5話・王家の使命
「いやーいい話だなあ・・・
―――――ってちょっと待てよ!結局ランスが丸め込んだだけだろ!」
ローゼリアの意思はどこ行った!?ちゃんとプロポーズはしたのか!?
ローゼリアは可哀想なほど真っ青になって震えている。元々ほんわりとした柔らかい雰囲気の子だったけど、今はまるで恐怖に震えるウサギのようだ。
「わ、わたくし陛下とヴィラ様になんとお詫びを申し上げたらよいのか・・・。このような身で大事な御子息を・・・」
「いや、むしろこっちの方がごめん。こんな息子で」
これじゃあ寂しさにつけ込んだ悪い男みたいじゃん。
こんなのと結婚しようものならローゼリアは振り回されて苦労するだろうな。そもそもランスは自由人で結婚向きの男ではないし。
「ローゼリア様は納得しているのですか?」
ルードリーフはあまりローゼリアを追い込まないよう優しく問う。
相変わらず真っ青な彼女が口を開く前に、何故かランスが先に答えてしまった。
「大丈夫!」
「いえ、聞きたいのは殿下の意思ではなくてですね・・・」
「大丈夫だって!」
その自信はどこから来るんだよ。
ランスは私に似てしまって言い出したら聞かない頑固者だ。
ハア、と何人かのため息が重なって聞こえる。みんなも考えていることは同じらしい。
「本当にいいのか?結婚したらそう簡単に後戻りできないぞ。あたしは反対しないけど、まずはちゃんと二人で話し合った方がいいと思うんだけど?」
レオナードはどう思ってるんだろう。何か言ってやってと横目で合図すれば、彼もゆっくりと話し始める。
「愚かな考えだな。もし第二王妃と結婚したら彼女が世間からどのような目で見られるか少しは考えろ」
確かに、周囲は二人の結婚を知ったらローゼリアの方がランスを誑かしたって思うだろうなあ。たとえ逆だとわかっても、あまりいい目では見られないかも。一般的に言う不倫からの略奪婚になるわけだし。
「それを踏まえた上で本当に第二王妃を妻に迎えたいと思うなら、時間をかけてそれなりの誠意を示せ。きちんと手順を踏み、世間の理解を得るならば構わん」
普通の家庭ならば問題はないだろうけど、あたしたちは一応王族という立場だ。嫌でも注目されるし国民から評価される。まあ、もともと王家でなければこんなややこしいことにはならなかったんだけど、ランスも王子という立場上は建前だけでもしっかりしてもらわないと困る。
「もちろん手順は間違えないつもりだけど。誠意って・・・・土下座?」
「違う」
レオナードは強めに否定して凄んだ。誠意が土下座ってお前、日本人か。完全に私の背中見て育っちゃった所為だな。
レオナードが話を続ける前にローゼリアがその場にしゃがみこんでしまい、全員の注目が彼女に移った。
まさかの土下座?、と一瞬思ったけど違う。いつの間にか顔は土気色になってるし、額に汗浮かんで苦しそうだ。目はきつく閉じられていて、呼吸だってまばら。
「おい!早く別室連れてってやれ!」
私が言うのが早かったか、ランスがローゼリアを抱えるのが早かったか。
大丈夫か、マジで。
「ごめんな、父さんたちが普通じゃないの忘れてた」
ランスはベットに横たわりぐったりしているローゼリアに向けて謝罪した。しゅん、と申し訳なさそうに謝るランスに彼女も小さく首を横に振る。
レオナードとヴィラは二人とも人並みを外れている。容姿も才能も超越した存在はしばしば他人を恐怖させ魅了する。
レオナードに至っては気配に敏感な者や神経質な者は対峙しただけで気絶することもある。ローゼリアは不安や緊張からいつもより余計にあてられやすかったようだ。ランスが悪いわけではない。
「あとは俺が話しておくから、ゆっくり休んでて」
よしよし、と頭を撫でられたところでノック音と共にヴィラが入室してきた。
昔と変わらず彼女は見た者を釘付けにする美しさがある。目を背けたくなるレオナードとは正反対と言える美しさだ。濃い紫色のドレス姿は王妃に相応しく、仕草や佇まいも完璧だった。
「ランス、レオナードが話あるってさ。ローゼリアは私が見ておくから」
「わかった。母さん、リア苛めないでよ」
「わかってるってば」
よいしょと立ち上がって部屋を出て行くランス。空いた椅子には入れ替わりヴィラが腰掛けて、ローゼリアは居心地の悪さに掛け布団を口元まで引き上げる。
「なーんか不思議な気分だよな。あたしらがこんな話するなんてさ」
「も、申し訳ありませ・・・」
「別に責めてないって」
ヴィラとローゼリアは本来ならば王の寵を争うライバル関係。それが今では嫁姑の間柄になろうとしているのだから、変な気分になるのも仕方がない。
「そういえば前にローゼリアに妊娠したって嘘つかれたこともあったなあ・・・」
おかげでヴィラが家出という大騒動になった。耳が痛い昔話に、ローゼリアの顔色は先ほどのような真っ青に逆戻り。
ローゼリアはなにも意地悪で嘘をついたわけではない。不仲だと噂されていたが、もしかしたらヴィラはレオナードのことが好きなのではないかと勘ぐっての言動だった。本人はむしろ発破をかけるくらいのつもりで言ったのだが、結果あのような騒動になり、怒ったヴィラと本気の追い駆けっこをしたのは懐かしい話。
嫉妬や意地悪が全くなかったとは言い切れない。あの時はレオナードとヴィラも不安定な関係だったが、あの日はローゼリアも貴族たちにちゃんとやれと叱責されて散々だったのだから。
ヴィラはふう、とため息を吐いて戦々恐々としているローゼリアに苦笑した。
「ほんと、怒ったりしてないんだよ。ただいきなりだったから複雑な気分なだけでさ。
私は母親としては素直に嬉しいよ、あの女の影がなかったランスに結婚したいほど好きな人ができたんだから」
「好き、というか・・・」
「んー、まあ若干面白がってる感はあるけど」
嫁にサバイバル能力を求めるくらいだし、とヴィラとローゼリアは遠い目をした。
でもな、とヴィラは続ける。
「ランスは若干阿呆っぽく見えるけど馬鹿じゃないんだよ。頭いいし、賢いし、根は真面目だからあれでもちゃんと仕事はやってるんだ。
だから結婚についても軽く考えてないと思うし、これは母親の勘なんだけど、たぶん本気だと思うぞ」
「は、はい・・・」
「疑うのは無理ないけどね。本人あの調子だし」
ランスのへらっとした緊張感のない笑顔を思い出して再び遠い目に戻る二人。
「で」
急に真顔になりずいっと身を乗り出すヴィラに、本題が来た、とローゼリアは身を固めて口を固く結んだ。
「肝心のローゼリアはどうなんだ?本気でランスと結婚したい?愛情はあるのか?」
「わ、わたくしには相応しくないお話しだとは思っております。でも殿下は聞く耳を持たなくて・・・。
それに話が突然のことで、気持ちがまだついていかなくて」
ランスの生まれや習性も全て受け入れてくれるような女性はきっと他にもいるだろう。わざわざローゼリアを選ぶことはない。それをランスに諭しても聞き入れてはくれないし、逆に結婚するメリットを並び立てる始末。
ヴィラはふーんとつまらなさそうに口を尖らせる。
「じゃあどこまでいったの?もう寝た?」
「ま、まさかっ」
ぎょっとして否定するローゼリア。ヴィラは片眉を上げて訝しげな表情をする。
「大丈夫かよ。使いもんになるのか、あいつ」
息子の下半身事情を心配しだしたヴィラにローゼリアは慌てて弁解した。
「あ、あの、殿下が、順番は守ってくださると・・・」
「そういうのは勢いが肝心なんだぞ。言わなきゃバレないんだし」
明け透けなことを力強く言うヴィラ。
どう反応すればよいか正解がわからないローゼリアは苦笑して誤魔化す。
「ってのはまあレオナードがいないからこそ言える個人的な意見だけど。
大切にされてるんだな」
また返答に困るローゼリアは眉尻を下げて更に深く布団に潜り込んだ。




