第三十三話 招待
部屋を出たとたん乱暴に腕を払われた。ザックもアレフも女の扱いがなってない。
「ま、これでもうオーティスは安泰ね。毒女の付け入る隙なんてないわよ!諦めなさい!」
「あんた人の話聞いてた?」
あたしはヒューバートを誑かす気なんてないし既婚者なんだってば。
ザックはぷいっと顔を逸らせる。あくまでも仲良くしたくない、ということだろうか。
「だいたいあんたねぇ、国庫からご飯食べておいて偉そうな口利いてんじゃないわよ。今オーティスが戦争中なのは知ってるんでしょ?だったらもう少し遠慮しなさいよ」
「心配しなくてもそんなに食べ物少ないなら出さなくていいから」
っていうか出すな。って言っても結局百の客人扱いされてるみたいだから出るんだろうけど。
いつの間にかアレフはいなくなってみたいで、廊下にあたしとザックがぽつんと突っ立っている状況。気まずくはないけどあまりうれしくもない。
「それに陛下の執務室に勝手に入るなんてどんな神経してるのよ。いーい?ここは国の中心なの。なにかあったら困るのは国民なのよ」
「わかってるわかってる」
「だったら勝手にうろうろしたりしないの!」
「はーい」
「それに毒女、あんた帰る家があるならさっさと帰りなさい。そしてもう2度とここに来ないで」
ピシャリと言いきったザックに、冗談を言っている様子は微塵もない。
「あたしがいるとそんなに不都合?」
「そういう問題じゃないのよ。いい?モモ様はいずれ王妃になる・・近いうちにね。権力も富も手にした友人を間近で見て、あんたは何を思う?嫉妬・憎悪・屈辱。どこまでも欲深い人間はね、他人の幸福が羨ましくて仕方ないのよ。これ以上毒女とモモ様の関係を壊したくなかったら、あんたが嫉妬に狂う前にここを去ることね」
「言いたいことはわかるけど・・・」
ヒューバートの隣に立ちたいとは思わないよ。あたしにはレオナードがいる。王様でなくてもお金持ちでなくてもレオナードさえ居ればそれでいい。
「とにかく、陛下とモモ様に少しでも害があるようならこの国から追い出すわよ」
ザックは鼻息荒く去って行った。
あたしはその場に立ったまま考え込む。百が羨ましいと思う気持がないわけじゃない。好きな人と一緒に居られる幸せを、あたしは今失っているから。でもだからといって百の地位を奪っても何も手に入らない。むしろ百の心を失うだけだ。
「早く見つからないかな」
あたしは会いたい。ただ、会いたい。
翌々日。ドローシャから報告書が届いてあたしはそれに目を通していた。返事を書いてカラスの嘴に咥えさせると、窓から軽々と飛び立って空へ昇って行く。
そのまま窓に腰を掛けて景色を眺めていると、コンコンとノックの音がしたので扉を開ける。
「おや、ここはモモ様のお部屋では?」
「ルファシス・・・・百はヒューバートのところに行ってる。一昨日からずっと百を盗られてるんだ。あたし暇で暇で」
愚痴を言えばルファシスは豪快に笑ってくれた。
「たしかに、友人が恋人に盗られるというものは寂しいものでございましょうな」
「そうなんだよね。でも恋人が出来たってのは喜ばしいことだから、下手に文句言えないし」
何度も力強く頷いてくれたので笑みを返す。
「ヴィラ様は寂しいでしょうが・・・しかし国民は祝福するでしょうね。お世継ぎが産まれれば万万歳ですから」
「でもヒューバートを狙ってた貴族の令嬢とか大丈夫なのか?」
「問題はございませんよ。陛下は確かに男前で美しくていらっしゃいますが、まだ王位について間もなく権力が万全ではありませんから。好きな女性と結婚するなら今がチャンスです」
パチリとウインクされてあたしはクスクスと笑った。この人は話がうまい、そして茶目っ気があって楽しい。
「どうです?暇なら今晩は我が家でディナーでも」
「ほんと?」
「ええ、もちろん」
このお誘いはとても嬉しかった。百はどうせ昨日と同じくヒューバートと食べるだろうし、邪魔したらヒューバートに怒られるだろうし。
「誰かの家に招待されたのは初めてだ」
「それは嬉しゅうございます。私がヴィラ様を招待した初めての人物、ということになりますね」
「そうだな」
今までは結婚式とか招待する側だったからね。貴族の家がどんなところなのかものすごく気になる。
あたしのテンションはかなり上がって、ルファシスと笑顔で別れた。
そしてその日の夜。
迎えに来たのはルファシスの家の執事さん。仕事を終えた彼と共に馬車に乗る。
「ヴィラ様、大変お綺麗でございますな」
「そう?ありがと。ルファシスも相変わらず男前だな」
「おやおや、光栄です」
百と街に出た時にこっそり買っておいた。あまり派手ではないけど形の良いライン、藍色でベルベット生地の深いスリットが入っているドレス。装飾品は借りものだ。
あたしたちはゴトゴトと揺られながら笑みを深め合った。
「それにしてもルファシスの家はお金持ちなんだな。馬車のお迎えだなんて」
「貴族は皆そういうものですよ。この時期のオーティスは冷えますしな」
「なるほど」
確かにドローシャより南なのに寒さが酷い。単にドローシャの気候が穏やかすぎるから余計にそう感じるだけなんだろうけど。
「それに比べてドローシャは素晴らしいお所でございます」
「行ったことあるんだ?」
「ええ、私は外交長官を拝命しております故、人生の半分は他国で過ごしておりますよ」
「外交官か、そりゃ忙しいがやりがいのある職だろう」
「はい、とても」
ルファシスはそう言ってとても穏やかな笑みを浮かべた。彼もやはりこちらの世界の人間だから見た目は若いけれど、落ち着いた物腰や人を気遣う仕草と態度からだいぶ歳を取っているんだろうと思う。同じお年寄りのルードリーフも彼を見習ってほしいくらいだ。ただルードリーフは多少頭が固くても知識の量が桁外れなんだよね。
「ヴィラ様はドローシャのどこのご出身で?」
「えっと、北の方かな」
「ふむ・・・・ホラージュ辺りですかな?」
「そうそう」
正確には師匠の森(あたしが勝手にそう呼んでるだけ)なんだけど、それがどこの州に属しているのかは聞いてない。地理的にも非常に微妙な位置にあった。
「どうですか?貴女様から見たオーティスの国は」
「あたしは好きだよ」
「それはそれは気に入っていただけてなにより。わが国もなかなかに神の恩恵をいただいておりますので、鉱石も豊富で信仰が厚いのですよ」
そういえばルファシスと最初に会ったのは神殿だったっけ。この国の神殿にはたくさんの人が出入りしていたのを思い出した。
「やっぱり中心に近づけば近づくほど信仰深いものなのか?」
「深い・・・と申しますか、世界の理はこの世界の誰もが微塵も疑っておりません。ただその恩恵に感謝し神を崇める心は、やはり中心に近い方が強いのでしょう」
ふむふむ。神様が本当にいるのかは知らないけど、こういう世界観ってすごく不思議だ。ただ恵まれた土地とそうでない土地があるのは向こうの世界でも同じだったな。
「着いたようです。さあ、どうぞ」
馬車が止まるとルファシスは先に降りてエスコートしてくれた。あたしは彼の手を取ってゆっくり下りると、ドーンとでっかい家が目に入ってそれをまじまじと見上げる。全体的にシックで落ち着いた外観が柔らかい雰囲気を出す趣味のいい、家よりも城と言った方がしっくりくるくらい立派な建物だ。入口までの白い石が敷いてある道があり、そしてその道沿いにはロウソクが灯っていた。
「すごい幻想的」
「ありがとうございます。これは私の趣味で作らせたんです」
案内されるままに中へ入れば、これまたオシャレな置物が主張しすぎない程度に飾られていて、赤い絨毯の敷かれた廊下は城に負けず劣らず豪華だ。
「どうぞこちらへ」
入った部屋は広すぎず狭すぎず。漆黒のテーブルがあたし好みの食事部屋のようだ。
「すぐに準備させますので」
「わかった」
あたしはイスに座るとルファシスが出て行くのを横目に天井を見上げた。