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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
番外編
50/66

番外編・受胎告知

外伝『ブラッディ・ドール』完結記念




あたしは1人部屋で悩んでいた。原因はお腹の中にある新しい命。

もちろん喜ばしいことであるが、問題はレオナードにこのことをどう伝えるべきか。


ストレートに「妊娠した」と言うのが一番簡単だけど、以前ランスを身ごもった時は過保護すぎるほど過保護になって、箸より重たいものは持たせてもらえなかった。その上色々な行動制限をされてしまい、非常に窮屈な思いをしたんだ。

心配になる気持ちはわからなくもないけど、はっきり言って有難迷惑。本人に言ったらショックを受けそうなので黙ってたけど、今回も同じように過保護にされるのは嫌だ。心身ともに不健康極まりない。


だからお腹が大きくなるまで黙ってようかな、・・・・なーんて。


「エルヴィーラ様、仕事です」


「はいはーい」


「サインしておいてください」


それでは失礼します、とどっさり書類を置いて部屋から去るルードリーフ。

入れ替わりで泥だらけのランスがやって来た。―――――何故か窓から。


「母さん、ただいま」


「・・・はあ」


服がボロボロの様子を見るとまた森の中で遊んでたに違いない。思わずため息が漏れる。

もちろん元気に育ってくれて母さんは嬉しいよ。


でもなあ、お前もう50歳過ぎてるだろ・・・!!


ランスはレオナードそっくりの面立ちで小首を傾げる。この違和感にも月日が立てば慣れるものなんだな。


「どうしたんだよ、ため息ついて」


「いやあ、ちょっとね」


「まあ、いいや。

よかった父さんいなくって。またイチャついてたらどうしようかと思った」


「・・・そう思うならドアをノックして入ろうな?窓からじゃなくて」


どこからでも現れるランス。プライベートもあったものじゃない。

事の最中にランスが遭遇するのも、恐ろしいことに数回じゃ済まなかった。ちょっと慣れてしまったかもしれない自分が怖い。


「いやいや、日が高いうちからイチャついてる母さんたちが悪いんだって」


「レオナードに言ってくれ。元凶は私じゃないぞ」


「それは絶対無理だって。

我慢させたら父さんの機嫌が悪くなるもん」


親子の会話としてどうなんだ、これ。


再びため息を吐くと、なんだか気分が悪くなってきた。悪阻(つわり)だけはいくら経験しても慣れるものじゃない。

ランスも異変に気付いたのかあたしの顔色を伺う。


「母さん、顔真っ青」


「大丈夫、医者には診せたよ。ただの風邪」


「魔術で治せばいいのに」


悪阻は魔術じゃ治せねえよ。


「父さん呼ぼうか?」


「いや、いい。

レオナード今接客中だから」


んーわかった、と歯切れの悪い返事をするランス。


「それよりその格好なんとかしてこい。またメイドたちが泣くぞ」


「わかってるよー」


じゃーね、とランスが再び窓から消える。ルードリーフが目撃したら行儀悪い!って騒ぐだろうな。


あたしは再び1人になった部屋で、机の上で山積みになっている書類を尻目にベットへ飛び込んだ。

気持ち悪くて働く気が起きない。この調子じゃ仕事もレオナードの相手も無理だ。やっぱり正直に妊娠したって言うかな・・・。


いやいや、やっぱり嫌だ!言いたくない!!


仕事は魔術でなんとでもなる。問題はレオナードだな。どうやったら元気なくしてくれるんだろう。


「毒を盛る?」


・・・・・・・・いやいやいや!!さすがに死にそうにないレオナードも元気をなくすだけじゃ済まないだろ!


毒からの連想でふとあたしは引き出しにしまっておいた薬の存在を思い出した。以前にネネからもらった性欲減退剤なるもの。

目の前で作り方を見たあたしはとても飲める物に見えないけれど、今はこれが救いの神だ。ルークにも飲ませてたって言ってたから害はないよな。


レオナード、どうかこれで元気をなくしてくれ。


よっしゃ、気合い入れて薬盛るぞーーー!!
















会議が終わった頃を見計らって執務室に行くと、書類を整理しているルードリーフと会議から戻って来たらしいレオナードが居た。

レオナードはあたしに気付いて顔を上げる。


「ヴィラ?

もうサインは終わったのか?」


「いや、ごめんまだ終わってない。

そうじゃなくって、会議でお疲れのレオナードに差し入れ」


はい、と手渡すのは薬入りの紅茶。

しかしレオナードは紅茶よりも私に近づいて頬に手を添える。


「顔色が良くないな」


「そんなことないと思うぞ?

あたし元気だし」


それより早く薬飲んでくれないかな。早く部屋に戻って休みたい。

しかし何事もそう思い通りには行かないもので、レオナードはあたしを引き寄せて首筋に顔を埋めた。


「身体も冷え切っている。医者を呼ぼう」


「いやいやいや!元気だから!あたし超元気だから!!」


「そうか?ならいいが・・・」


訝しげに眉を寄せて顔を近づけるレオナード。いつものように唇が額に落ちた。

背に回った手が肌をまさぐりだす。


あれええええ?


「いちゃつくなら余所でやってくださいよー」


事も無げに軽く注意するルードリーフ。もっと言ってやってくれよ!

しかしレオナードはルードリーフを無視してあたしに迫ってくる。


近い近い近い!!


「ちょっと、駄目だってば!」


「会議で疲れた俺を癒しに来たんだろう?」


あ″あああああああ!!逆効果ああああああ!!!

ちょっとルードリーフ!真顔で退散しないで助けろや!!


2人きりになった部屋で、レオナードの行為はさらにエスカレートする。

一生懸命駄目だと訴えても、嫌がる様子が気に入ったのかレオナードの口角は僅かに上を向いていた。


駄目駄目駄目!流されたら駄目!身体辛いし、安定期入ってないし!!


逃げたいけれどがっちりと逞しい腕に腰を捉えられていて身を捩ってもビクともしない。


「レオナード、ごめん!!」


「・・・・・っ―――――!!!」


急所を蹴って、逃げた。

















結局薬を盛る作戦は失敗に終わった。

しかもレオナードの急所思いっきり蹴っちゃったし。すげえ痛そうだったな・・・。


そして次に顔を合わせたのは夕食の時。


「・・・・」


「・・・・」


無言のままカチャカチャと食器の音が響く。心なしかレオナードの背景でブリザードが吹き荒れているような気がしなくもない。


何事だと心配そうな顔をして見守るアルフレットとシルヴィオ。


「どうしたんすか、2人とも。

もしかして夫婦喧嘩?」


「・・・別にそんなんじゃねえよ。ランスは?」


「旅立たれました・・・」


あの野郎・・・・!またか!

ランスが勝手にいなくなるのはいつものことなので誰も何も言わない。そしてまた場が急に静まり返ってしまった。


気まずいったらない。ほとんどあたしの所為なんだけどな。


「ごちそうさま。あたし自分の部屋に戻るから」


「もう食べないのか?」


レオナードはほとんど原形を留めたまま残っている料理を見て口を開く。

だって気持ち悪いし、匂いも駄目だし。一刻も早く部屋から脱出したい。


「さっきおやつ食べたから腹減ってないだけ」


じゃあ、とその場を離れようと思ったのに、手首を掴まれて振り返ると視界いっぱいにレオナードのドアップ。

・・・・怖いんだけど。


「なにかあったな」


「・・・・」


そういやレオナードは何でもお見通しの魔女のような奴だった。もう疑問形ではなく確信した様子。

すぐに反論したいけど、喉元まで胃の内容物が迫っていて口を開けない。


しっかりと掴まれている手を振り払うこともできず、手で口を覆ってその場にしゃがみ込んだ。


空気が凍りつくのが分かる。


「ヴィラ!?」


「医者あああああああ!!」


叫びながら超高速で駆けだすアルフレット。

身体がふわりと宙に浮いて、柔らかいベットの上に下ろされた。レオナードはこの世の終わりみたいな顔してあたしを見下ろしている。


「あー・・・大丈夫だから・・・」


「具合が悪いなら早く言え!」


「・・・・ごめん」


ぎゅっと握られた左手が温かい。

少しの静寂の後、イノシシのごとく部屋へ突進するように入って来たアルフレット。背には馴染みの医者が負ぶさっていた。


彼はふぉっふぉっふぉ、とお爺さんのように笑って横たわっている私を見る。

そして近寄るまでもなく一言。


「悪阻ですね」


「「悪阻いぃぃぃ!?」」


「あー・・・ごめん・・・」


ほんっと、すんません。

こんなことになるなら最初から正直に言えばよかったな。


けれども後悔先に立たず。レオナードの眼光が鋭く光る。


「・・・何故黙っていた」


地獄の底から這い出て来たような恐ろしい声。皆の視線があたしに集まってもうなんか居た堪れないんだけど。


「・・・だって、レオナード過保護すぎるじゃん」


「当たり前だ。

まったく、心配かけさせるな。俺の心臓を止める気か」


「・・・ごめんなさい」


「とにかく身体を冷やすな。

アルフレット、蜜湯を持って来い。シルヴィオ、ヴィラの上着を」


そして結局は、布団の上に布団を重ね、雪だるまのようにされる私。さすがに暑いんだけどこれ。

何から何まで自分ではさせてもらえなくて、ランスを妊娠した時よりさらに過保護度がグレードアップしている。


「せめてベットから出して・・・」


「駄目だ。また気分が悪くなったらどうする」


「・・・・・・」


この件をきっかけに、もう二度と下手な隠し事をするまいと心に誓ったのだった。






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