じてますの!」
その言葉を聞き、青年の表情が明るくなった。
「……ありがとう。何だか、元気が出てきたよ」
すると、二人に耳に音楽が聞こえてきた。ルリカに手を掴まれていた青年が、そのまま会場の中心へと導いていく。
「あの、どうされたんですか?」
促されるままに歩くルリカがそう尋ねると、青年は笑顔で返事した。
「せっかくだし、踊ろう! ここで会ったのも不思議な縁だ」
ルリカもそれに笑顔で応えた。
「ええ、喜んで!」
そうして二人は踊り始めた。会場の中心で、華やかに踊る二人。もちろん誰も見向きはしていない。それでも、その会場では一番の輝きを放っていたのだった。
***
パーティから一週間後。ルリカは相変わらず、他のメイドたちと一緒にオロナから罵詈雑言を浴びていた。
「ちょっとあなたたち!! 最近の働きぶりが目に余りますわよ!!」
「「申し訳ありません!!」」
「特にルリカ・カーナル!! あなたなんて最悪ですわ!!」
「すいません、オロナ様!!」
結局、オロナは第二王子を射止めることは出来なかった。そのせいもあって、以前にも増して使用人達に当たるようになっていたのだ。
「全く、第二王子はなんであんな女がいいのか……あの女、許しませんわ!!!」
「お言葉ですが、第二王子が選ばれたのはオロナ様より高貴な方ですし……」
「そういうところが目障りなのよ、ルリカ!!!」
オロナがさんざん騒いでいると、メイド長がやってきた。何やら急用のようで、かしこまってオロナに告げた。
「オロナ様。お怒りのところ申し訳ありませんが、お客様です」
「あら、そう? ふん、今は良いわ。あとで覚えておきなさいよ、ルリカ」
「ああ、ルリカさんも一緒に来てちょうだい」
メイド長がそう言うと、ルリカは驚いた。
「え、私もですか?」
「そうよ、なんでこんな小娘に用があるのよ」
「しかし、先方がぜひルリカさんにとのことで……」
結局、訳も分からぬままルリカはメイド長についていった。この前はパーティで、今度はいったい何だろう。そう不思議に思っていると、応接間に着いた。
そこにいたのは、この屋敷の当主、すなわちオロナの父親だった。そしてその向かいに座っているのは、なんとこの前の青年だった。正装に身を包み、背筋を伸ばしている。
「来たか、オロナにルリカ。座りなさい」
当主に促され、二人は席についた。メイド長は部屋の端に下がった。
「この方の名は、クロス・アルファンド。第三王子だ」
それを聞いたオロナの目が、一気に輝いた。今にも身を乗り出しそうな勢いで、そわそわとしている。一方で、ルリカは背筋が凍るような気持ちだった。
まさか、そんな偉い人だったなんて。したり顔で人生のアドバイスなんてしたのに、その相手が第三王子だなんて夢にも思わなかった。挙句の果てに一緒にダンスまでしちゃって、私このまま死刑にでもなるんじゃないかしら。
ルリカが冷汗を抑えられないでいると、当主がさらに話を続けた。
「実はだな、結婚を申し込みたいとのことなのだ。それで、わざわざお越しくださったようで……」
オロナが鬱陶しいくらいにそわそわしている。笑うのを抑えられないという感じでニマニマとしていて、それを見たルリカは若干キモいなと思っていた。
すると、クロスが口を開いた。
「ミンツー伯爵の言う通り、結婚を申し込みたいんだ。そう……」
オロナはさらにニヤニヤしている。うわあ、やっぱりキモいなとルリカが感じていると、第三王子が手を差し伸べた。
「ルリカ・カーナル。君にね」
そう、第三王子が手を差し伸べたのはルリカだったのだ。それを見たルリカは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。
え、私? ルリカはなぜなのか理解が追い付かないでいる。すると、横からオロナのやかましい声がした。
「どういうことよ!! なんでこの小汚い小娘なのよ!!! カーナル家なんて格の低い娘のくせに!!!」
「おい、オロナ」
「ルリカ、あんたどんな汚い手を使ったのよ!! 説明して!!」
オロナがギャーギャーと騒ぐのを見て、今度は当主が頭を抱えた。
「も、申し訳ありませんクロス様。うちの娘が」
「お父様、どういうことよ!!」
「あくまでクロス様をもてなすためにお前を呼んだんだ。お前と結婚するなんて一言も言ってない」
「そんなんで納得出来るわけないでしょ!!」
オロナが手当たり次第にブチギレていると、クロスは静かに口を開いた。
「……君みたいな性格ブスと、誰が結婚するというのかな?」
応接間に訪れる、一瞬の静寂。それを聞いたオロナは、もはや言葉にならない怒りを発していた。
「#$%&“‘$%”&“!*!”“&’(&&!!!」
当主がオロナを宥めようとしたとき、ゴンという音が響き渡った。メイド長がオロナの頭を引っ叩き、気絶させてしまったのだ。
「ご主人様、オロナ様をお連れしますわ」
「あ、ああ。そうしてくれ」
当主は椅子にへたり込み、はあとため息をついた。
「クロス様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした」
「別に、大丈夫ですよ。それより、ルリカと二人きりにしてくれませんか」
「え、ええそりゃあもう。どうぞごゆっくり」
そう言って、当主も応接間から出て行った。一連の流れをただ呆然と見ていたルリカに対して、クロスが声をかけた。
「ルリカ」
「は、はいっ!?」
「君が王城で遊んだ男の子というのは、僕だ。やっと会えたね」
その瞬間、ルリカの中でパズルがはまったような感覚がした。そう、たった一度だけ王城で少年と遊んだ日。その日に、彼女の運命は決まっていたのだ。
「まさか、あなただったなんて思いもしませんでした……」
ルリカはどうしてよいか分からず、ただ突っ立っていた。するとクロスは跪いて、ルリカの手を取る。
「ルリカ、こんな僕で良ければ人生を共にしてくれないか」
そして、ルリカに対してそう告げたのだった。ルリカは迷わず、笑顔で返事をする。
「はい、喜んで!!」
***
それから数年が経った。ルリカはクロスとともに、王城で暮らしている。使用人だった頃と比べて、夢のような生活。一生懸命やっていればいつか幸せになる―― そう信じていた彼女は、ついに報われたのだ。
二人は子どもももうけ、仲睦まじく暮らしている。汚水を被ることも無ければ、キモイ笑顔をみることも無い。まさに幸せな生活だった。
ちなみに、オロナは腐った根性を叩き直すために修道院送りとなった。その修道院はとても厳しく、今やオロナの方が汚水を浴びる立場となっている。
オロナとルリカ。二人の立場を分けたのは、結局何だったのだろうか――