奴隷令嬢は幸せを掴めるのか?
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
魔法を封じる首輪をつけられ、鉄の檻のついた馬車の荷台に乗せられ、私達は運ばれていた。板バネがないのか、揺れが酷い。
「なんで……? 私がこんな目にあわなくちゃいけないのよ!」
腹違いの姉、エリザベートがヒステリックな声を上げる。なんで? って私達の祖国スペンサー王国が戦争で負けて解体されたからでしょう? 王族はすべて処刑され、帝国に協力しなかった王国貴族はすべて奴隷に落とされたのだ。
でも王国民は帝国による侵略を歓迎しているらしい。確かに、ここ最近の国王や国王派の貴族の悪評は酷かった。
私達貴族令嬢が奴隷として檻に入れられる様子を見て、民衆から歓声が上がったほどだ。
「ちょっと! オリビア、狭いからもっと寄って頂戴!」
「お姉様。私だってギリギリで──」
「うるさい!! 庶子の分際で私に口答えするつもり!?」
頬をぶたれた。私達は奴隷として帝国に運ばれているのだから、庶子も嫡子もないと思うのだけれど、それを言うとまた手が飛んでくるだろう。
エリザベートを刺激しないように鉄の檻の隅で膝を抱え、ギュッと身体を縮めた。私以外の元貴族令嬢も大体同じような姿勢で俯いている。ずっと泣いている子もいる。
華やかな生活から一転、今日の食事すらままならない身分になったのだ。涙が零れるのも仕方がない。
「あぁ、本当に嫌だわ。お父様がさっさと帝国に寝返っていれば奴隷になんてならなくて済んだのに!」
エリザベートの癇癪は続く。ただでさえ辛い状況なのに、黙って欲しい。
「オリビア、何よその目は?」
「祖国の為に戦って戦死したお父様を悪くいうのは──」
「うるさいわね!」
また頬を叩かれた。
私はそんなにおかしなことを言っただろうか? 侯爵家令嬢としての誇りはないのだろうか? 嫡子であることを威張るのなら、相応の態度をとって欲しいと思う。
「あぁ、もう荷馬車はうんざり。早くお風呂に入ってベッドで寝たいわ。オリビアもそう思うでしょ?」
「……そうですね」
随分と楽観的だ。奴隷の身分になっても、帝都に着けばまともな生活を送れると思っているみたい。
もう相手をするのが馬鹿馬鹿しいので、私は下を向いて寝たふりをすることにした。
意識は深く沈み、いつの間にか本当に眠っていた。
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「ほら、降りろ」
馬車の御者をしていた兵士が檻に向かってそう声をかけた。私の前にいた元令嬢が開かれた扉から降りようとして、地面に転げ落ちる。
ずっと鉄の檻の中にいたので、身体が上手く動かなかったようだ。
「仕方ない」という表情で兵士が女を立たせ、腰にロープを結んだ。逃亡防止の策だろう。
私は恐る恐る鉄の檻から降りてロープに繋がれた。
荷台にいた十人の元令嬢がロープで繋がれたところで兵士が口を開いた。
「お前達はこの後、魔法によって奴隷紋を刻まれる。奴隷紋のある者は主人として登録された者に逆らえない。逆らえば激痛が待っている。馬鹿な考えを起こすなよ」
兵士の言葉に皆一様に表情を暗くした。
「その後、お前達は帝国城で下働きとして励んでもらう。最低限の生活は出来るだろう。ありがたく思え」
そう言って、兵士はロープを持って歩き始めた。私達はゾロゾロと後ろをついて歩く。エリザベートも「奴隷紋」という言葉に怯えたようで、流石に静かだった。
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帝国城での生活が始まった。
城には私達のような敗戦国の元貴族令嬢が集められ、離れにある寮で暮らしていた。ざっと三十人以上はいると思う。
生活は慌しく、暇がない。
「さっさと食べな! もうすぐ洗濯の時間だよ!」
寮母が朝から怒鳴った。
私達が食べているのは、帝国城で働く人々が昨日食べた食事の残りだ。色や臭いが悪く、中には傷んでいるようなモノまである。
「オリビア、あなたのパン綺麗ね。もらうわよ」
エリザベートはそう言って、私の皿からパンを取り、代わりに酷くへしゃげたパンのようなモノを置いた。
「何……? その不満そうな顔は?」
「いえ、何でもありません」
下手に揉め事を起こして目立つのは不味い。寮母が目を光らせている。
「無駄口叩いてる暇なんてないよ! 食べたら洗濯場へ急ぎな!」
寮母が大声で更に煽った。
私は味覚も嗅覚も遮断したまま朝食をかき込み、立ち上がった。洗濯場へ急ぐのだ。
洗濯場には様々な洗濯物が山となっている。皇族はもちろん、その侍女や侍従、近衛兵や料理人に至るまで多くの人達の洗濯物が集まってくるのだ。
「ほら、受け取って!」
洗濯場を取り仕切る洗濯女中が大きなタライに山盛りの洗濯物を渡してきた。そこに水と灰汁を入れ、手洗いするのだ。
黙々と洗濯物を洗っていると、いつの間にか近くにいたエリザベートが私のタライに洗濯物を投げ入れた。
「灰汁で手が荒れちゃうわ。オリビアが洗っておいて」
「お姉様……。あまり不真面目だと目をつけられますよ?」
「はぁ……。アナタは馬鹿ね。洗濯なんて終わればいいのよ? 誰がやるかなんて重要じゃなんだから」
確かに今までエリザベートがサボっていても、誰かが彼女を咎めることはなかった。ただ、私の負担が増えるだけ。
「ほらほら、さっさと手を動かして! 日が暮れちまうよ」
洗濯女中が声を張った。
私は慌てて手を動かし、エリザベートはなよなよと洗濯物を洗うフリをして時間を潰した。
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洗濯の次は皿洗い、その後は城内の掃除だ。
私は掃除の時間が一番好きだ。広い範囲を割り当てられるので、一人になることが出来るからだ。エリザベートから離れられるだけで、心が落ち着く。
少し濡らした布で城の窓を丁寧に拭いていく。埃を綺麗に落とし、透き通るガラスを見ると満足感が込み上げてくる。
私は下働きに向いているのかもしれない。
そんなことを考えながら手を動かしていると、人の気配がした。ちらり見ると、何度かすれ違ったことのある若い男だ。金髪碧眼で、鋭い目つきが特徴的。
「君はいつも真面目に働いているね」
急に話しかけられ、ビクリと身体を強張らせてしまった。
「ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」
少し緊張を解いて振り返ると、美しい碧眼がすぐ側にあった。
「僕はローレンスという。君の名前は?」
「……オリビアです」
「ふーん。オリビア、オリビア……。スペンサー王国の侯爵家に同じ名前の子が居たね。庶子にも関わらずその魔法の才能から将来を期待されていたという」
思わず身構えた。この人、何者なの……?
「今はただの奴隷です」
魔法封じの首輪を触る。しっかり鍵がかけられ、当然自分で外すことは出来ない。
「帝国はね、優れた才を持つものなら出自は関係なく身を立てることが出来る国なんだ。だから、こんなにも強い」
「それは奴隷でもですか?」
少し強い口調で尋ねると、ローレンスと名乗った男は左腕の袖を捲ってみせる。
「僕だって"奴隷紋"あるよ? でも、自由に行動出来るし、それなりの地位を与えられている」
驚いた。本当に奴隷でも地位を得ることが出来るらしい。
「まぁ、当分の間は下働きだろうけどね。でも腐らずにコツコツ頑張っていれば、良いことがあると思うよ」
ニコリと笑って、ローレンスは身を翻し歩いていった。
私は彼の美しい碧眼とその言葉を何度も思い浮かべながら、ひたすら窓を拭き続けた。
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帝国城にやって来てからちょうど百日が経った日の朝。
いつも喧しい寮母の声が聞こえてこない。何かあるのだろうか?
落ち着かない気分で同室の奴隷達と食堂に向かうと、いつもと違う、綺麗で美味しそうな朝食が並べられていた。
「あら、まともな朝食じゃない! 毎日これならいいのに」
能天気にエリザベートは声を上げ、さっと自分の席について食事に手をつけた。何かおかしいと思わないのだろうか?
とりあえず席について周りを観察する。
喜び朝食を楽しんでいる者と、いつもと違う様子を訝しみ、手を出さないでいる者に別れていた。
「今日はこの寮で最後の朝食だよ! しっかり味わいな!」
ふらり現れた寮母がいつも通りの威勢のいい声を響かせた。この寮で最後の食事? 一体どういうことだろう? また別の場所で下働きをするのだろうか?
疑問がグルグルと頭の中を回る。
せっかくのちゃんとした朝食なのに、味がよく分からない。
「そろそろ食べ終えたかい? じゃあ、発表の時間に移るよ!」
寮母は楽しそうにしながら、エプロンのポケットから紙を取り出す。
「これから名前を呼ばれた者はその場に立つように!」
奴隷を選抜するの? 何の為に?
私の疑問は他所に、四人の奴隷の名前が呼ばれた。
「そして最後、オリビア!」
「は、はい!」
緊張して声が上擦った。立ち上がった瞬間、動悸が走る。
「おめでとう! よく頑張ったわね! あなた達五人は見込みがある。ここよりいい職場が明日から待っているよ!」
どよめきが起こった。
「ふざけないで! なんでオリビアが選ばれるのよ!!」
エリザベートが立ち上がり、寮母に詰め寄る。
「ふん! オリビアはアンタの分まで働いていたんだから、当然でしょ!」
「アレは私が仕事を与えてあげて──」
「うるさいね!」
寮母が大きな拳でエリザベートを殴り飛ばした。華奢な身体が遠くまで飛び、床に叩きつけられる。
「エリザベートは特別に、鉱山で下働きしてもらうよ! 衛兵さん、来て頂戴!!」
こうなることを予想していたのか? 食堂の外から三人の衛兵がやってきて、エリザベートに縄をかけた。そして引き摺るように連れていく。
「今呼ばれなかったあんた達は、帝都にある様々な工房で下働きしてもらうよ! そこで頑張れば、いずれはもっといい職場に行けるだろうね。頑張りな!」
そうピシャリと言い放って、寮母は去っていった。
結局その時は、私の次の職場について知らされることはなかった。
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「はいはーい。開いてるよー」
帝国城の敷地内にある【魔法研究所】と書かれた建物のドアをノックすると、聞き覚えのある声が返ってきた。
恐る恐るドアノブを回して中に入ると、ローレンスが立っている。
「皇立魔法研究所へようこそ! 僕は所長のローレンスだ! よろしくね」
碧眼が楽しそうに輝く。
「オリビアです。本日からここで働くように言われました。どんな雑用でもお申し付けください」
「はははっ! 何を言ってるの?」
えっ……。私、変なこと言ったかしら?
「君は研究員としてここで働くんだよ? ほらこっちに来て。首輪を外すから」
戸惑いながら近寄ると、ローレンスが私の首に触れた。
カチリ。と音がして、魔法封じの首輪が外れる。
「いいんですか……?」
「ちゃんと許可は取っているよ。それに魔法の使えない魔法研究員なんて、意味ないからね。さあ、皆んなに紹介するよ。おいで」
ローレンスは私の手を取り、廊下を歩き始める。大きな扉の前で止まり、両手を使って開け放った。
「皆んな! 今日からここで働くオリビアだ! スペンサー王国一と言われていた魔法の才能、そして勤勉な性格、そしてこの美貌!! きっとこの研究所に新しい風を吹かすことになるだろう!!」
二十人ほどの研究員が立ち上がり、歓迎の拍手をくれる。
見た目は関係ない気がしたけれど、悪い気はしない。
「さぁ、ここが君の席だよ! 私の隣にしておいたよ!」
他の研究員から囃し立てるような抗議の声が上がった。
「うるさい! 所長特権だ! オリビアは僕の隣に置く!!」
顔を赤くしながら、ローレンスの隣の席に座った。
ちらり隣を見ると、優しげな碧眼と目が合う。今まで感じたことのないような、安らぎが胸を満たす。
魔法封じの首輪をつけられ、鉄の檻で運ばれていた記憶が遥か遠くに思える。
確かに辛いことはたくさんあった。
でも、私は辿り着いたのかもしれない。自分の場所に。
「所長、私頑張ります!」
「うん、期待しているよ!」
今、私の新しい人生が始まった。
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