アレクシア嬢、勇者とともに登城する。⑤
ふふふっ、と、小さく笑い声が聞こえた。軽やかで嫌味のない、本当に楽しそうな声音だ。
とっさに出所を探して視線をさ迷わせたところ、玉座の後ろ側――真後ろにある、上側がステンドグラスの大窓ではなく、その脇の細長い飾り窓からだ。天鵞絨で出来た分厚いカーテンが、タッセルで止めずにそのまま下がっているのだが、それが妙に膨らんでいる。向こうに誰か立っているせいだ。
「あのう、どちら様でしょう……?」
「ふ、ふふふふ、ちょっと待って……一番最初にそこ気にしちゃうかな……!」
「……エミ、そちらこそ出てきてあげたらどうだ? もうバレてしまっているんだし」
「え、お知り合いですの!?」
『いや、むしろ知り合いでなかったら大変なことだぞ、アレクシア嬢……』
窘めるような陛下の言葉と、至極もっともなセリオンのツッコミによって、隠れている誰かさんはとうとう限界を突破したらしい。ぶはっと盛大に吹き出す声がして、カーテンの膨らみがぷるぷるし始める。きょとんとしたままで待つこと、しばし。
「――あーっ、スッキリした~~~!! こんなに気持ち良く笑ったのって何時ぶりかなぁ」
くるまっていた天鵞絨を景気よく開いて、まだ笑いの余韻が残る明るい声で言ったのは、二十代の頭と思しき淑女だった。深紅の薔薇のごとき鮮やかな巻き毛に、珊瑚礁の浅瀬を思わせる碧玉の瞳。巨匠が渾身の気合いで描き上げた肖像画かと思うほど、麗しくも華やかかつ品のある顔立ち。どんな派手やかなドレスを着ても絶対負けないだろう美人さんだが、今は紺青をベースにした騎士装束に外套という格好で、これがまた恐ろしくよく似合っている。
こんな眺めるだけで目に良さそうな美女、家に引きこもって人形造りばかりしていたアレクシアが知るはずがない……のだが、残念ながら現実は違った。思いっきり知り合いだ。
「えっ、ロシュフォール子爵夫人!? こんなところで何してらっしゃるんですの!?」
「いやあ、ごめんごめん。久しぶりねアレクシア、元気そうでホントに良かったわ。遊びに行ったらいきなりもぬけの殻で驚いたんだから」
「う゛っ、そ、それは申し訳ございませんでした……何しろ輿入れが急に決まったので、お手紙も出せなくて」
「ああ、怒ってるわけじゃないから大丈夫。その辺の事情は何となく察してるし。……むしろね、謝らなきゃなのは私だし」
「はい??」
こてん、と、さっきとは反対側に首を傾げたアレクシアに、突如現れた知人は何度目かの笑いをこぼした。かと思ったら、ぱん! と勢い良く両手を合わせて頭を下げる。転生してから初めて見たな、このポーズ。
「ごめんなさいアレクシア、ロシュフォールって偽名なの! 正確にはうちのハトコの嫁ぎ先なの、それ謝りたくてここで待機してました!! 本名はエミーリア・アンヌ・フォン・ギルデンスターンっていいます、ちなみに本家の長女です!!!」
「えっ、……え゛ええええええええ!?!」
景気良すぎるカミングアウトに、つい場所をわきまえず全力で叫んでしまった。言うにこと欠いてとんでもない告白が来たぞ!?
社交界に全く顔を出していなかったとはいえ、アレクシアだって主要な貴族の家くらいは知っている。特に王家と地続きになっている家名は絶対覚えておかないと、いろんな意味合いで危ない目に遭うからだ。中でも特徴的な名前と経歴のせいで、真っ先に覚えたのが、
「ええっと、元は北方の王族の末裔で、ローディニア建国の折からの忠臣で、何度か王家にお輿入れしたりされたりもなさってて、押しも押されもしない筆頭公爵家のギルデンスターン様、ですか!?」
「うんそう、まさにそれ。いやあ、この歳で未婚で、名誉なこととはいえ役職がついて働いてる女性、ってだけでも相当目立つのね? だからせめて人形蒐集趣味だけは公にしないでくれって、当主の父がうるさくって」
「それではとこ様のお名前を……あの、ご本人は何て」
「うん、そこはギブアンドテイクってやつ。私が持ってきた依頼、半分くらいはあの子から頼まれたものだから」
「ああ、なるほど……あのう、もしかしてつい直近のお人形も?」
「そうそう、とっても喜んでたよ。私からもお礼を言わせてね、いつもありがとう!」
「いいえ何も至りませんで……って、そうじゃなくてですね」
ついつい流されるままにいつものやり取りをしてしまってから、はたと我に返る。身分がべらぼうに高いのはわかったし、律儀に謝りに来てくれたのも理解したが、まだ聞いてないことがたくさんあるのだ。主にその、名誉な役職関係とか。




