エピローグ
ヒューバートと百、そして何故かアレフとザックまでドローシャに招待された。先日のお詫びにオーティスまで出向こうとしたのだが、王妃の体調が優れず来てもらうことになったらしい。
彼らは通された部屋でそわそわと落着きなく座っていた。
「お、おおおお王妃ってどんな人なのかな?怖いの?」
「モモ、第一王妃は魔女だそうだ。第二王妃は普通の人間らしいが・・・彼女は今離宮で生活しているらしいから来るのは第一王妃の方だろう」
「魔女!」
百は飛びあがって身体を強張らせた。苦笑したザックが付け加える。
「心配しなくても取って食われたりしないわよ。・・・・・・たぶん」
「怖いの?」
「一度遠くからお会いしたことはあるが話したことはない・・・どうだろうな。噂では歴代の魔女の中でも桁外れの魔力の持ち主だそうだ。あのベルガラの無駄に大きな王城を一瞬で潰したらしいからな」
百はガチガチに緊張して拳をきゅっときつく握りしめた。魔女・王妃、百には邪悪なイメージしか思い浮かばない。
「大丈夫だ、レオナード陛下もいらっしゃるんだから」
あそっか、と百は一気に脱力した。レオナード自身も百からすれば怖い人ではあったが、彼なら面識があるぶんいくらか大丈夫。
廊下から聞こえるヒールの足音にごくりと唾を飲み込んで扉を見つめた。
ギギ・・・とゆっくり扉が開かれ、ひょっこりとヴィラが顔を出す。
「あれ、ロディは?」
「ロディは仕事があるためオーティスに留守番・・・・・てちょっと待ったぁ!」
ヒューバートの突っ込みにもお構いなしに、ヴィラは堂々とソファに座って足を組む。かなり豪華なドレスを纏った彼女の姿は、思考が一瞬停止するほどの強烈な美しさがある。
「恵理ちゃん・・・・きれーい・・・」
「ありがと。百も可愛いよ」
「待ってくれ、なんでお前がここにいるんだ」
「なんでって・・・、うーんいろいろあったんだけど面倒だから一番簡単に説明すると」
ヴィラはきょとんと目を丸くすると部屋に入って来たレオナードを指さした。
「あれ、夫」
さすがに驚いたらしいヒューバートらは口を開けたまま顔をひくひくと引きつらせる。レオナードは無言で当たり前のようにヴィラの隣に座ると、申し訳なさそうに口を開いた。
「オーティスの陛下、妻がそちらでお世話になったそうで・・・・申し訳ない」
「い・・・いえ・・・。ま・・・・魔女?」
「ま、そういうこと」
ニヤリと笑って扇を開くヴィラに、ヒューバートとアレフとザックは顔を真っ青にしていた。唯一キラキラと目を輝かせているのは百。
「恵理ちゃんすごい!王妃様に魔女だなんて!」
「あんまり柄じゃないんだけどね」
ヴィラがふっと肩をすくめたところで、レオナードが話を切り出す。
「わざわざこちらにお越しくださり感謝いたします。そちらにお邪魔しようかと思ったのですが・・・ヴィラが妊娠しまして」
「「「妊娠!?」」」
「あたしは大丈夫って言ったんだけど、レオナードがどうしてもって聞かなくて」
ヒューバートたちは軽く現実逃避に走って視線を宙に彷徨わせた。もしかせずともとんでもない過ちを犯してしまった、と。そしてそんなヒューバートたちをヴィラはニヤニヤと面白そうに観察している。
レオナードは軽く息を吐くと、さっそくですが、と話を切り出した。
「お約束通りノルディとベルガラの国土の一部はオーティスにお譲りします」
サインを書いたり今後の方針を話し合ったりと、それからは真面目な政治の話だった。しかしヒューバートたちは常に冷や汗ものだったという。
「すごーい、綺麗!」
東庭園に来た百はきゃっきゃとはしゃぐ。赤と黄と白の薔薇が咲き乱れる春の庭は、四季の中で一番華やかな庭。
ぞろぞろと歩いているヒューバートたちはこそこそしながらレオナードのかなり後ろを歩いていた。
「毒女がドローシャの王妃・・・余は未だに目眩が止まらないんだが」
「驚きを通り越して泣きたかったわよあたし」
「・・・・・」
腕を組んで仲睦まじく庭を鑑賞をしているヴィラとレオナード。2人の人並み外れた容姿は、確かによく考えれば一般人にはとても見えなかった。
「しかも不仲だって聞いてたのに仲良さそうだし」
「これってもしかしてオーティスの危機?」
「それはないだろう。モモがいるからな。毒女はモモに弱い」
ヒュー、と叫んでヒューバートに駆け寄る百。百は手折られた一輪の薔薇をヒューバートの胸のポケットに差しこんだ。
「怒られるぞ」
「大丈夫、恵理ちゃんが好きなだけ摘んでいいって!」
誰もを癒す温かい笑みを浮かべて百はヒューバートの手を取った。ちらりと前方を見れば、ヴィラとレオナードは人目も憚らずお互いに額を寄せ合ってキスしたり耳元で囁き合ったりしている。2人の見た目が見た目なだけに刺激が強すぎる、とヒューバートは壁になって百には見えないようにした。
「どうしたの?」
「いや、余たちもいずれあんな風になりたいな、と」
「・・・?」
首を捻る百に、ヒューバートはクスリと笑って囁いた。
「そのうち、ね」
どんなに時を重ねても、どんなことがあっても、あたしはレオナードの傍に居続ける。与えてくれたこの感情は、何があっても守り続ける。
幸せをくれてありがとう。暖かい家族をくれてありがとう。こんなあたしを愛してくれてありがとう。
「ね、抱きしめてよ」
「おいで、ヴィラ」
―――――愛してる、貴方の全てを。
終わり