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アレクシア嬢、勇者に直談判する。①




 これは解けぬ呪い。消えぬ呪い。お前を未来永劫に縛る、絶えることなき怨嗟の鎖。

 我が悲願を妨げたこと、生きながら奈落に堕ちて悔い続けるがいい――





 『――ッ!!』


 ばちっ、と音がするほどの、自然とは言いがたい覚醒だった。


 寝床の上で半身を起こし、顔を覆った手がゴツゴツしているのを感じて、もう何十回と繰り返した息苦しさが襲ってくる。情けない。そしてそれ以上に、心が切り刻まれるように痛い。


 (まだ諦め切れていないのか、私は……)


 国境で発生した魔獣の討伐から、優にひと月以上が経っている。それはすなわち、セリオンの身が異形と化してからの月日でもあった。いい加減に慣れれば良いものを、と思わずにはいられない。――いっそのこと、心も鋼になってしまえばよかったのに。


 自己嫌悪に囚われながら視線を転じる。生まれ育った邸の、住み慣れた自室。まだ空が白み始めたばかりの時間で、カーテンの隙間から藍色の空が覗いていた。


 『……また習い性で早く起きてしまったか』


 ため息交じりで呟いたとき、軽いノックが響いた。返事をすると、それに応えて水を持った侍女が入ってくる。


 この姿になってから、人目に触れぬように引きこもった自分を、家人たちは大層気遣ってくれている。飲食の必要はないので、こうして身の回りを整えることにより一層力を入れるようになった。ありがたくもあり、余計に己のふがいなさを感じてもいる。


 そもそも事情を説明した際、ひとりも辞めると言い出さなかったのには、正直なところ驚いた。だってそうだろう、いくら救国の英雄ともて囃されたとて、もう普通に生きていくことなど到底不可能な身だ。せめて良縁を、と斡旋された花嫁たちの反応が、それを如実に物語っている。恐ろしくないわけがない。


 ……と、真剣に思っていた。つい昨日までは。


 (怖い以外の理由だ、とはっきりわかる悲鳴を聞いたのは、こうなってから初めてだったな……)


 心底驚いた。正直かなり疑いもした。けれど自ら手を取って、おぞましくなどないと言い切ってくれた。……はにかんだ顔が可憐で、つい照れ性が出て逃げ出してしまったのは、我ながら大分失礼だったと思うが。


 『痛っ……!』


 ぼんやり顔を洗っていたせいで、頭部左側面にある裂傷を引っかけてしまった。基本的に感覚は鈍いのだが、直接触ったり広げる方向に力が加わったりすると、さすがに辛い。慌てて手を引いて、


 「……ほら、やっぱりお辛いんじゃありませんか」


 『ん!?!』


 聞き慣れない、しかし聞き覚えならばっちりある声がして、勢いよく振り返る。壁際にちょこんとたたずんでいるのは、先ほどの侍女――では、なかった。


 『……アレクシア嬢!? いつからそこに!?』


 「いつって、最初からでしてよ? 改めましておはようございます、セリオン様」


 いともあっけらかんとそう言ったのは、壁際で控えていた侍女――ではなく、侍女のお仕着せ姿のアレクシアだった。白いエプロンと紺のロングドレスの裾を持ち上げて、にっこり一礼する仕草が大変可愛らしい。というか、やたらと板についているのはなんでだろう。


 「こちらは侍女のメグさんにお借りしました。旦那様はこっちを怖がらすと思ってて、挨拶とありがとうは言うのに絶対目を合わさないから間違いなくいけます! っておっしゃってたんですけど、その通りでしたわねぇ」


 『あの子は余計なことを……、いや、それはいい。何故そこまでして』


 「あら、決まってますわ。どこかの誰かさんが丸々二日も引きこもって出てきて下さらないから、わたくしの方からお返事を伺いに参りましたの」


 『返事、って』


 まさか、と改めて問うまでもない。怒涛の質問攻めの末に投下された、爆弾みたいなあの提案だ。まだあきらめてなかったのか、この子。


 逃げたほうがいいだろうかと思ったものの、相手の機動力は困惑のさなかにいるセリオンをはるかにしのいでいた。瞬く間に距離を詰めると、躊躇なくベッドの縁に並んで座って、目をきらっきらさせながら訊いてくる。


 「もう二日経ちますけどどうでしょう? まだかかりますか? いえ、もちろんいつまででもお待ちしますけれど、できれば何日以内と切っていただけると作業日程が組みやすくて助かりますわ!!」


 『や、あの、ちょっと……!』


 「大丈夫です、痛くしません! うんと優しくいたします、ちっとも怖くありませんことよ!!」


 『それはこちらが言うセリフでは!?!』


 そういう意図がないのは火を見るよりも明らかなのだが、場所が場所だけにいろいろまずい。切羽詰まって少々ずれたツッコミを入れてしまった。……ええい、致し方ない!


 ばさっ!!


 「ひゃっ!?」


 突然視界が真っ白になった、と思った瞬間、ふわっとアレクシアの身体が宙に浮く。一拍おいて、どうやらシーツで包んだ上で持ち上げられたらしいと把握した、のだが、


 (おおおお姫様抱っこー!?!)


 あの業界(?)伝説の! 多分前世では一回もやってないやつ!! しかも相手が憧れのひと(ロボ)ー!!!


 感動と興奮でぐるぐるしているうちに、廊下にそっと下ろされる。直後に勢いよくドアが閉まって、しっかり鍵までかける音がした。もぞもぞ這い出してみれば案の定、目の前のドアの隙間から、ボイラー室もかくやの勢いで噴出している蒸気が……


 「……シーツ越しだったんだけどなぁ」


 恥ずかしがり屋って難儀だなぁ、と、まったくもって反省の見えないことをつぶやく元凶だった。



やっとこさ連載にこぎつけることが出来ました。短編版を応援してくださった皆様、ありがとうございます! どうぞ引き続き、ロボット大好きアレクシア嬢の活躍(暴走?)をお楽しみくださいませ!!

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