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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・レヴィナ編
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3話・ヒールの災難

レヴィナは仕事の中でも夜会やパーティーといった人の集まるものが一番嫌いだ。面倒な上、当然男性との接触が多いから。

サボってしまいたいがオーティスに滞在しながら夜会を欠席すればヒューバートのメンツを潰してしまう。いくら夜会が嫌いだからといってレヴィナはそこまで鬼ではなかった。


レヴィナが男嫌いだということは周知の事実なので、男たちは必要以上に彼女に近づいてくることはない。しかし颯爽と現れた可憐なドローシャの王女にチラチラと意味深な視線は多く集まってくる。挨拶のチャンスを、そして隙あらばと下心を持って接する者も当然いた。


顔に貼り付けたような笑みを浮かべるレヴィナ。

一通り適当に挨拶を済ませてしまうと、気がかりだったハンバーガル卿を探すためにホールを抜けようと足早に出口へ向かう。


しかし運の悪いことにあまり会いたくない人物とバッタリ正面から目を合わせてしまった。

レヴィナは内心で舌打ちをしながら優雅に膝を折って挨拶を交わす。


「ごきげよう、ディーン殿下」


「お久しぶりですね、レヴィナ王女」


精悍ながら愛嬌のある顔立ちの茶髪の男、ディーン・フォン・サイラス王子だ。研究が盛んなサイラス国は裕福かつ力のある隣国なので敵に回すと面倒になる。


「お兄様が無事にご婚約されたと聞いております。おめでとうございます」


「ありがとう。次代の王なのになかなか結婚しないからどうなることかと思ったけど、これで一安心ですよ。

まあ相手が従姉妹のクレアってのは驚いたけど・・・・」


「おめでたいことです」


確かディーン王子もまだ独身だ。跡取りではないためそこまで周りから圧力はかからないだろうが、顔が良く人気が高いモテ男なので相手に困ることもないだろうに。


しかしレヴィナは「ディーン殿下もそろそろ身を固めるおつもりは?」などと口が裂けても言えない。その言葉はそのまま自分に帰ってくるだけだから。


ディーン王子はにこにこしたまま小首を傾げながらレヴィナの言葉を待っている様子。


「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・僕のことは聞いてくださらないんですか?」


聞いて欲しかったらしい。


「・・・・ディーン殿下に良い相手はいらっしゃないのですか?」


面倒だが付き合うしかない。レヴィナが若干面倒くさそうに聞けば、それでもディーン王子は満足したらしく嬉しそうに答える。


「残念ながらいないのです。さすがに両親も焦っておりますし、そろそろとは思っているのですがね」


「そうですか。いいご縁があると良いですね」


「ええ、できれば貴女のような素敵な女性とご縁があれば嬉しいのですが」


そう言ってディーン王子は片膝を床に付き、レヴィナの手を取って口付ける。あまりに自然なその流れに拒否する間もなくレヴィナはされるがまま。

レヴィナは心の中で何度目かわからない舌打ちをした。だから嫌だったのだ。この人は本当に女性を扱うのが上手いから。


「よろしければ僕と踊って頂けませんか?一曲だけでも――――――」



―――――バシン!



どこからともなく現れたザックが招待客リストのファイルでディーン王子の頭を力いっぱい叩きつける。真顔で繰り出されるその容赦ないフルスイングはまるでテニスボールを打ち返すかのよう。


「あら、ハエが」


バシン!バシン!ゴスッ!


「このハエなかなか死なないわねえ」


「すみません『バシン!』、ごめんなさい『バシン!』、調子に乗りました『バシン!』、申し訳ありませんでした『バシン!』」


そしてディーン王子は涙目でフェードアウトして行った。


あらまあ、とレヴィナは頬に手を当てて首を傾ける。

彼は穏やかで人畜無害なタイプだが仮にも王子、さすがに暴力はまずい。しかも人前で目撃者も多数いる。


「大丈夫かしら」


「大丈夫よこれくらい」


あっけらかんと言うザックは先ほどまで激しいフルスイングをしたとは思えないほど涼しい顔で言った。


「それよりハンガーバル卿を探さないとね」


「そうだわ、私も今行こうと思ってたのよ」


「じゃあ行きましょ」


さすがに誰もディーン王子の二の舞にはなりたくないだろう。今度は誰にも邪魔されることなくあっさりとホールを抜け出すことができた。

とりあえずディーン王子から逃げられることができたレヴィナは小さくため息を吐く。


「助けてくれてありがとうザック。だけど付いてこなくてもいいのよ?私一人でも探せるわ」


「夜なのに一人でうろうろさせるわけにはいかないわよ。今は騎士も居ないし」


「そう・・・」


知らない兵士をつけられるよりザックの方がマシか。

レヴィナは一人で行動するのは諦めて大人しく彼の後をついていく。


今夜は有難いことに満月。夜会のため施された証明も明るく、城内を散策するのに不安はない。それでも少し人の集まった場所を離れれば薄暗く、ひやっとした冷たい風が通り抜けた。

風になびくザックの黒髪を見ながら、レヴィナは静かに口を開く。


「相変わらず入り組んでるのね、オーティス城」


「そうね、ほんと無駄な造りをしてるのよね。

まあ仕方ないのよ、オーティスはドローシャのように裕福じゃない。少しずつ増改築を繰り返してきたから、どうしてもね」


一気に図面通りに仕上げたわけではなく、必要なものを必要なだけ足していった。結果統一性のない仕上がりになってしまい無駄になった場所も多い。

不幸なことに、その造りの複雑さがハンバーガル卿の捜索をさらに困難なものにしてしまっている。


「ねえ、あそこ登ってみましょ」


「そうねえ、高いところで待ち伏せしたほうがいいかも」


レヴィナが指差したのはやぐら型の小さな鐘台だ。朝と正午、日の入りを知らせるそれに人の気配はない。

ドレスの裾をたくしあげ、コツコツとヒールの硬質な音を響かせながら暗く狭い螺旋階段を登っていく。


上り詰めれば一気に視界が開けて星と月が輝く美しい夜空が現れた。


「悪くないわね」


ザックはポツリと独り言のように呟く。城のバルコニーから見る夜空も素晴らしいが、周辺に建物が少ない開けた場所から見る夜空も素晴らしい。


「そうねえ、私とザックじゃロマンチックの欠片もないけど」


「やだ、それって嫌味?」


「別に、事実でしょ」


淡々と言うレヴィナ。男女で静かな夜空の下にいるにも関わらず、片や男嫌い、片や半分女に足を踏み入れたような自称男。


しかしザックは少し不満そうに眉間に皺を作る。


「そうかしら、見た目だけなら完璧だと思わない?」


「見た目はね。中身は酷いものよ。

特にザック、貴方口開いたらね。いつまで経っても女言葉止めないんだもの」


レヴィナが初めてザックの会った時、既に彼はこのような口調で喋っていた。それから一切彼の言葉遣いは変わらない。

ザックの言うとおり見た目はどこから見ても良い男なのだから、単純に勿体無いと思う。


ザックはハンバーガル卿を探すために辺りを見渡しながら苦笑する。


「仕方ないのよ、もう身に染み付いちゃってるんだから。物心ついたときからずーっとこれ」


「女の子に憧れてたの?」


「まさか。でもあたし、子どもの頃は病弱で寝たきりだったから。

レヴィナ、知ってる?この国では身体の弱い子どもが生まれたら皆女の子として育てられるのよ」


「・・・オーティスであるのは知らなかったけれど、まあ、よくある話よね」


幼い子どもに限ると、女の子の方が丈夫であることが多い。だから身体の弱い男子に無事に育つよう願いを込めて女装をさせる文化を持つ地域は少なくない。

オーティスも同様に病弱な男子を女として育てる習わしが根付いていた。


「ローノイド家にやっと生まれた念願の男の子、しかも大事な跡取り。そりゃもう必死になってあたしを死なせまいと一族総出で大奮闘したのよ。

特に母親は厳しくてね、ちょっとでも男らしい振る舞いをすればビンダが何発も飛んできたわ」


話しながら昔を思い出したのか遠い目をするザック。


なるほど、とレヴィナは薄く笑って俯く。


「口調は止められなくても女装は止めたのねえ」


「10を過ぎる頃に自分でね。さすがに気持ち悪いでしょ。

家族の猛反対を受ける中、家出する勢いで説得したんだから」


本当に大変だったのよ、とザックは訴える。

ザックは小柄ではないし声も高くない。どちらかというと男性的な体型で声も平均より低いくらいだろう。

そんな彼が女装する姿を想像しても似合ってるとは言い難いし、本人も良い年頃になってまで女装するのは精神的に辛かったのだろう。


それでも女言葉を続けたのは、ザックの優しさか。

きっとそうだとレヴィナは思った。ザックは自分の主張をしっかり押し通しながらも周りへの配慮を怠らない人だから。自分の健やかな成長を願う家族の気持ちを汲んだに違いない。


結果ザックの家族の願いは叶い無事に成人、今では病弱の“びょ”の字もないほど生き生きと毎日宰相の仕事をこなしている。


そして仕事と言えば、ハンバーガル卿だ。


「ねえ、あれそうじゃない?」


視線の先には生垣を越えようと必死に足をあげてあたふたしている男性の姿。暗くて顔までははっきりと確認できないが、こんなところで不審な動きをしている人物は他に考えられない。

ほら、とレヴィナが指差すやいなやザックは飛び出すように階段を駆け下りて行った。


高いヒールを履いているレヴィナは決して急がずにゆっくりと彼の後を追う。

そして彼女が地面に降りた頃には膝に手をついて項垂れているザックの姿があった。先ほど人影があった場所には誰もおらず、周囲に人の気配は無し。たった数秒で逃げられてしまったらしい。さすがモグラ男とまで呼ばれているだけある。


困ったわねえ、とレヴィナはため息を吐く。


「やっぱり罠でも仕掛けたほうが確実かしら?」


「ハア、長期戦覚悟ね」


ザックは乱れた髪をかき上げながら背筋を正すと、手にしていたファイルを開いてブツブツと独り言のように呟き始めた。


「一度城に戻って兵士の配置替えを検討しなきゃ。

まだ城内にいるなら周りを固めてから城の西側から人手を・・・・・」


「そうね、飽きたしもう部屋に戻るわ。後は任せるから」


思いっきり遠慮の欠片もないレヴィナ。

しかしザックは怒るどころか笑って頷く。


「じゃあとりあえず部屋まで送るわ」


ところが。


方向転換して部屋へ向かおうとした途端、レヴィナは膝から地面に崩れ落ちた。いきなり彼女が視界から消えたザックはぎょっとし、レヴィナも何事かと目を丸くする。


「大丈夫!?」


「あら、・・・・ヒールが折れたみたい」


レヴィナの右足にある靴のヒールがポッキリと真っ二つに。靴屋が仕立てた最高級の硝子製なのだが、室内用なので舗装されていない道には耐えられなかったようだ。

お気に入りだったのに、とレヴィナは小さく肩を落とす。


「怪我はない?」


「大丈夫よ」


「新しい靴を持ってきましょうか」


「結構よ、自分で部屋に行くほうが早いわ」


覗き込んでくるザックを振り払うかのように、レヴィナは素早く立ち上がり土を手で払う。

さっさと戻ろうと歩き始めるも、左右で高低差のある靴では思う以上に辛く、2歩目でレヴィナは立ち止まってしまった。


「誰か人が居ればいいんだけど誰もいないし、やっぱりレヴィナをこんな所で一人で待たせるのもね」


まさか石の転がっている道を白く柔らかい足で歩かせるわけにもいかず。

ザックは動かなくなったレヴィナを前に頭を悩ませ、最終的には控えめに片手を差し出した。


「ごめんなさいね、ちょっとだけ頑張ってくれる?」


嫌がられるかと思ったが、レヴィナはあまり躊躇せずに真顔でザックの手を取る。


手を引かれながらひょこひょこと付いてくる彼女にザックの目尻が下がった。その一生懸命な姿が愛らしい、だなんて言えばレヴィナは機嫌を損ねるだろうから言えないが。


ところが口にせずとも思ったことがそのままザックの顔には書いてある。レヴィナはニコニコしているザックを見て片眉をしかめた。文句の一つでも言いたいが一刻も早く戻りたかったのでひたすら無言で足を進める。


「あっ!」


ザックが突然大きな声を出すものだから一瞬ハンバーガル卿かと思いきや、彼の視線の先にあるものはレヴィナの左足。


「ちょっと!血が出てるじゃない!」


転んだ時に切れたらしい、足首の後ろに少し血が滲んでいる。

ザックはレヴィナの足元から顔に視線を戻して難しい顔をした。ちょうど靴の縁が当たって痛かっただろうに、変な所で我慢強いというか遠慮気味というか。普段は言いたいことを言って我が儘放題なのだが、肝心なところで本心を引っ込めてしまう悪い癖がある。


「まったく、相変わらず甘えるのが下手な子ね」


痛いならば最初からそう言えばいいのに。


ザックはそう言うと、よいしょと膝の裏から救うようにレヴィナを持ち上げて横抱きにした。突然身体が宙に浮いたレヴィナは一瞬目が点になったものの、自分の置かれている状況を理解してまた元の無表情に戻った。

若干身体を硬直させるもされるがままのレヴィナに、ザックはさっさと歩みを進めて苦笑する。


「こんなところ誰かに見られたら大騒ぎねえ」


「勘違いされるわね」


色気の欠片のない理由でも、普段は男に近寄りもしないレヴィナからすればこの状況は有り得ない構図。目撃した者は仰天するだろう。

そして明日には城内城外問わず噂が駆け巡り、背びれ尾びれの付きまくった謎のラブロマンスが語り継がれるに違いない。


最も、ザックもレヴィナもあらぬ噂を立てられたくらいで気にする性格ではないし、気にも留めない。


「でも皆の反応は見ものね」


「間に受けるかもね、特にモモ姉さんは」


噂はどうでもよいにしても、皆が驚く姿は少し楽しみだ。

その点においても2人の思いはやはり一致していた。



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