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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・レヴィナ編
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7話・母と娘



その後、逃げるようにしてドローシャに帰ってきたレヴィナ。仕事でバタバタしており、結局最後までザックと顔を合わせることはなかった。

そしてレヴィナは最低限の仕事だけ済ませ、それ以外は一歩も部屋から出ることのない生活に逆戻りしてしまったのだった。


ベッドに寝転びながら、やってしまったわ、とレヴィナは独り言ちる。


あれじゃあまるで泣き落しだ。それだけはやってはいけないことだと自分に何度も言い聞かせていたのに、あんな形でやらかしてしまうとは。


ドローシャ王女の権限を使えばザックに選択の余地はない。あの状況で泣いているレヴィナに対して取る行動など、ああする他なかったのだ。すべては国のために。


ずっとザックを好きだったレヴィナは、彼が命懸けで国のために働いているのをよく知っていた。国中の期待を背負いその期待に応えていた彼の背中をずっと見てきた。


だからこそもしレヴィナが泣いて結婚を迫ったとしたら、オーティスの発展のために承諾するだろうことはわかりきっていたのだ。たとえそこにザックの好意は無くても。

レヴィナの恋心をなかったものとして話を流そうとしたのも、大人として、政治家として、間違いなく最善のやり方であった。あのままあやふやになっていたら、レヴィナはまた以前と同じように何事もなく過ごせていたはずだ。


あれだけザックに対して“ひどい”と連呼していたのに、一番酷い真似をしているのは他ならぬレヴィナだ。

ザックは今頃オーティスでいつ結婚が決まるかとヒヤヒヤしているかもしれない。


「おいレヴィナ、いい加減出てきなって」


人払いして扉に鍵をかけても、勝手に入ってくる人が城には二人ほどいた。窓から侵入してくる放浪癖のある兄と、瞬間移動でいきなり現れる母親だ。


そして今回はヴィラ。今日は黒髪を後頭部で纏めており、スラっとした黒のドレスを身につけている。

相変わらず派手な格好であろうと完璧な美しさを持つ母親を見て、何故自分はこの人に欠片も似なかったのだろうかと、レヴィナは寝転がった姿のまま大きくため息を吐いた。


「母さま、部屋に入るときはノックしてって言ったでしょう?」


まるで子どもに言い聞かせるかのように優しく言うレヴィナ。これではどちらが年上かわからない。


「だってノックしても開けてくれないだろ?」


「私にも一人になりたい時くらいあるのよ」


「もう2ヶ月も部屋に篭もりっぱなしなのに?」


ヴィラは黙り込んだレヴィナを見ると、ソファに座って小さく息を吐き、やがて独り言のように話し始めた。


「一応仕事はしてくれているから困ることはないけどさ。

何かあったのなら、言いにくいことでもちゃんと相談しないことには解決しないからな?リズに聞いても「プライバシーの侵害だー」っつって口割らないし・・・。

レオナードも城の皆も心配してるし、早くいつもみたいに元気な姿見せてやってよ。あんまり長引くと、噂になって国民まで心配しだすだろうし」


レヴィナはゆっくりと身体を起こし、ベッドの淵に座ったままヴィラの方を向く。


「仕事じゃないんだから、それは私の自由でしょう?

家族揃っての食事だって義務ではないんだから」


「そりゃあ義務かっつったら微妙だけどさあ。

でも王女として品行方正であるのは大事なことだろう?我が儘もほどほどにしておかないとな。

期待に応えるのがあたしらの仕事みたいなもんなんだし」


「だとしたらそれは私には分不相応な期待だわ」


呆れたように呟くレヴィナに、ヴィラは目を大きく開いて首を傾げた。


ヴィラの言葉は最もだ。王族としてあるべき理想的な姿がある。それを求められるのは当然の話。

いくら仕事をしているからといって、閉じこもってばかりでは醜聞も広がるだろう。それは決して国の為にはならないし王女としても宜しくないことくらい、レヴィナとてよくわかっている。


けれどもそれができないからこそ、こうやってレヴィナは部屋に引きこもっている。なんでも苦労せずにできてしまう母親には、決して理解できないだろうけれど。


「何言ってんだよ、今まで通りすりゃいいだけじゃん」


「それができないって言ってるのよ」


だんだんイライラしてきたレヴィナは若干口調が強くなってきた。

初めて見るレヴィナの態度にヴィラは驚きながらも、言われたら言い返さずにはいられない性格の彼女は休むことなく口を動かす。


「王女の仕事なんてそんな難しいもんでもないし、普通に生活することの何が難しいんだよ。

いつもみたいに大きなテーブル囲んで食事して、友人を呼んでお茶したり、仕立て屋呼んで服を作ったりすりゃあいいんじゃん。新しい本が欲しけりゃルードリーフに頼めばいいし、珍しい品が欲しければランスに頼めばいい。

いくら引きこもり生活ができるからって、王女という身分の上に胡座をかいてたら、それは王女として相応しいとは言えないだろう?」


いつもならばさらっと流せる言葉でも、失恋して気分がどん底まで落ちているレヴィナにとっては、とても看過できない類いの発言だった。


レヴィナは怒りに顔を歪め、勢いよく立ち上がって大きな声を出す。


「それは母さまだからでしょう!?私は母さまたちとは違うの!

母さまは王族の責任を果たせ、でも人として謙虚であれって言うけど、それは母さまたちだから簡単にできるんじゃない!何をするのも苦労する私と一緒にしないで!

王女としての役割を求めるなら王女しか許されないことをしても文句言われる筋合いなんてない!!責任を押し付けても利用は許さないなんて、あまりにも理不尽だわ!!」


今までの穏やかで冷静沈着なレヴィナからは信じられないほどの剣幕だった。


ヴィラは頭の中を真っ白にしながら機械的に返事をする。


「そ、そんなことないよ。あたしだってここまでくるのに苦労して・・・」


「母さまは美貌にも才能にも恵まれて、愛する人すら神様に授けてもらってるじゃない!!

神様から何もかも授からなかった私の気持ちなんてわかるわけない!!」


身も心も文字通り真っ白になってしまったヴィラ。


レヴィナは鍵を開けて扉を開くと、動かなくなったヴィラの手首を掴んで無理やり部屋から引きずり出した。

乱暴に扉を閉めて、鍵もかける。


・・・・一応窓の戸締りもしておこう。


兄の侵入だけはなんとしても阻止したかったレヴィナは、窓の鍵をかけるため再び勢いよく歩き出したのだった。
















「神から何も授からなかった、か」


髪の毛を振り乱してワンワン泣くヴィラの背中を撫でながらそう呟くレオナード。

まさかレヴィナがそんなことを思っていたなんて、ヴィラとレオナードは露ほどにも考えたことがなかった。


レヴィナは昔から全く手のかからない子だった。素直で努力家で、言われなくても自分で勝手にやるべきことをやっているような、とても聞き分けの良い子だった。

特に何に優れているというわけではなくても、真面目で優しく穏やかで、問題児のランスと比べても圧倒的に育てやすい。説教をした記憶すら、片手で足りるくらいしかないほどだ。


そんなレヴィナは初めての女の子ということもあって、それはもう可愛くて可愛くて仕方が無かった。

そして可愛がられた通りに可愛く成長したレヴィナは、娘としても王女としても、どこに出しても恥ずかしくない“自慢の子”だった。


一時期引きこもったこともあったけれど、ちょっと反抗期が遅れてきたんだな、くらいの認識でしかなかった。

我が儘なところだってあれだけ甘やかされて育てばそりゃそうなるよなあと思っていたし、振り回されている人は大変そうだったが、ヴィラたちから見ればその我が儘も可愛らしいものだった。

極端な男嫌いには悩まされることもあったが、愛し合うパートナーがいないならばその分も自分たちが愛さねばと、余計レヴィナに対する可愛がりを助長させただけだった。


精一杯愛して、たくさんの教育を与えて、人としての道を示した。それで親としての役目は、しっかりと果たしたつもりだった。


「あたしっ・・・全然いい母親じゃなかったっ!」


今更に何もレヴィナを理解していなかったのだと気づいたヴィラ。

母親失格だと、涙でぐしゃぐしゃになった顔をレオナードの膝に埋める。


レオナードとて幾分かショックではあったが、今は愛する妻を慰める方が最優先だ。


「そんなことはない。

例え親子でもわかり合えないことは誰にでもあるものだろう。同じ人間ではない以上、全て理解してやることは無理だ。

特に俺達の場合は立場が特殊なのだから余計に」


「でもっ、もっと寄り添ってやるべきだったのに!」


「あの子はもう十分大人。今は悩んでいても、自分で考えて自分で決断できる。

そう信じて待つのも、親の役目だ」


自分から扉を開いて出てきた後に、今度はしっかりとレヴィナの気持ちに寄り添えばいい。

かけ違えたボタンは、今からでも留め直すことができる。まだまだ時間はたくさんあるのだから。


ヴィラはグズグズと鼻をすすりながら、袖で乱暴に目元を拭う。


「出てきてくれるかなあ・・・」


「レヴィナならば大丈夫だろう」


レヴィナは責任感が強い人なので、このまま何もかも放棄するなどあり得ない。

ヴィラとの喧嘩だって、ヴィラ自身が何が悪いことをしたわけではないのだから、レヴィナの興奮が収まればすぐにでも解決するはずだ。


レオナードはかすかに微笑んで、まだ目に涙を浮かべながらすり寄ってくるヴィラを優しく抱き留めた。





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