第3話「魔女様の憩い」
暗闇から目を覚ました俺は、少し蒸れた布団をはぎ、干してある足袋を履いてふらつきながら外に出た。
「ど、どうなってんだ。アレは夢なのか?」
しかし、それを否定するように俺の脳には2度にもわたるナツの死に様が焼き付いていた。
吐き気が止まらない。正直、もう何も考えたくはなかった。
「……きっと悪い夢だったんだろ。さ、仕事しようぜ仕事」
夢であるかを否定するように早い心臓の鼓動を抑えつけて、倉庫に道具を取りに向かった。
「あれ……おかしい」
キャベタ畑に着き、刈り取ったキャベタを愛でようとした俺だったが、何故か全体的に小さい葉のキャベタが多いのである。
初めは、「ちんまい子も愛いなあ~」と思っていた俺だったが、流石にこうも多いと収穫時期を遅らせる必要があると感じていた。
「昨日は収穫にはぴったりのサイズだったんだけどな」
俺はナイフを腰にしまい、畑を散策することにした。
30分程度、見回ったが全体的に少し小さいような気がした。
そのとき、ふと思い出した。
「昨日収穫したって言ったけど、そういえば夢の中の話じゃん」
それに気づいた俺は収穫済みのエリアへと向かった。
「やっぱり……あれ夢だったのか」
そこには元気に育ったキャベタが茂っていた。
「収穫目前ってカンジのキャベタだな」
俺は朝露で輝くキャベタを撫でながらそう呟いた。
「ん?昨日雨だったのか?」
キャベタの周りの土を掬い上げると、水分を多く含んでいるのか重さをしっかりと感じる。
だが実はここ5日、雨が降っていないのである。昨日が夢だとすると、辻褄があわないのだ。
「ハルト――――!!」
少し離れたところから俺を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、ナツが手を振りながらこちらに走ってくる姿が見える。
「ナツ」
手を振り返す気は起きなかった。昨日見た夢が脳裏に浮かぶ。
「ウッ……ウヴッェ!!!!」
俺は膝をついて口を押えた。胃から液体がこみあげる。
「は、ハルト!?大丈夫!?」
ナツは傍に来て、俺の背中をさすった。
数分経って吐き気が落ち着くまで、ナツは心配そうな顔をしてさすり続けていた。
「もう、大丈夫だ」
「大丈夫なわけないわ!!意地張ってないで家に戻って寝なさい。連れて行ってあげるから。いいわね」
「本当にッ大丈夫だ」
俺は背中に置かれたナツの手を振り払い、走り出した。
「ちょっと!!どこにいくのよ!!」
走り去る俺の背中に、怒ったナツの声が響いたが俺はそれを無視した。
どこに向かうわけでもなく走っていた俺の正面に人影が見える。
近づくにつれてそれがレオンだとわかった。
「おう。おはよ、ハルト。ランニングか?珍しいな、この時間に」
「ランニング……まあ、そんなところだ」
「ん?そんなところ?」
「いや、少しそういう気分だっただけだ。気分転換ってやつだ」
「気分転換か。そういうことなら俺に名案があるぜ」
「どうせ合コンとか言うんだろ」
「その通り!!な、ハルト。イイだろ?運動だけじゃ発散しきれない心理的外傷もよぉ、女と遊ぶってだけですぐ癒されるんだぜ?……」
いつもに増して厭らしい顔のレオンが耳元で囁いてくる。
「……そうかもな。行くか」
あの不快な夢を酒で忘れられるかもしれないと考えた俺は、レオンの誘いに乗ることにした。
「おお!!珍しいな!!今まで一回も来たことなかったのに、どういう風の吹き回しだよ」
「は?一回もって……お前酒飲みすぎて記憶力悪くなったんじゃないか?」
「いや流石にねえよ……ねえよな?……まあいいや!!じゃあ日が沈む前に村の酒場に来いよな!!」
「わかった」
そういうとレオンは走ってどこかへ行ってしまった。
「それまで暇だな」
キャベタの収穫も今日ではないし、水も上げる必要はないのでとくにこの時間はやることがないのだ。家に帰って家事をする気分でもない。
そのとき、ふと畑とは反対側にある山を見ると階段のようなものがあるのに気が付いた。
「あの先って確か俺がまだガキだったころに燃えた寺があったよな」
そのとき、俺は高熱でぶっ倒れてたらしくあまり記憶はないのだが、村では大騒ぎになったらしい。
「ああ、思い出した。逃げたんだよ。魔女様が」
その寺では魔女様が祀られていたらしい。だが、その炎上事件によって祀られていた魔女様がどこかに行ってしまったそうだ。
「村では魔女ごっことか言って木の枝振り回して叩き合いみたいなことしてたな。魔女様が逃げてから、みんなビビったのかだれ一人しなくなったけど」
階段を上る度、子どもの頃の思い出が蘇ってくる。
一歩、また一歩上るとモノクロの思い出が鮮やかを取り戻す。
そうして寺があった場所に立ち、俺はここで出会った少女を思い出した。
「鮮やかといえば、ここで会った少女の髪の色を思い出すな。ナツ」
さっきまで鳴っていた、コツコツと階段を上る音が止み、俺は後ろを振り返る。
「気づいてるなら言いなさいよ。全く。体調悪いくせにこんなジメジメしたところ来るもんじゃないわ」
「俺は好きだぞ。ここ」
「私は……そうね。嫌いだけど、好きだわ」
「どっちなんだよ」
「嫌いだけど好きよ」
「意味わからん」
「わかりなさい」
そういってナツは階段に座りこんだ。
「濡れてて気持ち悪いわ」
「知るか」
「隣、空いてるわよ」
「空いてないだろ。水たまりあるぞ」
「あら。ホント。じゃあそうね」
ナツはその場に立ち、俺の後ろに回ると背を押してくる。
「ハルトが先に座りなさい。私はその上に乗るわ」
「やだ。お前おも『お・も?』ヒィ!?なんでもないですぅ!!」
俺はおとなしく階段に座り、ナツを迎え入れた。
「たまにはこういうのもいいわね」
「左様でございますか」
「文句あるの?」
「ありませぬ」
「その変な口調止めないと叩き切るわよ」
「はい」
「……」
「……」
いくつ時間がたっただろうか。緑の葉同士が擦れる音が心地よい。静寂といえど気まずさは感じなかった。
ふと、アキに目を向けると、なんとなく体の預け方で気が付いていたのだが、やはり眠っていた。
起きているときのような傍若無人さはなく、まるで天使のようだった。
「可愛いな」
俺はナツの頭に手を置いて髪を労わるように撫でた。
撫でていること数分、パシッと撫でる手首を掴まれた。顔を覗き込むと薄赤の髪と同じくらい顔を赤くしたナツと目が合った。
ナツは俺の手を払うと、階段を駆け下りていった。
「今日は帰るわ!!」
そう大声で言うとナツは振り返ることなく走ってどこかに消えていった。
「さて、十分癒されたし帰るか」
俺は重い腰を上げ、帰路に就いた。
もうこの時既に俺の頭の中に合コンという文字はなく、翌朝レオンに行かなかったことへの小言を言われまくったのだった。




