アレクシア嬢、勇者に直談判する。⑤
不届き者の退場をふん、と鼻息荒く見送っていたアレクシアの耳に、慌ただしい足音が聞こえた。急いで鍵を開ける音がそれに続いて、勢いよく寝室の扉が開く。
『――アレクシア嬢!! ご無事か!?』
「わっ! は、はい、わたくしはどこも……セリオン様は」
『問題ない、この身体はことのほか頑丈だ。……すまない、すぐ出ていきたかったが、頭ははっきりしているのに身動きが取れなくて』
「ああ、金縛りですわね。お疲れの時とか、妙なものに憑りつかれた時なんかに起こりますのよ」
文字通り飛び出してきた勇者に、顔を合わせるなり必死の形相で訊かれて驚いた。どの辺から意識があったんだろう、この人。
答えるついでに訊いてみた返事も、ついでに見た感じの様子からしても、本当に深刻なダメージはないようだ。ひとまずはほっとして、さっきから握りしめたままだったハンマーを手元に寄せようと引っ張る。が、
「……あ、あれ? さっきは持てたのに」
床に頭をつけて置いていた打撃武器は、ピクリとも動かなかった。両手でえいっと思いっきり引いて、ようやくちょっと浮かすことが出来るほど重い。先ほどは結構な勢いで振り回せていたはずなのだが。
怪訝な顔で疑問符を飛ばすアレクシアの様子に、同じく首を傾げたセリオンが寄ってきた。片手で柄を持ってひょい、と持ち上げてしまってから、微妙な表情で沈黙する。しばし間があって、表情そのままの声色で、
『……貴女が扉を壊そうとしたのは、この鎚で間違いないだろうか』
「ええ、お隣の部屋の壁からお借りしまして。勝手に使って申し訳ありません」
『いや、それはいいんだが、……これは邸にある中で、一番重量のある戦鎚なんだ。扱えたのは豪腕で知られた曾祖父だけだったと聞く』
「はい!?」
出し抜けにすごいことを聞いてしまい、思わず声がひっくり返った。ひいおじい様だけだったということは、今普通に持ち上げたように見えるセリオンでも扱いに苦労するレベル、ということだ。火事場の馬鹿力にも程があるだろう、自分! 瞬間的に何か乗り移ってたのか!?
背景に宇宙を背負ってぼーぜんとしているアレクシアに、情報元であるセリオンは目を、ではなく、瞳に点った明かりを瞬かせた。次いでふっ、と短く息をついたかと思うと、横を向いて口元を手で覆う。そのまま肩を震わせて……って、おい。
「あっ、セリオン様!? なに笑ってらっしゃるんですの、ちょっと!!」
『す、すまない、でもその、貴女の顔が……ふ、ふふふふ』
「もーっ、心底心配してましたのにー!!」
とうとう声に出して笑い始めた勇者に、アレクシアはリスみたいに頬を膨らませた。出会ってから初めて笑ってくれたし、楽しそうにしていること自体はうれしいが、そのネタを提供してしまったのが自分自身だというのが不本意すぎる。納得いかない。
ジト目になって見守ることしばし、ようやく笑いの波が治まったセリオンが顔を上げた。軽く息をついてこちらに向き直り、まっすぐにアレクシアを見てくる。そして、
『アレクシア嬢。私の傷を治していただけるだろうか』
「……、へ」
『本当は、明日の朝一番に申し込むつもりでいた。……だが、今の方がいいと思ったんだ』
彼女は知らないだろう。今の姿を好きだと、まだ生きていていいんだと、そう言ってくれてどれほど救われたか。どれほど嬉しかったか。
(思えば、最初に会った時からそうだったな。貴女は)
きっとこの人は、当たり前に自分の『好き』を言葉に、行動にする。こんな少々危なっかしいほど真っすぐな人になら、自分の身柄を預けてもいい。未来の時間を渡してもいい。
『その、遅すぎただろうか。散々渋っておいて虫のいい言い分だということは、重々』
「いいえっ、全然問題ありません!! 喜んで!! ありがとうございます!!!」
『貴女が礼を言うのか? 逆だろう』
「そんなことなくってよ! だってわたくしだって嬉しいんですから!!」
『……そうか』
満開の笑顔で言い切ったアレクシアに、頷いたセリオンも柔らかい表情をしている。綺麗な声もいつになく優しくて、ちょっとは仲良くなれたかな、と胸が温かくなった。
そして。
「なんか奥様と旦那様、楽しそうですね……!」
「ええ、ホントにねぇ。お二人が仲良くなれそうでよかったわぁ」
「にしてもさっきの音、何だったんすかね? なんかハンマー持ってるし」
「しっ、声が大きいぞ。せっかく和やかなご様子なんだ、そっとしておいて差し上げよう」
穏やかな雰囲気で笑いあう二人を、物音に気付いて起きだしてきた家人一同が、階下からそっと見守っていたりした。
第一話完結です。ちょこっと仲良くなりました! ハンマーとか薙刀とか、長柄の武器をぶん回す系女子はロマンだ!! という古森の趣味が炸裂しております。同意いただける方とぜひ握手したい……←