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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
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第六話 灰色の騎士




人を斬るのが当たり前になったのはいつからだろう。

灰色の長髪を後ろでひとつに括った男は、最後のひと振りを最後に座り込んだ。血の滴る剣をそばにある布で拭うと元の輝きを取り戻す。これできっと一か月は食べるものに困らないだろう。リスクは高いが入るものが大きいため、この仕事はなかなか辞められないのだ。


シュッ


風を切る音が聞こえて振り返ろうとしたがもう遅い。さきほど切った敵が最後の力を振り絞って投げたのだろう、ナイフが背中に突き刺さっていた。


「かはっ・・・」


―――このまま死んでいくのか。誰にも必要とされず、誰にも知られず、誰にも愛されず。

彼は“殺し屋”だから背中のナイフが致命傷だということをよくわかっている。灰色の男は血を吐き目を虚ろにして横に倒れた。

このまま死ねば顔も覚えていない両親に会うことができるだろう。しかし、両親に会う喜びよりも生への未練のほうがもっと大きい。だからだろうか、窓の(さん)に座ってこちらを見ている美しい女性が女神に見えたのは。


「だ・・れ、だ」


月明かりに照らされた黒く長い髪がひどく艶やかで、白くスラッとした手足を惜しげもなく露出したワンピースを着ている。容姿は美しいとしか形容しようがないほど美しかった。

彼女は灰色の男を無表情でじっと見つめていた。血色の良い唇がゆっくりと開く。


「生きたいか?」


男のような口調なのに、女独特の色気が混じった覇気のある声だった。


「それとも逝きたいか?」


「オレは・・・生き、た・・・い・・・」


「では交換条件をやろう」


女は窓から降りて部屋に入ると、腕を組んで灰色の男を見下ろす。僅かに上がった口角が不敵な笑みを造っていた。


「お前の命を助けてやる。その変わりあたしの剣と盾になれ。その命をあたしに捧げるのならば、あたしはお前を死なせたりはしない」


血を流し過ぎて、もう口を開く力は残っていなかった。代わりに小さく頷く。


――――そして契約は成立した。









あたしに騎士ができた。名をシルヴィオ・ヘイゼと言う。灰色の髪に灰色の瞳、中性的な顔立ちが可愛らしい。ずっと一緒にいる人なら、シルヴィオみたいな可愛い人がいいと思っていたんだ。


「ダメだ」


「なんでだよ!」


けどレオナードに反対された。むかつく。


「どこの馬の骨ともわからない奴を騎士にさせるわけにはいかない。自分の身の安全を少しは考えろ。もし他国の間者だったらどうする?異教徒だったら?」


「言いたいことわかんないこともねぇけど譲れねえよ。気に入ったんだから」


「なんで下町から連れてくるんだ。まさか城外に出たんじゃないだろうな」


「シルヴィオの良さがわからないなんてレオナードも大したことねえな。こんなに可愛いのに」


「陛下、魔女さんも落ち着けって」


「ヴィラ様冷静になってください」


お互い言葉に棘が出てきたところで、アルフレットとシルヴィオが仲裁に入る。レオナードはシルヴィオに青い瞳を向けると、いくつか質問を始めた。あたしには尋問に見えた。


「お前、名は?」


「シルヴィオ・ヘイゼと申します」


「職業はなにをしていた」


「主に商人の護衛をして各国を回っておりました」


「両親は」


「おりません」


「友人は?」


「いろいろな地を回っておりましたので、そのようなものは」


レオナードはシルヴィオから目を離して今度はあたしを睨んだ。


「なんだよ」


「何故こいつなんだ」


「だって可愛いじゃないか」


レオナードとアルフレットはちょっと呆れたような顔をした。可愛さって結構大切なポイントなんだけどな。


「まあ、剣を扱うヤツにしては線が細いし女みたいな顔してますけど、魔女さん好みの顔だし」


「ふざけるな。騎士は置き物じゃない、護衛だ」


「わかってるよそんなこと」


騎士にしたいって思ったからここまで反対されるのを覚悟で連れて来たんだ。


「こいつは嘘をついてる。それでもか?」


その瞬間鳥肌が立った。何故わかるんだ、この男は。バケモノみたいに強いし怖いしなんでも知ってるし、もしかしたらレオナードは魔女かもしれない。いや、魔女より性質悪いかも。


「・・・それでもあたしはこいつを騎士にする。もう決めたんだ」


「・・・勝手にしろ」


やっとのレオナードの了承に、あたしはシルヴィオに目くばせして部屋を出た。ちゃんとアルフレットに手を振り返しながら。


「恐ろしい方でございますね」


「だろ?」


クスクスと笑い合った。これからきっと忙しくなる。きっと。









オレを助けてくれたのは驚くことに魔女で王妃だった。

使い慣れないのか肉を切るのに苦戦しているようで、ナイフを折れんばかりの力で握りしめている。


「なんでそんなに食べ方が汚いんだ」


「うるせぇ、食文化が違うんだ仕方ねえだろ?だいたい男なのにグチグチと女々しいんだよ」


「男より男らしい女から言われたくない」


「んだとこらぁ!」


・・・・そして陛下と仲が悪かった。アルフレットさんによるとヴィラ様は無理やり嫁がされたらしく(お可哀そうに)、未だにそれを根に持っているとか。陛下も陛下でつかかっていくヴィラ様を適当に受け流しているようで、関心があまりないようだ。


ヴィラ様がそっとニンジンを陛下の皿に移す。こういうところは仲が良いのか悪いのかよくわからなくなる。

もちろん陛下はヴィラ様を叱った。


「子どものようなマネをするな」


ヴィラ様は陛下を無視して、さらにマリネを皿ごと陛下の方へ押しやった。陛下の額に青筋が浮かぶ。正直元殺し屋のオレでも怖い。


「おい」


「なんだよ黙って食えねえのか?」


ヴィラ様はきっと怖いもの知らずだ。陛下はエビのマリネをフォークに刺すとヴィラ様の口の中に無理やり押し込んだ。


「※Σ★§*Ξё;;!!!」


ヴィラ様は声にならない悲鳴を上げて抵抗なさったが、陛下が口を押さえて吐き出せずなんとか飲み込んだようだ。

ドンッ

と拳でテーブルを叩くと、負のオーラを漂わせたヴィラ様は陛下を睨んだ。目が据わっている。


「てめぇ・・・」


「黙って食べられないのか?」


「んのヤロー!」


掴みかかりそうになって、オレは慌ててヴィラ様を羽交い絞めにした。魔女なのに魔術じゃなくて手が先に出るのはなぜだろう、という疑問は心の中で留めておく。


「ヴィラ様、落ち着いてください」


「止めないでシルヴィオ」


「殴るなら食事が終ってからにしてください。料理がもったいないです」


これは本心だ。いくら恵まれていて豊かなドローシャ王国だからといって、貧困に苦しむ者がいないわけではない。しかも今目の前に並んでいる料理は庶民ではとてもありつけない最高級品ばかりで作られたフルコース。これがひっくり返るなんてもったいなすぎる。

オレの言葉に冷静になったらしいヴィラ様は、項垂れると大人しく元の場所に座った。


「エビアレルギーなのに」


目を見開いたのはオレだけじゃない、陛下もだった。アレルギーは死人が出ることもあるからバカにはできない。

早く吐かせようとオレが手を伸ばし、陛下は立ち上がろうとした。

が。


「ウソだけど」


・・・・オレはまだ死にたくない。ヴィラ様も死なせはしないと約束してくださったではないか。でも今、オレは死にそうだ。陛下のオーラに中てられて凍え死にそうなのだ。


「怒んなよ、可愛い冗談じゃん。ねえ?」


ねえ?って言われても、オレは頷けませんよヴィラ様。

返答がなくても気にしないらしいヴィラ様は、フォークを持って食事を再開し始めた。一方陛下は、それはそれは大きなため息を吐いて頭を抱えていた。









この世とも思えない美しい女が男に寄り添って微笑んだ。黒髪がサラリと動きに合わせて靡き、紫色のドレスが妖しく光る。


「・・・オルドリッチ卿」


オルドリッチと呼ばれた男はワインを片手に足を組み、女を見つめ返した。薄暗い部屋の中、2人はまるで仲の良い恋人のように見える。


「お前のお陰で計画が上手く行きそうだよ、キリエラ」


「あらオルドリッチ卿、わたくしなんかをそばに置いてよろしいのですか?ゾロア教で魔女は消すべき対象では?」


キリエラと呼ばれた紫衣の美しい女は、満足そうに笑む男にゆったりとした口調で問うた。


「お前は特別なのだキリエラ。魔女は確かに消えるべき存在であるが、お前は神に背いた我々の同朋・・・」


クスリ、と女の小さな笑いが静かな部屋でやけに響く。男は女の顎を手に取って微笑みかけた。


「我々の手で、必ずや王妃を亡き者に」






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