アレクシア嬢、近衛騎士団を見学する。①
「――うーん、思ってた以上に酷いな。これは」
目的地を見下ろして、その人物はぼやきながら眉根を寄せた。最高速度で飛ばしてきた疲れがどっと出そうになって、いやいやと頭を振る。こんな初っ端で力尽きてどうする、おれ。
「山は天気が変わりやすいっていうし、風雨で痕跡がたどれなくなったら困ると思って急いで来たんだけど、……要らない心配だったな、うん」
どこか辟易とした調子で呟く眼下に広がるのは、鮮やかな緑の枝葉を繁らせる樹木の群れ。それぞれ微妙に異なる色合いや、柔らかい曲線を描く梢の様子から、生い茂っている大半が広葉樹であることが分かる。それも、その多くが樹齢数百を数えるような大木ぞろいという見事な大森林だ。
しかし、その豊かな自然は無残な傷跡を晒していた。あちらでは半ばから無残にへし折られ、また別のところでは根方から倒れ伏し、あるいは立ったままで炭と化し……もしこの地を守る精霊なり神霊なりがいたなら、声を上げて嘆くか、もしくは身を震わせて激昂するか、あるいはその両方か。
いや、それ以上に大変なのは、だ。
「相棒、分析してくれ。あの黒いの、この辺一帯にどのくらいありそうだ?」
《了解。――成分はほぼ瘴気、何らかの思念を核にして寄り集まっているものと推測される。出現規模は、この破壊活動の痕跡が続く限り、といったところか》
「……うん、つまりは山盛りってことだな。全くもう好きなだけ掘り返していきやがって……」
あちこちでわだかまって残っている、黒っぽいガスの集合体、のようなもの。これが瘴気――いわば悪意ある魔力の塊で、魔族の異常発生が起こった時は必ず出現する。小さなものであれば時間と共に自然に分解されてしまうが、ここまで規模が大きいとそう悠長に構えていられない。放っておけば、周りの動植物が影響されて地質が変わったり、異常な発生が起こったりと悪影響を受ける恐れがあるからだ。見つけ次第、早急に浄化して回らなくてはならない。
「ホントなら高位の聖職者とか、浄化魔法が得意な術者が数十人単位で必要になるんだろうけど――今はどこもきな臭いしな。おれと相棒ならふたりで十分」
《光栄だ。しかし主、油断は禁物というぞ。くれぐれも》
「わかってるって。お前の能力テストも兼ねてるから、監督者としてぶっ倒れるわけにはいかないしな。
よし! さっそく行くか、相棒!! 勇者殿に負けるなよッ」
《了解!!》
今頃みんなどうしてるかなぁ、なんて、心の中で思いつつ。気合いを入れたふたりは、骨の折れる仕事に勇んで取り掛かった。




