アレクシア嬢、勇者に直談判する。③
さて、それからさらに数日後。
「……う~~~~ん」
「まあ奥様、まだ起きてらっしゃったんですか」
「ええ、はい。なんだか寝付けなくって」
夜も更けた頃、常夜灯の元に広げた羊皮紙をにらんでうなっているアレクシアである。様子を見にやって来た侍女頭に応える声が、なんだか精彩を欠いていた。要ははかどっていないのだ。
「皆さんのおかげで、治療に使う素材はどんどん届けていただいてるんです。けど、肝心のセリオン様にお会いできないので、分からないことが多くって」
「もうほとんど絆されてらっしゃると思いますけれどねぇ。旦那様は情に篤くてらっしゃるから、奥様みたいに誠実で熱意のある方には弱いんですよ」
「そう言っていただけると有り難いです……」
ころころ笑いながら太鼓判を押してもらって、ちょっとホッとする若奥様である。初対面からフルスロットルで飛ばしてきた自覚はあるので、そのノリと熱意を受け入れてもらえているのは心強い。
「メグが申しておりましたよ。旦那様、奥様からのお手紙を繰り返し読んでおられるそうですから、きっと明日辺りにはお決めになると思います。お一人で根をお詰めにならないで下さいませ」
「まあ、そうなのですか。良かったこと……、ふぁ」
「ほらほら、お疲れでらっしゃるんですから。忙しいのは今からでございましょう、お休み下さいまし」
「……はあい、マリエッタさん」
茶巾絞りにして廊下に放り出されてから、早二日。その間は何一つ音沙汰がなかったので、恥ずかしさが先に立って手をつけずにいるのかと思っていた。ちゃんと読んでくれているなら何よりだ。
気を抜いた途端にあくびが出たアレクシアを、ベテラン侍女頭はさあさあ、とてきぱきベッドに押し込んで、明かりを落とすと退出していった。
(――……、あれ)
それから、どれくらいの時間が経ったのか。邸の皆が寝静まった夜半、唐突に目が覚めた。
マリエッタに押し込まれたふかふかのお布団の魔力により、すこんと寝入ったはずだ。連日好きなだけ今後の計画に没頭していて、そこそこ疲れている自覚もある。こういうときは揺すっても叩いても起きないタイプなのだが。
しばらくごろごろと寝返りを打ってみたが、全く眠くならない。とうとう諦めて起き上がり、用意してあったガウンを羽織って廊下に出た。こうなったら動き回って眠気を誘おう、そうしよう。
(そういや、初日に執事さんに案内してもらったっきりかも。……あんまり遠くに行かないようにしよう)
藤の木を伝って云々、という知恵をつけたことがバレて、床に正座の体勢でこってり絞られたロイも言っていた。この邸、住んでる人数の割に規模がでっかいんで、慣れるまでは一人っきりで動き回らない方が良いっすよ、と。
「階段の位置は……うん、わかる。一階までいって、ホールをぐるっとして戻ってこよう」
アレクシアが宛がわれた三階は、真ん中が一階のエントランスから吹き抜けになっている。家主であるセリオンの自室は二階の、ちょうど吹き抜けを挟んで反対側に位置していた。
一般的な新婚夫婦なら同室か、もし別室であっても同じ階にすると思うのだが、なんせあの恥ずかしがりっぷりである。新妻の存在に慣れるまでは無理だろうな、うん。
つらつらと考えながら廊下を行き、吹き抜けの周りを半周する回廊に差し掛かる。月明かりを頼りに壁にかかった絵を眺めて、早く眠たくならないかなぁとぼんやりしていたときだった。
「……ん?」
声がした、気がした。こんな夜更け、しかも人気のない廊下で。心霊現象だったらどうしようと、若干ビビりながらも耳を凝らして――
『――……っ、ぅ……!!』
「セリオン様!?!」
すぐ足元、二階の一室からかすかに聞こえた呻き声を判別するなり、弾かれたように走り出していた。
そういえば古森、作中で『奥様』て呼ばれる主人公は今回初めて書きました。なんだか新鮮。そんでもってちょっと照れくさい……何ゆえ。