アレクシア嬢、勇者に直談判する。②
時は飛ぶように過ぎて、翌日。
『……、来なかったな』
思いのほか平和に夜が明けて、日中が過ぎ、日が落ちて、再び宵闇が訪れた頃のことである。持ち込んだ書斎の蔵書をめくりながら、ふとつぶやいているセリオンがいた。
何、とは言わないがあの勢いだ、てっきり朝一番で押しかけてくるものとばかり思っていたのだが。昨日の今日だからこっちも警戒しているだろうと踏んでのことか、それとも次の一手が思いつかなくて悩んでいるところなのか。はたまた、早々にあきらめてしまったのか。
…………別に残念とか思っていない、思っていないとも。
自分で自分にツッコミしながら、そろそろ休むかと本を片付けて立ち上がる。寝台に向かいかけた足が、唐突にぴたりと止まった。
(――誰かいる)
部屋の入り口から、一番遠い窓のすぐ外。あそこは露台の手すりに藤の木が絡んでいて、葉が茂り始めるとほぼ外から見えなくなる。それに目をつけて潜んだか。
不幸中の幸いというべきか、この身体になってから異様に夜目が利くようになった。今の手には大分華奢に感じる剣を鞘ごと取って、可能な限り音と気配を殺してそちらに近づく。そして、
ばん!!!
「ひぇっ!?」
窓ごと体当たりする要領で開け放った瞬間、刺客にしては間の抜けた悲鳴が上がった。覚えがある、どころの話ではない。
『……アレクシア嬢、一体どこからそんなところに』
「えへへ、隣のお部屋のバルコニーからです。侍従のロイさんがですね、あそこらへん一帯は藤の木が壁を張ってるから、身の軽い姐さんだったら簡単に入り込めるっすよ! って」
『またあいつは余計なことを……で、用件の方は』
「はい! 夜這いです!!」
『よばっ、……意味が分かっておられるのか!?』
胡乱な顔つきから一転、爆弾発言で真っ赤になる勇者である。今にも湯気を吹きそうな様子を見て、バルコニーに座り込んでいたアレクシアは思わずうふふふ、とニヤけてしまった。ホント可愛いなぁ、このお兄さん。
「と、いうのは冗談で。寝るまでここで待機してですね、枕もとで『治療を受けたくなる~』ってひらすら唱え続けてみようと思って! ちゃんと全身黒っぽくして隠れてたんですよ、ほら」
『だからといって、うら若い女性が男の寝室に忍んで来るなど……』
「あら? だって、もう結婚してますわよね? 何も問題ないんじゃなくって??」
本人が言ったとおり、黒っぽいブラウスにズボンにブーツという動きやすそうな服装で、こてんと小首をかしげて見せる若奥様である。そんな警戒心のかけらもない様子に、セリオンは深々とため息をついて、
『…………………アレクシア嬢。ちょっとそこに座ってほしい』
「え、なんで」
『座りなさい。』
「……は、はひ」
地を這うような声で凄んだ勇者様、暗い中でもはっきりと目が据わっている。カメラアイって感情がわかりやすいんだよなぁ意外と、とやや場違いなことを思いつつ、大人しく三角座りから正座にシフトチェンジした瞬間、
――ばさっ。ぐるぐるぐる、きゅっ。
景気よく降ってきた何かしらの布に、全身すっぽり包まれてしまった。しかもこれは、
(ちゃ、茶巾絞りー!?!)
和菓子とか作る時にやるあれ!! こっちの世界にも和なお菓子ってあるの!? 確かに岐阜の栗きんとんとかおいしいけど、あんこも寒天も全般好きだったけどー!!!
前世で食べたものを思い出したり、ついで小腹が空いたのも思い出したりして混乱している間に、ひょいっと担がれる。前の日と同じく廊下に下ろされて、がさごそ脱出したときにはとっくの昔に締め出された後だった。……噴出してる蒸気、確実に昨日よりも多いんですが。
「……うーん、ちょっとからかいすぎたかぁ」
ほどほどで止めるって難しいな、と、改めて学んだアレクシアだった。
睡眠学習って効くのかな? という素朴な疑問。古森は全然だったのですが、知り合いはリラックス効果があるというさざ波の音を入眠時に流してみた結果、見事に溺れる夢を見たとか……体質みたいなものなのかもしれません、はい。