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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・レヴィナ編
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2話・我が儘

翌日、ザックが廊下を歩いていると偶然にレヴィナの姿を見つけた。声をかけようとしたがその前に彼女の足の下にあるものに気づきぎょっとする。


彼女のハイヒールの下にあるもの、それは“人の頭”。


「なにしてんのアンタたち・・・」


土下座の体勢で頭を踏まれているのは警備兵の男だ。

レヴィナは足で人を踏んでいるとは思えないほど涼しい顔で、はあ、と小さくため息を吐きながら頬に手を当てる。


「ちょっと困ったことになっちゃって」


「この状況より?」


大の男を足で踏んでいるのも大概だが。


「急ぎで商談をまとめなきゃいけないのに、彼、ハンバーガル卿を見失っちゃったらしいのよ」


「えっ、あのモグラ男またどこか行っちゃったの!?うちもまだ大事な契約控えてるのに。なんでちゃんと見張っておかなかったのよ!」


踏まれているのは言わずもがなハンバーガル卿の見張りを任されていた兵士。

もっと言ってやりたいくらいだが、レヴィナの足元に涙と鼻水の水たまりができていたため可哀想で深く追求できない。


だが本当に困ったことになってしまった。ハンバーガル卿は極度の方向音痴とあまりの進出鬼没ぶりにモグラ男とまで呼ばれている人だ。一度見失ってしまっては、次見つかるのはいつになるやら。

しかも今夜は大事なヒューバートの生誕を祝う夜会がある。城の中も外もそのために出払っており、ザックとレヴィナ自身も準備で忙しい。


2人はため息を吐きながら顔を見合わせた。


「困ったわ、この案件が終わらないとドローシャに帰れないじゃない」


レヴィナは彼に会うためにオーティスへ来たと言っても過言ではない。期限が決まっているわけではないが、国を背負う仕事なだけにあまりに遅いと問題が生じる。

一方でオーティスにとっても、ザックの顔色を見るかぎり遅延は痛手らしい。


「ぎゃあああ!レヴィナ様何やってるんですかああああ!!」


廊下の向こう側からやって来たリズが大声を上げながら駆け寄ってくる。もちろん彼女の視線の先はレヴィナの足元だ。

護衛だけでなくお目付け役も拝命しているので、もしレヴィナが問題を起こせばリズも同罪。それどころか国王と王妃夫婦は娘のレヴィナに甘いので、怒られるのは確実にリズの方だ。


よって、彼女はまるでこの世の終りのように顔を真っ青にして頭を抱える。


「お願いですから変な気起こさないでくださいいい!いくら男嫌いだからってあんまりですってばあああ!!!」


「大げさねえ、リズ。これくらい大したことないわよ」


なんてったって私、ドローシャの王女だから。そうレヴィナはゆったりと微笑み、リズは顔の筋肉を引きつらせた。自分の権力を重々承知して遺憾なく利用するレヴィナは、騎士として仕える主人としては(たち)が悪すぎる。


そんなリズにまあまあと宥めるのはザック。


「いいじゃない、別にそんなに怒らなくても」


「ザック様ったら!甘やかさないでください!」


「リズったら怒りん坊ねえ」


「もう2人して!なんで私が悪いみたいになってるんですか!」


まったく、とリズは頬を膨らませて憤慨する。

レヴィナはただ思い出したのか話題を逸らすためなのか、リズの様子を気にも止めず話を変えた。


「それよりリズ、あなたもハンバーガル卿を探すの手伝ってよ」


「ハンバーガル卿?どんな方なんですか?」


新人であまり知識がないリズは小首をかしげて尋ねる。

ザックとレヴィナは交互に口を開いた。


「ロビアの外交官なんだけど、くすんだ水色の短髪で、目が細くてぽやっとしてて」


「小柄でひょろっとしてるわね」


「すぐ迷子になるから見つけたらすぐに捕まえるのよ」


「一瞬でも目を離したらすぐにいなくなっちゃうから油断しないで」


「彼は外交官なのに迷子になるのが得意なの」


「重度の方向音痴でね。それで弓矢の名手っていうんだから笑っちゃうわ」


「以前ドローシャに来たときは迷子になって3日後に発見されたわ。何故か城から2つ離れた街の教会の屋根裏部屋でね」


「噂では壁と壁の間に挟まった状態で見つかったこともあるらしいわよ」


矢継ぎ早に次々と述べられる悪口とも言える言葉に、リズは返す言葉が見つからず固まる。もちろん未だ会ったことはないが、話を聞く限りやばそうな人物だ。


「し、しかし私にはレヴィナ様の護衛がっ・・・」


「でも彼が見つからないと仕事にならないのよ。私もザックも夜会の準備があるし・・・」


困ったわ、と明らさまに困った顔をされ、リズはぐっと息を詰まらせ否定の言葉を飲み込む。どの道仕事が無事に終わらなければリズはレオナードから大目玉を食らうことになる。だったら断るという選択肢は残されていない。


「わかりました・・・探してきます・・・」


そして彼女は背中に影を背負ってトボトボと去っていった。


「じゃあ私たちもできる範囲で探しましょ」


「そうね」


ザックとレヴィナもそれぞれ準備と捜索のためにその場を後にした。















捜索は思った以上に困難を極め、リズは汗だくになりながらタオルを取りに部屋へ戻った。

しかし、そこにはレヴィナの姿が。彼女はソファにゆったりと腰掛けて、まるで何事もないかのような面持ちで紅茶を飲んでいる。


「ちょっと!なに呑気に茶しばいてんですか!」


人が必死に探してるのに、と文句を言うリズに、レヴィナははあと小さくため息を吐く。


「だって疲れたんだもの」


リズはグッと拳を握って耐える。ここで反論して機嫌を損ねたらもっと面倒なことになるため、自分が我慢するしかない。


「と、とにかく、そろそろ時間なので夜会の準備を始められては?」


「そうねえ、着替えないと。でも気が重いわ」


「でしょうね・・・」


夜会は男性も多く、当然声をかけられることが多い。男嫌いのレヴィナにとっては苦行だ。


「手伝いに来たよー」


明るい声と共に入室してきたのはモモ。彼女は既にドレスアップを済ませており、ヘトヘトになっているリズとのんびり座っているレヴィナの温度差に気づいて首を傾げる。


「どうしたの?」


「モモ様あ!私一生懸命働いてるのにレヴィナ様が・・・!」


優しそうなモモに早速不満を愚痴りだすリズ。

なんとなく事情を察したモモは困ったように笑いながらリズを落ち着かせる。


「そうだね、レヴィナはマイペースだから。あんまり真剣に取り合ってると大変だよ」


「私、このままだとやっていく自信ありません。何かあったらレオナード陛下に怒られるし、超怖いんですよ。責任も重くて給料も割に合わないと思います。

でも辞めるのも田舎の母に仕送りができなくなってしまうし、私一体どうしたら・・・」


「う、うん・・・」


なんだか人生相談のようになってきた。


「モモ様やヒューバート陛下はどう付き合ってるんですか?」


「う、うーん、私たちはレヴィナが子どもの頃から知ってるから、別にあまり気にならないんだよねえ。

立場的には頭を下げる方なんだけど、親戚の子って感じだからかな」


「だから多少の我が儘も平気?」


「まあ、聞こえてるわよ。私いるのに」


服を脱いでドレスに着替えているレヴィナはクスリと笑いながら口を挟む。


「わざと言ってるんです!皆さんレヴィナ様に甘いと思うんですよねえ。

逆にお兄様のランス様には結構ズバズバ言っちゃうのに」


「・・・出来が悪いと心配なのよ」


「え?なんて?」


呟くような小さな声に、リズはちゃんと聞き取れなかったらしい。

モモは少し焦ったように笑ってレヴィナに駆け寄り、背中のファスナーを締める手伝いをする。


「皆年上だから、逆に甘えてもらえて嬉しいくらいなの」


「甘えてるー?どこがですか?いいように使われてるの間違いじゃなくって?」


「り、リズちゃん・・・」


主人の前でこれだけ堂々と文句を言えるリズもある意味すごい。逆に言えば、それくらいの図太さがなければレヴィナの護衛は務まらないだろう。


水色の清楚なドレスに着替え終えたレヴィナは、鏡台の前に座って鏡越しにリズの顔を見る。


「なんとかなるものよ、リズ。大事なのは見て見ぬ振りをするってこと」


「その手には乗りませんよ」


お目付け役としてしっかりと見張らせてもらいますからね、とリズ。

レヴィナはクスリと笑って口を開いた。


「でもその前にハンバーガル卿を探さなきゃ」


「ああ!」


大事なことを思い出したリズは急に顔色を悪くしておどおどし始めた。肝心なハンバーガル卿の捜索がまだ終わっていない。どこにいるかもわからないので、当然見つかるまでの見通しも立っていない。


「忘れてた!私、行ってきます!」


いてもたってもいられず駆け足で部屋を出て行った彼女に、レヴィナとモモは顔を見合わせて笑った。


「いい子だね」


「そうね、面白いでしょう」


レヴィナは化粧筆を弄りながら視線を落とす。

無事に仕事を終えて何事もなくドローシャへ帰らねば。そのためにもまずは、夜会だ。






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