3話・彼女の過去
陽が沈み始めると、ランスは少し開けた場所に背負っていた荷物を降ろした。
「じゃあ今日はここで休もう。はいっ!」
「え?何?」
枯葉と枝をかき集めていい笑顔で何かを促すランス。
「火つけて!」
「・・・・え?」
――――――火付け要員!?
まさかこの人はマッチ代わりにここまで連れて来たんじゃないかという疑惑が浮かび、そのあまりのくだらなさと疲労でローゼリアはガックリとした。
ランスは火を付けてもらった焚火にウキウキと楽しそうにあたっている。ところが猫のミーは火が嫌いだったのか、ランスの肩から飛び降りるとどこかへサーっと逃げていってしまった。
「いやあ、便利だなあ。マッチって無くなったり失くしたり湿ったりしてていざというとき使えないから困るんだよ」
「あっ・・・・そう」
言葉もないローゼリア。彼女も背負っていた荷物を降ろし、ふう、と一息ついて荷物の中から水筒を取り出す。そのまま口をつけてグビグビと飲む彼女に、ランスは首を傾けながら尋ねた。
「リアって山慣れてるよな。服に土が付いても騒がないし、虫が居ても手で追い払ってるし」
「そう?」
普通のお嬢様なら最初の1時間で根を上げているところだが、山を登り始めて一言も弱音を吐くことなく6時間が経っていた。
その時、茂みがガサゴソと音を立て始めたので覗いてみれば、ローゼリアはランスが制止する間もなく素早く近づいて何かを勢いよく踏み潰す。そして戻ってきた彼女の手の中にあったのは、頭が潰されてぐったりとした“蛇”。
「とりあえず腹の足しにはなるわね」
「慣れてるっていうかそういうレベルじゃないな・・・」
ぎょっとしているランスにローゼリアはふんっと鼻を鳴らす。
「貴方蛇は苦手だった?なんでも食べられそうに見えるけど、好き嫌いがあるなんてやっぱりお坊ちゃんね」
「いやいや、蛇は普通に人の食べ物じゃないからさ。王様だろうが庶民だろうが同じだろ」
「え!?そうなの!?」
今度ぎょっとするのはローゼリアの方。当然のように蛇を食べようとしていたのは彼女が蛇を食料だと認識していたかららしい。とんだ勘違いだ。
蛇を掴んだままパニックになる彼女にランスはどうどうと宥める。
「まあ別に食べ物ではないけど食べても問題ないだろうし」
「・・・毒のない蛇は食べられるって聞いてたのに」
意気消沈して座り込むローゼリア。手の中にあった蛇もベチャッと地面に叩きつけられた。
「聞いたって、誰に?」
当然のように疑問を投げかけるらんすに、ローゼリアは観念して話し始める。
「ハァ、私の母さまは田舎貴族の出だったの」
「ああ、前国王の側妃な」
ローゼリアの父は前国王、そして母は側室だった。母親の生まれは田舎の農村であるが、母曰く知人からの紹介で知り合い恋愛結婚だという。
ところが妃になってからというものの喧嘩が絶えず、ローゼリアがまだ幼い頃に離婚。そこからが問題だった。
「泥沼親権争いが始まって・・・、大した後見のない母さまは勝てないとわかると私を連れて逃げたの」
実家は没落してしまってもう頼れる人はおらず、国王である夫の手が届かないようにと人里を離れた山の中での逃亡生活だった。それはローゼリアが16の頃、母親が亡くなるまで続いた。その後はすぐに連れ戻され、今のような身寄りのいないひっそりとした生活。
「だから私レオナード陛下に嫁げたのよ。後見人がいなかったから。後見人がいないということはどの貴族にとっても都合が悪くならないでしょ。
私は母さまのようにはなるまいと必死に良い夫婦仲を保とうとしたけど、結局は目も当てられない結果になってしまったし。
・・・・・どうせ私は『可哀想なローゼリア姫』よ」
身寄りもなく、夫にも愛されず、身分が高いだけのお姫様。
「でもリアの母さんは逃げてまでリアを手放したくなかったんだな」
「・・・そうね」
そう、ちゃんと愛されていたんだろう、母親には。普通の生活を手放して、苦労して国中逃げ回るほどにローゼリアと離れたくなかった。
ローゼリアは手に持った蛇を持ち上げて微妙な顔をする。ぶらんとぶら下がったそれは既に息絶えて首を垂らしていた。
「蛇やトカゲは普通に食べてたわ。城に戻ってからは全て調理された料理だったから気付かなかった」
「リアは見た目は完璧なお嬢様なのにな」
ケラケラとランスは楽しそうに笑う。
何がおかしいんだと彼女は横目で睨んだが、ランスは気にせず笑い続けた。
「貴方だって王子なのに放浪してるじゃない」
「いや、俺のは趣味っていうか習性っていうか・・・」
話題が自分に移ったランスは手を胸の前で横に振る。
「いっつもヴィラ様が大変そうよ。肝心な時に連絡取れないって」
「うっ」
「いつまで経っても恋人すらできる気配ないし、お見合いは全部断っちゃうし」
頭を抱えている両親の姿が容易に想像できて言葉に詰まるランス。放浪も結婚しないのも親不孝だとはわかっているのだが、生まれ持った性格を変えるのはなかなか難しい。
「なんでか一所にじっとしてられないんだよなあ」
「困ったものね」
「恋愛も上手くいかないし」
「男色家だって噂もあるわよ。あと、世界各地にたくさん愛人を囲ってるとか」
「うわー・・・」
勘弁してくれと言った様子で苦笑いを零すランス。ローゼリアは細い肩を揺らして小さく笑った。
「お互い王様の子どもに生まれて苦労するわね」
「だな」
このときはじめてしっかりと目が合ったかもしれない。しかしローゼリアは再び慌てて視線を逸らしてしまった。
ちぇっとつまらなそうにランスは唇を尖らせる。
「なんかいい感じだったのに」
「く、暗くなってきたし、ミカンちゃんどこまで行っちゃったんだろう」
何故か動揺してしまい、話題を逸らして荷物から包丁を取り出すローゼリア。蛇の頭をぶつ切りにすると、地面に蛇を置くことなくスーっとお腹を捌いて皮もあっという間に剥いでしまった。波打つように枝にくぐらせれば火の傍の地面に刺す。
「それ食べんのか?」
「仕方ないでしょ。何日も飲まず食わずで過ごすつもり?私日帰りだと思ってたんだもの」
「大丈夫、持ってきたよ」
「それを早く言いなさいよ」
ローゼリアはがっくりと肩を落としてため息を吐いた。