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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・ランス編
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6話・遅くなった告白

春の別邸は風通しがよく気持ちがいい。庭にはジギタリスやチューリップの花が揺れていて、自室のバルコニーからの眺めは素晴らしかった。手すりにはすっかり居着いている白猫のミーが気持ちよさそうに眠っている。


ローゼリアは紫蘭の茎を鋏で切ると白い花瓶に生ける。そこには既に大きさも色も様々な花が生けてあり、お世辞にも纏まりのあるとは言い難い。


「まあ、今日は紫蘭だったんですか?」


侍女が部屋へ洗濯物を受け取りに来た際、生けてある花瓶を見て顔を綻ばせる。


「ええ」


「意外とロマンチストなんですねえ」


彼女が微笑みながら着替えを受け取って出て行くと、ロマンチストという柄ではないかな、とローゼリアは一人で苦笑した。


レオナードが出した条件、それは一年城に留まり仕事をこなすというものだった。難しいものではないように思うがその対象はランス。旅を愛する彼にとってはとても苦痛を伴うものだろう。

それでもランスは言われた通り城に留まり忙しく働いている。そこまでしてまで本気で結婚しようとしているとは思わなかったので、レオナードやヴィラたちはもちろんローゼリアも大変驚いた。


ただし城で働いてはいるものの山には行っているらしい。毎日贈られる一輪の花は庭師が育てたものではなく山に野生しているもの。

だから花瓶の花は色も形もバラバラで統一性がない。しかしごちゃごちゃな纏まりのないこの花たちを見ると、ローゼリアはとても幸せな気分になるのだから不思議だった。


一日も欠かされることのない贈り物は別の方面からも役立った。ランスが熱心に求愛していることを公にすることで、世間が結婚を応援するムードに変わってきたのだ。正直国民たちの噂話は美化しすぎだが、ランスにとっては追い風に変わりない。


着実に周りは結婚のために動き出している。


「本当にいいのかな」


このまま流されるように結婚してしまっても。

ローゼリアは中指にある金の指輪を撫でながら小声で呟いた。


にゃお、とミーが鳴く声でバルコニーを振り返れば、手すりに手をかけてよじ登ってくるランス。

ローゼリアははあ、と小さくため息を吐く。


「わざわざそこから入らなくても・・・。落ちたら危ないわよ、ここ3階なのに」


「3階じゃ怪我もしないって」


懲りない様子のランスに、まったく、とローゼリアは肩を下ろす。


「もう一年も経ったんだな」


なんでもないように漏らしたランスの一言。しかしその言葉にローゼリアは雷に打たれたような衝撃を受けた。


一年城に留まるという結婚のための条件はもう果たされている。もうランスは自由の身だ。それはローゼリアの婚姻が決まったということにもなる。

一年があまりにもあっという間で、何も心の整理がつかないうちに過ぎてしまった。


硬直したローゼリアに、ランスは彼女の肩に手を置いて小首を傾げる。


「気付かなかった?」


「忘れてた・・・。もうそんなに経ったのね」


「まだ決心がつかない?」


ローゼリアは核心を突かれてしまいビクリと身体を震わせる。

ランスは一年結婚のために努力してくれたというのにこの様だ。責められても仕方ない不義理と、今の気持ちを見透かされた気まずさで、穴があったら入りたいくらい。


「別にいいよ、急がなくても」


「でも・・・」


ランスはそんな気持ちも受け止めてくれる。

けれどローゼリアが迷っているうちにも彼は旅に出て行ってしまうだろう。だとしたら次に会うのは数年先になるかもしれない。


置いていかれてしまう。

それがローゼリアにとってどれだけ心細いことか。


「我が儘なこと言ってごめんなさい。でも貴方について行くのか、覚悟が決まるまでここで待つのか、どちらを選べばいいか迷っていて・・・」


今すぐ、決めなければならない。


ランスは焦っているローゼリアを見て軽やかに笑った。


「急がなくていいって言っただろ?」


「でも迷ってたらまた・・・」


一人になってしまう。それが今ではとても心細く寂しい。

子どものような理由が恥ずかしくて言葉にすることができないローゼリアは、唇を引き結び耳を赤くして俯いた。


「俺、別に出て行かないよ?」


「え?」


「城にいるよ、リアが結婚してもいいって思うまで」


思ってもみない返答に、彼女はランスの顔を見上げて口を開けたまま呆けた。

条件は果たしたのに、何故ランスは旅に出ないのだろう。理由なく一所に留まるような人ではないのに。


ローゼリアが予想以上に驚いているものだから、ランスは可笑しそうに笑って彼女の頭の上に手を置いた。大きくてゴツゴツした手が金色の髪を撫でる。


「好きなものを断ったら願い事が叶うって言うだろ」


「・・・そこまでして?

野営で火をつけて欲しいならちゃんとした魔女が居るわ。王子である貴方なら魔女との結婚も難しくないでしょう?

旅に同行できる女性なら他にも・・・」


何故そこまで我慢してまで自分を選ぶのだろうと、純粋に疑問だった。ランスが以前言っていたサバイバル能力を持つ女性なら探せば居る。旅が趣味だという女性ならランスとの相性は良いだろう。


「もしかして俺の気持ち疑ってる?俺はこんなにリアが好きなのに」


「疑うもなにも初耳よ!」


愛の告白らしきものは今まで一度もなかった。ランスはそうだっけ、と恍けているのか本気なのかわからない返答。


「前から可愛いなって思ってたよ。でもリアは結婚してたから口説けなかっただけで」


既婚者と自ら進んで恋愛するほどランスは愚かではない。いいなと思っていても行動するまでに時間がかかるのは当然だ。


「で、できればそれを早く言って欲しかったわ・・・」


あくまで普通の告白の流れがあればここまで混乱することはなかったはず。


ランスは人差し指でローゼリアの巻き髪をクルクルと弄びながら口を開く。


「ああ、それは無理だな。

リアは真面目だから、もし普通に口説いたら絶対に俺は振られてたよ。だから勢いで断れないところまで押し切っちゃった。リアは優しいから流されやすいし」


ニコッと余裕そうに笑うランスとは対照的に、ローゼリアの顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。


「さすがにあんまり追い詰めると可哀想だから、せめての罪滅ぼしに待つよ。リアの覚悟が決まるまで」


「えっと、それって結局私に選択権はないってことよね?」


結婚することは決まっている。あとは時間をかけるか否か。


「ごめんな」


謝っているのにその口元から笑みは消えない。確信犯だ。

救い取ったローゼリアの髪に口付けると、額を寄せて彼女の顎に手をかけた。ローゼリアは合わさった視線を逸らしたいのに、吸い寄せられるかのように青い瞳を見つめてしまう。


「幸せにする」


やがて重なる吐息に、ローゼリアは恐る恐る手を伸ばしてランスの袖を握り締めた。















「結構あっさりだったよなあ」


もっとドタバタするかと思ってた、とヴィラはソファに座っているレオナードの膝の上に倒れ込みながら話す。

レオナードは突然膝の上に乗ってきたヴィラの頭を撫でながら薄く笑う。


「意外だったか」


「まあね。ランスが一年我慢したのも意外だったし、ローゼリアがあっさりついて行っちゃったのも意外だった」


一番懸念してた世間の反応もあっさりとしたもので、「良かったね」の一言で済まされてしまった。もちろんそれはランスの努力あってのことだが。


「あたしらも歳とっちゃったねえ」


もしランスに子どもができたら孫だぞ、とヴィラは苦い顔をした。孫の誕生は喜ばしいと同時に過ぎた年月を突きつけられる。


レオナードはヴィラの頬を優しく撫でながら不思議そうに言った。


「孫など普通だろう?」


「まあ、こっちの人たちはそうなんだけどさ」


こちらの世界では孫やひ孫がいるというのはごく一般的なこと。しかしヴィラにとって孫がいる人はずいぶん歳をとったイメージだ。


「気が早いかな」


「そうだな」


レオナードはヴィラの腕を掴み引き上げると、近づいた彼女の顔に唇を寄せた。くすぐったそうに身を捩るヴィラに、抵抗は許さないとばかりに腰へ腕を回す。


「助かったけどな、結果的に。ランスは無事に結婚したし、ローゼリアのおかげで連絡はつくし」


ローゼリアの一番の功績は居場所を定期的に報告してくれることだろう。数ヶ月に一度のペースで届く彼女からの手紙はヴィラたちにとって合掌したいほどありがたいものだった。これで何かあった時もランスに連絡がつかずに苦悩することはない。


「あとはレヴィナがなあ・・・」


言葉を濁すヴィラにレオナードもふっと笑って口を開く。


「あれは壊滅的に結婚向きではないからな」


「ランスよりも絶望的だな。でもま、これ以上は贅沢かな」


愛する夫と子どもたちに恵まれて十分幸せ。あまりに望み過ぎると罰が当たりそうだ。

あとはこの幸せができるだけ長く続きますようにと、ただそれだけを願わずにはいられなかった。















人通りの多い街道沿いのカフェ。日傘が射されたオープンテラスで食事をしているランスは、向かい側に座っているローゼリアを穴が空くほど見つめていた。

ローゼリアはコーヒーを飲みながら困ったように笑う。


「そんなに変かな」


「まさか」


変なのではなく見慣れないだけだ。

腰ほどまで長かった金の豪華な巻き髪は、今やバッサリと肩より上で切られている。見た目の雰囲気がガラリと変わったローゼリアに、ランスはテーブルに肘を付いたままじっと見つめ続ける。


「でもよかったのか?あんなに大切に手入れしてたのに」


「もう必要なさそうなんだもの。この方が身体が軽いし、手入れも楽よ」


旅の途中で金銭に困ったとき、髪を切って売ればお金になるとそのまま伸ばし続けていた。しかしランスとの旅はお金に苦労するどころかその逆。世界各地に財団や商会を持っているランスにお金の心配は全く不要だった。

宿泊する場所は警備の行き届いた高級宿、街中を歩くときはボディーガード付き。山に行くことももちろんあるが基本的に贅沢な旅だ。治安の悪い場所に用があるときは連れて行ってもらえないが、一人で待っている間も十分な金銭を持たせてくれる。


「似合ってるよ、ほんと。

だけど首周りが見えるからさあ」


強いて言うなら、男の目線がうなじに集まるのが不満。


ランスはテーブルの上にあるローゼリアの手に上から自分の手を重ねる。


「次はどこに行こうか。ノースロップの山脈はさすがに登れないけど、湖からの眺めが綺麗なんだよなあ」


いろんなものを見せてくれる。いろんな体験をさせてくれる。

今までは決して知らなかった世界に、ランスは手を引いて優しく導いてくれる。その日々は刺激的ながら穏やかで、今のローゼリアは全てに満ち足りていた。


「どこにでも」


次はどこに行くのか、そんなことを一生懸命考えているランスに、ローゼリアは手を握り返して微笑んだ。






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