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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・レヴィナ編
58/66

1話・嫌な理由

「はい、これオーティスの不法入国者のリスト」


どうぞ、と束になった書類を差し出すのは、長くまっすぐなハニーブロンドの髪の女性。あまり身体を締め付けず、装飾の少ないシンプルな装いだ。


差し出された相手、執務用のデスクに座っているオーティス王のヒューバートは書類を受け取るに受け取れない。なぜなら。


「遠い!」


女性――――レヴィナと彼の間には2メートル程距離があったから。


こちらから受け取りに行こうとヒューバートが立ち上がり前へ進めば、前進した分だけレヴィナが後退して距離が縮まない。


見かねたのは騎士服の赤銅色の髪の女性、リズ。彼女はレヴィナから書類を受け取ると、難しい顔をしているヒューバートに恐る恐る手渡した。


「ったく、少しはマシになったかと思えば、相変わらずだな」


ヒューバートは書類に不備がないか目を通しながらレヴィナに毒づく。しかしレヴィナはまったく表情を変えずにため息を吐きながら口を開いた。


「だって、嫌なんだもの」


「そのままだと一生結婚できないぞ」


「お生憎様。私はまったく困ってないわ」


「お前は、な!」


返答するのが面倒でしらっとそっぽを向くレヴィナはドローシャ王国の第一王女。その容姿は両親のどちらにも似ていると言われることもあるし、どちらにも似ていないと言われることもある。


性格はどちらかというとレオナード寄りで、冷静沈着であまり感情豊かな人ではない。

大切に育てられた箱入りのレヴィナは、良い意味でおっとりとしており落ち着きがある。


ただし重大な欠陥がひとつ。


――――――彼女は致命的に“男嫌い”だった。


「あら?レヴィナ来てたの?」


「モモ姉さん、お久しぶり」


そして女性好き。

レヴィナは執務室に現れたモモにぴっとりとくっついて微笑む。モモはその距離の近さと相変わらずの様子に困ったような笑顔を作った。


ケッ、と吐き捨てるのはヒューバート。


「お前が来るとモモに負担をかけるから嫌なんだが。ランス王子はどうした」


「さあ、またどこか放浪してるんじゃない?」


男嫌いのレヴィナは政治においても相手が男となると辛口になる。彼女と上手く取引するなら、女性であるモモを使うしかない。


ヒューバートとモモは結婚してからもう540年以上経つ。一人息子の第一王子は既に独り立ちしており、国は戦争の傷痕を癒しながら穏やかに成長を遂げてきた。過ぎた年月だけモモも王妃として経験と勉強を重ねているが、やはり彼女にはあまり政治は向いていないらしく、レヴィナの相手をするのは毎回一苦労なのだ。


本来なら目上のレヴィナに対して好き勝手に言えるのは、彼女が20代の頃オーティスに留学したことがあって、それからは気心が知れた仲だからだ。

レヴィナの方も勝手知ったる場所なのでいろいろと遠慮がない。


「レヴィナお待たせー。これが頼まれてた資料よ」


ノックも無しに部屋へ入ってきたのはザック。そしてその後にアレフが続いた。

ザックの手には古びた本があり、彼は部屋の出入口付近で足を止めてそれを差し出す。


「ねえ、これレヴィナに渡して頂戴」


声をかけられた騎士のリズは大いに混乱している様子。ああ、とレヴィナは思い出したように話し出す。


「リズはオーティスに来るの初めてだったわね。

この人は宰相のザックよ」


「前の騎士の黒髪の子はどうしたの?」


「寿退職よ。この子が新しい私の騎士」


リズは初めましてと頭を下げた後、不思議そうに首を捻ってレヴィナを見た。


「ええっと、この方は男性として接したら良いのでしょうか。それとも女性?」


ふふ、とレヴィナは小さく笑みを漏らす。なるほど。ザックの見た目と女口調に混乱したらしい。

目つきは柔らかいが男らしい精悍さもあり、彼の容姿はまさに女性受けの良いタイプ。しかし一言口を開けばこの調子だ。そのギャップに脳の処理がしばらく追いつかないのは初対面でよくあること。


「そうねえ、その中間かしら」


「お・と・こ、よ!」


「申し訳ございません、男性でしたか・・・」


リズはレヴィナの冗談に怒るザックから本を受け取りながら恐縮した。そして次に、ヒューバートの背後に直立している金髪の男性に目を向ける。眉間にシワを寄せて無愛想彼は、オーティスの軍服を来て周囲に目を光らせていた。


「彼はオーティスの第一騎士、アレフよ」


見た目通りの人よ、と付け加えるレヴィナに、リズは同じ騎士同士だけど仲良くできそうにないなと心の中で感想を漏らした。


紹介が済んだところで話を切り出したのはヒューバート。


「ところでザック、お前に縁談がきてるんだが」


「本当!?」


真っ先に飛びついたモモはヒューバートから見開き型の冊子を奪い取る。中には丁寧に相手方の紹介文と似顔絵が描かれていた。

レヴィナも横から覗き込み、仲良く並んで高みの見物をしている女性陣二人にザックは若干呆れたような表情。


「まあ、シクバル卿の孫娘ですって」


「シクバル卿はねえ、前にも縁談持ってきたんだよ。これで何回目かな」


「結構可愛いわよ。ザックには勿体無いくらい」


私の侍女になればいいのに、などと笑えない冗談を言うレヴィナ。モモがザックに渡そうとしたが彼はそれを拒否した。


「しないわよ、お見合いなんて」


「見るだけでも見たら?」


「結構」


縁談を断るのはいつものことなので、モモはすぐに諦めてヒューバートへ冊子を返した。

レヴィナと同じく相変わらず結婚の“け”の字もみえない部下に、ヒューバートはため息を吐いてデスクに肘をつく。


「お前はローノイド家の当主だろう。いい加減に選り好みをしている場合じゃないぞ」


「私はいいの。面倒くさい」


ザックは結婚や夫婦そのものを否定しているわけではない。ただし彼の場合は一国の宰相、結婚するならばその相手の背後についてくる義理の両親が大問題だった。


「絶対にしゃしゃり出てくるに決まってるわ・・・」


間違いなく政治に口出ししてくるだろう。こちらも嫁にもらった以上は義理の両親のご機嫌は伺わなければならない。想像するだけで面倒だと、ザックは渋い顔をする。


「いい後ろ盾になるじゃない?」


「必要ないもの、ロディがいるから」


レヴィナの言葉にも食い気味に否定した。

ザックのローノイド家とロディのアーノイド家は名前が似通っているように兄弟分だ。議長であり幼馴染でもある彼がいる以上、国内の権力に不足はない。


レヴィナは頬に手を当て、ハァ、と呆れたように息を吐く。


「我が儘ねえ」


「レヴィナだけには言われたくないわっ!」


ザックはクワッと灰色の目を見開いて大きな声を出した。

まあまあ、と宥めるのはモモ。


「でもザックさんはレヴィナに比べたらまだ可能性あるんじゃない?特に女嫌いってわけでもないんだから」


「レヴィナは絶望的だな」


「でしょうね」


モモとヒューバートにさりげなくアレフまで加わってザックを擁護する。話しの流れが自分へ向かってきたレヴィナはツンと澄まし顔で明後日の方を向いた。


「私だって可能性が無くもないわよ。そうね、水桐(みずきり)がもらえるなら結婚を考えてもいいわ」


水桐とは『水の精霊』という香水の原料になる花。既に100年ほど前に絶滅したと言われている植物だ。


「なんで水桐なの?結婚は有り得ないってこと?」


「水桐を求めて全国各地の山奥を探し回って、全身ボロボロの無様な姿で目の前に膝まづかれたら笑えるから。絶滅種を探し出したその奇跡と笑いを提供してくれた功績に少しは心を動かされるかも」


「・・・鬼か」


絶滅種を探し出してなお要検討とは。結局結婚する気はないんじゃないか、と皆は心の中で苦笑いを零す。

レヴィナは周囲の空気も一切気に止めず、モモの腕を掴んでヒューバートの方に振り向いた。


「じゃあ、私はこれで失礼するわ。ザックの機嫌が悪いから」


「誰のせいよ・・・」


そしてレヴィナはさっさと執務室を退室した。――――モモを連れて。


残された部屋では、はああ、とため息が何重にも重なって聞こえた。















モモを引き連れてレヴィナがやって来たのは王妃用の執務室。

レヴィナ、モモ、そしてその後にリズが続いて入室したところで、廊下の奥から招かざる客が小走りでやって来た。


濃い藍色の髪と琥珀色の瞳。キラキラとした子どものような笑顔で駆けてくるのはロディだ。


「やあ、レヴィナ!久しぶり―――――」


―――――バタン。


ガチャッと抜かりなく鍵もしっかりとかけたレヴィナに、モモは苦笑いを零すしかない。


「挨拶くらいしてあげたら・・・」


「嫌よ」


ソファにゆったりと腰をかけ、レヴィナはヒールを脱いで足をソファの上に乗せる。このような行儀の悪い行いはルードリーフ辺りに見られたらまず怒られるだろうがここはオーティス。口のうるさい教育係や親はいないため開放感でいっぱいだ。


「そこまで嫌いだと何かと大変だね」


モモは向かい側に座りながら困ったように話しかける。男嫌いは周りはもちろん本人にも苦労は多い。特に政治の世界は男社会なため、男性を関わる機会も必然と多いだろう。


レヴィナは手に持っていた本を開き、パラパラと中を眺めながら口を開く。


「そうねえ、私は男なんて虫以下だと思ってるから」


「・・・結婚以前の問題だよね、レヴィナの場合」


先ほどのお見合いの件の続きだろう。

レヴィナはふふ、と小さく笑いながら目を細める。


「そうね、男と結婚するくらいなら女とするわ」


「じゃあレヴィナは女の人が好きな人なの?

その・・・性的指向?・・・っていうか・・・」


「いいえ、そういうことはないのよ」


レヴィナにとっては女性は愛でる存在でありながら性的パートナーではない。ただ、あまりにも男が嫌いなだけで。


「どこがそんなに嫌いなの?生理的に駄目なのかな」


「さあ、どうかしら。ただ昔嫌なことがあったから」


嫌なこと、という一言にモモの表情が凍りついた。

重度の男性嫌いになるほど嫌なことと言われれば大事件を思い浮かべるのも無理ない。レヴィナはモモが考えていることを察して微笑む。


「違うのよ、ただ初恋の人がちょっと嫌な人だったの」


「へえ、トラウマかあ」


モモはほっと胸をなで下ろして呟く。

トラウマが原因なら改善される可能性がなくもない。もっとも、レヴィナは年々拗らせてしまっているが。


「好みのタイプとかないの?」


「そうねえ、敢えて言うなら・・・・。

男の人が困ったり悔しそうな表情をしているのは好きよ」


それは決してタイプではなくむしろ逆だ。嫌いだからこそ、だ。

しかしここで否定したとして、それ以上男性の好みを聞けそうにもなく・・・。


「じゃあ虫以上に大切に思える人で、よく困った顔をする男性。・・・見つかるといいね」


モモはそれ以上のフォローの言葉が見つからなかった。






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