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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
スピンオフ・ランス編
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4話・墓前の誓い

ローゼリアは朝日の眩しさに目を覚ますと、目の前にランスの顔があったので驚き飛び上がった。


「ぎゃっ!」


「おはよう、リア」


「なんでこんなに近いのよ!」


恥ずかしさからか思いっきりランスの肩を突き飛ばすローゼリア。顔と顔が5センチほどしかない至近距離の目覚めで、心臓がバクバクと激しく鳴り響いている。

ランスは全く悪びれる様子はなく言い放った。


「ごめんごめん、暇だったから寝顔眺めてた」


「起こしなさいよ!普通に!」


大体顔を眺めて一体なんの暇つぶしになるというのか。まったく彼は分かりやすいようで掴めない人だ。

もう!もう!と文句が止まらないローゼリアはまるでひったくるかのように乱暴に荷物を持ち上げて歩き出す。


「川で身体洗ってくるから!」


「じゃあ俺も――――」


「貴方は獣が来ないか見張り番よ!」


しっしっと手で追い払う仕草をして昨晩水を汲んだ川を目指して歩き出した。と言ってもほんの数十メートルだけれど。


流れの穏やかな川はそう深くもなく身体を洗うには十分な場所。着替えを持ってきて良かったと安堵しながら手早く雑に服を脱ぐと、早朝の身が凍りつくほど冷たい川にざぶざぶと入っていった。

最初は痺れるような痛みに襲われるがそんなことを言っていたらいつまでも終わらないことをローゼリアはよく知っている。最初が最大の我慢どころだ。


少し水の温度に慣れてくると、がっしがっしと乱暴に身体を布で擦って洗う。


最後に髪を洗い顔を上げたところで白い小さな物体を発見した。


「あらミカンちゃん、こんなところにいたの」


「にゃー」


昨晩見かけなかった猫はぺろぺろと小さな舌を伸ばしながら川の水を飲んでいた。無事でよかった、とローゼリアは川岸に寄って抱き上げる。

持ち上げるとミーは思ったよりも軽くふんわりとしていた。


「貴女美人さんねえ。あの人なんかに付いていって大丈夫?ちゃんとご飯もらえてるの?世界中連れ回されてるんでしょう?」


「にゃー」


猫なので当然話しはできないが、まるで会話を理解しているかのように鳴く猫。よく見れば瞳は薄い青に周りが緑がかった珍しい色をしている。

再び口を開こうとしたが、何かが近づいてくる気配にローゼリアはミーを抱きしめ身を硬直させた。


「なあリア、ミー見なかった・・・」


「ぎゃああ!」


「あっ、ごめんごめん」


木の陰に現れたところで踵を返すランス。


「変態痴漢変質者ふざけんなこのクソ野郎!」


しっかり見られたわけではないがパニックのあまりローゼリアの口から罵詈雑言が飛び出す。


「す、すみませんでした・・・」


ちゃんと見ないように配慮はしていたのだが、彼女のあまりの剣幕にランスは大人しく謝るしかなかった。













「なあ、そろそろ機嫌なおしてくれよー」


道なき道を歩きながらローゼリアの機嫌を伺うようにランスはひたすら謝る。


「悪かったって、ほんと」


ローゼリアはランスに目もくれず、黙々と急な斜面を木を伝いながら登っていく。川の事件から既に4時間、彼女は一言も口を聞いてくれなくなってしまった。完全なる無視だ。


「ミーを探してただけなんだって」


悪路にも関わらずミーはお決まりの位置でスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。ランスは先を行くローゼリアを追いながら途方にくれていた。

母親であるヴィラは怒らせると野蛮な口調で怒鳴り散らすし、性格だけはレオナード寄りの妹レヴィナは何度もため息を吐きながらえげつない対価を要求してくる。両者ともそれなりに納得すればすぐに機嫌を直してくれるが、この場合はどう対処すればいいのかわからない。


急斜面を抜けると今度は高低の激しい獣道。岩に登ったり沢を渡ったりしながらランスは静かにローゼリアの機嫌が直るのを待った。


「・・・ねえ」


沈黙を破ったローゼリアの一言に、ランスはピクリと敏感に反応する。声色に多少棘はあったが口を開いてくれただけありがたい。


「なに?」


「ここってもしかして・・・」


足を止めてやや呆然とした表情で辺りを見回すローゼリア。ランスも彼女に追いつくと手前で足を止めた。


「ルフトル山だけど」


「やっぱり・・・」


どことなく見覚えがある景色にローゼリアは力なく言った。ルフトル山の山頂。そこはローゼリアにとっては特別な場所だ。


「お母さんのお墓があるんだろう?」


「なんで知ってるの!?」


当然のように言うランスにローゼリアは目を見開く。

これまでのランスとの会話をよくよく思い返してみたが言った記憶は全くない。


「前に言ってただろ。2,30年前」


「・・・忘れた」


そんな昔の話をよく覚えていたなあと感心すると同時にある疑念を抱く。まさかランスがこの山を選んだのはローゼリアのためなのではないか、と。

しかしそうだとしたらランスがいい人だと認めてしまうみたいで悔しい。下唇を噛んでランスを睨みつけると、彼は焦った様子で笑いながら謝りだした。


「ごめん、ごめんって。本当に見てないから」


「そうじゃなくて・・・それはもういいわよ」


ふん、と鼻息荒くしながらズンズンと勢いよく歩き出す。


ローゼリアは16の頃、母親が亡くなってたまたま居たこの山の頂に墓を作った。すぐに王城へ連れ戻されてしまったため、王女という立場では一人で道のない山を登るわけにもいかず、結局亡くなって以来は来れていない。

母親は決してそれを怒るような人ではなかったが、ずっとローゼリアの心の中で申し訳なさが燻っていた。まさかこんな形で叶うとは。


高低差の激しい林を抜けると一気に視界が開け、目の前に現れたのは大人2人分の背丈の岩山。ローゼリアは慣れた様子でそれをすいすい登れば、ランスも慣れた様子であっという間に登り終える。


「・・・懐かしい」


パッと顔を上げれば広がる山々の景色。決して高くない山だが十分な絶景だ。

標高の高いここは日差しも強いが風も強い。ローゼリアは一つにした金の巻き毛を抑えながら空を見上げる。


「これがお墓か?」


ランスが膝を曲げて覗き込んだそこには、小さめの岩を立てた簡素な墓があった。その素朴さと雑さにローゼリアは笑いを零す。


「母が亡くなったのがあまりにも急で・・・これくらいしかできなかったから」


ローゼリアもランスの隣に座り込み、墓を眺めて昔を思い出す。


「記憶の中の母さまは少し豪快で大雑把なところのある人だったわ。自然が好きで自由が好きで、そんな人にはきっと城の生活は苦痛だったんだと思う。前国王陛下はとても穏やかで優しい人だったけれど、後宮はずっと荒れていたから」


腹違いの兄クロードは母も妻も権力争いのゴタゴタに巻き込まれて失った。彼が自暴自棄になるのも気持ちは理解できる。

きっとローゼリアの母親もそんな世界に疲れきって離婚することにしたんだろう。彼女は農村の出で、そういった争いとは無縁で育った人だから。


「そんな母さまでも父さまのことは最後まで愛してたのよねえ。難しいものね、夫婦って」


「だからその指輪も捨てられなかった?」


ランスが言ったのはローゼリアの指に光る黄金の指輪。母親と前国王の思い出が詰まった形見だ。彼女は中指のそれに触れながら目を丸くして言った。


「私そんなことまで貴方に話した?」


「うん」


ハア、とローゼリアはため息を吐く。ランスは世界中を旅しているだけあって話題を豊富に持っている上に話し上手だ。きっと彼の話を聞いているうちに自分もぺろっと漏らしてしまったんだろう。もちろん隠すような話題ではないが、よりにもよってその相手が夫と正妃の息子とは。


「まあ、いいわ。とにかく母さまには感謝してるの。どうせ城に居たって私に居場所なんてなかったんだから。

家のない生活は大変だったけど、一人じゃなかったもの」


「でももういないよ」


ローゼリアは墓から目を話してランスの青い瞳を見据えた。彼の言うとおり母親がいない今は一人ぼっちだ。

ふんっ、と鼻を鳴らして墓に向き直る。


「母さまが亡くなった時に一人でも強く生きていくって誓ったわよ」


城に戻ってからはできるだけ大人しくして目立たないよう生活した。そして前国王が亡くなってローゼリアを持て余した貴族たちは、厄介払いのように彼女をレオナードの元へ嫁がせた。身分が高いだけに下手な扱いができなかったから、側妃にするには好都合だったんだろう。

そして結局ローゼリアは今も一人だ。結婚はしたものの上手くいかず、城の者たちはまるでローゼリアが最初からいなかったかのように扱うのだから。


最初から覚悟はしていた。母親が亡くなって、城に戻らなければならないと決まった時から。―――――王城に居場所はない。


覚悟はしていたのに墓を見ていると昔を思い出して、息が詰まったかのように苦しくなった。


ランスは珍しく眉間に皺を寄せて口を開きかけたが、それよりも先にローゼリアが勢いよく立ち上がる。


「早く山を降りましょ。急いだら日暮れまでに間に合うかも」


そう言い残すとさっさと行ってしまい、慌ててランスはその後を追った。











墓参りを終えた後。

ローゼリアは我慢していたのにグズグズと泣き出してしまい、まるで迷子のようにランスに手を引かれながら里へと辿り着いた。


完全に失敗した、と撃沈するローゼリア。

そもそもなぜ身の上話をランスにしてしまったんだろう。彼も両親に対する愚痴を聞かされていい気分はしなかったに違いない。それに泣きじゃくるなんて恥部だ、恥部。一生ものの恥だ。


なんとか日没までに里に戻り、ランスが用意していた空家で身体を洗う。食事も服も部屋も用意されていたが、それよりもローゼリアの頭の中はずっと日中の出来事のことでいっぱいだった。

ぼーっとしたまま入った部屋には、暗闇の中にぽつんと小さなベットが置かれている。とても簡素だったが一日ぶりのベットでの就寝はとても有難い。


「リア、ちゃんと髪乾かしなよ」


開きっぱなしだった扉からランスがひょっこりと現れ、ベッドサイドに置いてあるバスタオルでローゼリアの髪を拭き始める。

ローゼリアは今晩はミカンちゃんがいないなあと心の中で呟き、その後大きく頭を左右に振った。いや、そんなことはどうでもいい。恥部を晒した人と一緒にいるなんていたたまれない。これ以上の恥の上塗りは御免だ。


タオルを乱暴に奪い取ってランスと急いで距離を取った。


「自分でやるから」


「リアがドレス着てるの見るの久しぶりな気がするなー」


「もう!そんなことどうでもいいでしょ!」


ランスはいつものように話すけれどローゼリアはできない。ランスは泣き顔なんてなんとも思ってないことは、もちろんわかってはいたけれども。


「い、一応お礼は言っておく。ありがとう。

貴方が連れ出してくれなかったら一生会いに行けなかったかも・・・」


「ああ、また行こうな」


「行かないわよ!」


墓参りには行きたいけれど今度行くときは一人だ。

慌てて否定したローゼリアにランスは心底不思議そうな顔をする。彼が口を開く前に先手を打たなければと、ローゼリアは急いで話を続けた。


「い、いろいろ喋っちゃったけど、もう忘れてちょうだい。私が悪かったわ。

魔術のことも人に言いたかったら好きにすればいい。だから今回のことはなかったことにしましょ。別邸の方にももう来ないで」


忘れて欲しいがそれはできないならば、せめてなかったことに。人に話すならばもう好きにすればいい。どうせ自分の評判なんて地に落ちているようなものなのだから。そう思ってランスを拒絶するローゼリア。


それからは返答がなく、しーんとあまりにも静かすぎる静寂が続いた。


先にランスが動いたかと思えば素早くローゼリアの手首が捉えられる。あまりの速さと掴まれた手首に感じる体温に動揺した彼女は、月明かりに浮かぶ青い瞳をしっかりと見てしまった。


「あ、あの、ちょっと、痛いんだけど・・・」


「無理だろう」


今までのランスからは考えられないほど低く強い口調。ローゼリアはなんだか怖い雰囲気に身を竦める。


「リアは一人で生きていくなんて無理だ」


墓前の会話の続きだろうか。

生憎、無理だと言われようが今も昔もローゼリアが死んでからはずっと一人だ。そしてこれからもそれは変わらない。


「そんなことない。今まで通り、ただそれだけよ」


「でもリアは寂しがり屋だろ。俺が居なくなったらまた一人になる」


「なっ、子ども扱いしないでっ」


「してないよ」


ぐっと掴まれていた手首を引っ張られて前のめりに倒れこむ。バランスを崩したローゼリアの身体は当然熱い胸板にぶつかり、強く逞しい腕の中に抱き込まれた。


ドクドクと嫌なほど心臓の音が耳に響く。


「な、なに馬鹿なこと考えてるの、放して」


震える声で抵抗してもランスはびくとも動かない。ただ首にかかる吐息が暖かくて、久しぶりに感じた人の温もりにローゼリアの心は持って行かれそうになってしまう。


認めてしまおう、とローゼリアは大きくため息を吐く。そう、ずっと寂しかった。一人で平気だったのではなく、自分に言い訳をして一人でしか居られなかっただけだ。


だけど今後誰かと一緒にいるとしたら、それは彼ではない。ここで今縋ったところで、彼は必ず離れて行ってしまうのだから。


「俺のことが嫌い?」


「そういうことじゃなくて、私貴方の父親の妃なのよ!?」


好き嫌いの問題ではない。不義もいいところ、相手が国王ともなれば重罪だ。


「関係ない。

父さんはリアを放置した張本人なんだから」


きっぱりと言い切られてローゼリアは絶句した。本当に本気なのだろうか、この人は。


熱い抱擁をされて、唇を寄せられて、背中を撫ぜられて、その意味を理解できないほど馬鹿じゃない。息が上がる身体と拒否する心の間で、ローゼリアの心はどうにかなってしまいそうだった。


「だ、駄目、私は神に誓ったの」


これは神に背く行為。たとえレオナードとは紙切れ一つの関係だとしても、彼が不義を許したとしても、罪なことに変わりない。


「いくら助けを求めたって神様は助けてくれないだろ。亡くなった母親にももう会えない」


当然だ。神様は誰かを助けたりしないし、死んだ人は二度と生き返らない。ランスの言うとおり、誓いを守り続けるならば一生ローゼリアは孤独でいなければならないのだ。誓いを破って、ランスを受け入れない限り。


突然二人の間に距離ができた。だけどローゼリアの両肩はしっかりとランスに捕まえられていて、青の強い瞳が彼女の瞳を覗き込む。


「俺だったらいつでも助けにくる。ただ一緒にいて愛してやれる。

どこにいるかわからない神様に誓うくらいなら、俺に誓えよ」


吐息が交わるほど近づいてくるけれど、身体が硬直して言うことを聞かない。


合わさった唇とその熱に、ローゼリアの目は一粒の涙を零して閉じられた。






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