アレクシア嬢、勇者を治療+αする。③
セリオンの怪我は全身に及んでいた。比較的軽いのは、手足の先にある細かなヒビ状のもの。彼と向かい合ったときにぱっと目に付く、左側頭部の亀裂はその次だ。もっと大掛かりな治療の前に、お互いの慣らしも兼ねて、そういった末端部分から取りかかることにする。
「大体の流れはご説明した通りですわ。最初に使う資材は、こちらになります」
『これも合金なのか。まるで糸のようだな』
「ええ。細かい傷に入りやすいよう加工してあります」
ほう、と感嘆する勇者の瞳は、差し出した資材を認めてやや瞠られているようだった。
アレクシアが手にしているのは、糸巻きによく似たものだ。ただし、くるくると丁寧に巻かれているのは、紡いだ生糸ではなく白銀の繊維。薄曇りの日の空のように、ややけぶったような輝きを持つこれが、彼女が作ったオリハルコンと鋼の合金なのである。
「いったん合成して固着してしまえば、あとは自由に形成できますから。はい、ではまず右手を出してくださいませね」
『……頼む』
やはり緊張するのか、少しぎこちない仕草で差し出された片手を取って、反対側で持った合金をかざす。すると、独りでに回転し始めた糸巻きから、蜘蛛の糸のように細い繊維が伸びてきた。
それはヒビのある手指にするすると巻き付いていき、程なく全ての負傷箇所を覆い尽くす。まるで銀色の帯が巻き付いたようになったところで、
「はい。それでは、傷を埋めていきますね。……少し沁みるかもしれません、辛かったらすぐおっしゃってね」
『分かった。そうしよう』
律儀に返してくれた言葉にうなずいて、そばの作業台に置いてあったものを取る。粘土を削るヘラによく似た……というかそのものなのだが、それをひっくり返して尖った部分を患部に向けた。すると、
ピ――――――……
先端の部分から、細いレーザーのような光が現れた。微かに高い音を発しながら、ヒビがあるだろう部分に触れると、巻き付いていた繊維が形をなくしていく。
光の筋が通り過ぎた後には、傷一つないセリオンの表層が出来上がっていた。心の中でこっそり、かつ思いっ切りガッツポーズを決める。
(よしっ、上手くいった! ありがとうマイバイブル……!!)
実はこれ、前世で大好きだったとある作品を参考にしていたりする。ちょうど作中で、戦闘中に怪我をした仲間をリペアするシーンが登場したのだが、その時は針状のユニットから出る治療用ビームを患部に当てる、というやり方をしていた。ロボットさんたちはああやって治すんだぁ、と、素直に感心していたおちび時代が懐かしい。
(もっと腕が良ければ、こうやって資材を補わなくても再生させられるんだろうなー。でも無茶したばっかりに、セリオン様に負担かけたら元も子もないし)
元々は、持ち込まれた人形の修理のために編み出した技なのである。自我と感覚がある相手に試したケースなんて当然存在しない。安全性が確認できていないことに手を出すのは危険だ。
「……どうですか、痛くありません? 半分ほど終わりましたけれど」
『いや、問題ない。痛覚が鈍くなっているおかげかもしれないな。……少しだけ、むず痒いような気はするが』
「ふふっ、急速に再生しているせいでしょうね。良かったこと」
傷が治ってきてカサブタが剥がれかかると、むずむずして引っかきたくなるようなものだろう。生き物として自然な反応だ。
ほっとした拍子に笑いをこぼしつつ、術の集中は決して切らさないアレクシアを、セリオンの琥珀色の目がじっと見つめる。一息ついたところでそれに気づいて、背中を伸ばすついでにことん、と首を傾げた。はて?
「あのう、どうかなさいまして?」
『どう、というか、…………その、気に障ったらすまない。貴女は何故、こういった技術を身に着けたのだろう、と』
迷った末に思い切りました、という風情で口火を切られて、アレクシアの目が丸くなった。