第三十一話 宣戦布告
晩餐会を終えて、あたしは百の部屋に泊めてもらうことにした。同じベットに横になったあたしに、百は申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、恵理ちゃん。みんなとってもいい人なんだけど・・・」
笑って首を横に振った。せっかく用意してもらった晩餐会の雰囲気を悪くした原因は明らかにあたしだ。百が謝ることじゃない。
「別に気にしてないよ」
「でも・・・・・えっと・・・ヒューはね、たぶん戸惑ってるだけだと思うんだ。戦争でいきなりお父さん亡くして、いきなり王様になって、ものすごく周りも困惑してたし反対する人もたくさんいたんだって。ヒューまだあたし達と年変わらないんだよ。なのにある日突然国を背負うことになって、しかも敗戦寸前の国。混乱してあんな風になっちゃうんじゃないかな」
「なるほどね」
レオナードのように神様に才を買われたわけでもないし、ただ王様の息子に生まれたってだけで王位が転がり込んできたら誰でも困る。しかも寿命が1万年近くあるこの世界で10代の少年が王座に就くなど、あちらの世界でいう2・3歳の幼児に王位を与えるようなもの。そりゃ貴族は不安だろうし反発する奴らだって出てくるはずだ。
それに王様となれば権力と同時に責任も伴ってくる。その責任ってのが国民の数の命や歴史を背負うことになるからかなり重たい。その責任だけで潰れてしまうやつだっているくらいだ。その点、ヒューバートはまだ未熟ながらも責任を全うしようとしているので努力は認めたいと思う。
「ま、ヒューバートは嫌いじゃないよ」
「ほんと!?」
うんと頷けば、百はものすごく嬉しそうに笑った。
「けどあの金髪騎士のアレフって人は苦手だなぁ」
とっつきにくそう。言いたいことあれば直接言えばいいのに終始無言で睨んでくるし、どこか他者を寄せ付けない拒絶するような雰囲気もいただけない。そう言えば百は笑ってうんうんと頷く。
「あたしも最初そう思ってたよ。でもアレフさんはさりげなく優しいところがあって、しかもかっこよくて強いから女性にものすごく人気あるんだ」
ふーん。さりげなくねぇ・・・まああの人に優しさなんてものは期待しないけど、ああやって四六時中睨むのはやめてほしいかな。
それよりインパクトが強烈だったのは・・・
「あの人名前なんだったっけ・・・ほら、おネエ口調の」
「ああ、ザックさん?面白いよねあの人」
「うん・・まあね」
未知の世界を覗いちゃった気分だけど。こうやって大人になればなるほどいろんな体験をするものなんだとしみじみ思った。
散々な晩餐会だったけど、そうそうたるメンバーに物怖じせず意見できる百はずいぶん成長した。前はあたしがいないとロクに会話もできなかったのに。まだ人と話すのは苦手なのかたどたどしいところもあるけれど、しっかりと自分の言葉で伝えようとしているのがよくわかる。
「百、強くなったな」
百は照れたように笑う。
「この世界に来てわかったんだ。知らない人が怖くてうまくしゃべれない自分がどれだけ甘えてたのか。まずこの世界に来てやらなきゃいけないことは“生きる”ことだったから」
「うん・・・」
体力も腕力もあるあたしでさえ苦労した。最後は行き倒れるまでボロボロになった。だけど体力が無い上にドジな百はもっともっと苦労したと思う。ここでまた再会できるなんてある意味奇跡だ。
「恵理ちゃんもなんだか変ったね」
「うそ、変わってないよ」
「ううん、変わったよ。なんだか柔らかくなったし大人っぽくなった。もともとしっかりしてたけど、さらにしっかりしてて落ち着いてる感じがするよ」
確かに師匠と会って、レオナードと会って、いろいろなことがあった。百が変わったように、あたしも変われるだろうか。
「そうだといいな」
百は満面の笑みで頷いて、もぞもぞとシーツの中に潜った。
「じゃあ、あたし明日早いしそろそろ寝ようか」
「うん」
明かりを消すと窓から見える月が柔らかく輝く。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
百が3年間暮らしたこの国は決して嫌いじゃないし、できれば百の大切な人たちを守ってあげたい。願わくば、あの人たちがドローシャに牙を向く黒幕でありませんように。
次の日早起きしたあたしは小屋の前に立っていた。
情報収集のためにどうしても調べたい場所・・・・それはもちろん王様の執務室だ。重要書類ばかり納められているそこは厳重な警備が敷いてある。幻術を使うにも人数が多く、他に魔力を削いでいる今はちょっと辛い。そこで思いついたのが・・・・
「おはよう、ヒューバート」
「おい女。こんなところで何をしている」
来た来た。ヒューバートとアレフは王の寝所がある塔から執務室へ向かうとき必ずここを通るらしい。待ちかまえていた甲斐があった。
「別に。だってここ借りてる小屋だし、あたしが居て当然だろう?」
ヒューバートはむっと顔をしかめると、あたしを無視することにしたらしく歩きはじめる。しかしそこで・・・
ドッカーン!!!
と爆発音が響き目の前にある塔の屋上が火を吹いた。慌ててアレフがヒューバートの前に進み出た。
「陛下、敵襲かもしれません。お逃げください」
「逃げたら逆に目立って危ないぞ。隠れろよ」
ほら、と言ってあたしは小屋の扉を開くと、ヒューバートはしぶしぶと言った様子で中に入った。彼は小屋の中を見回すと呆れた顔をして尋ねる。
「あの汚い部屋をどうやってここまで綺麗にしたんだ」
「人間やろうと思ったらできるもんだよ」
ヒューバートは言葉通りにあたしにつけた見張り役を撤退させたらしく、あれから誰かに付けられたり覗かれたりされることはなくなった。だから小屋でやりたい放題に魔術を盛大に使って部屋を改装させてもらった。原形を留めてないけどあの汚い部屋よりマシだから許してもらいたい。
あたしを敵視しながらもなんだかんだ言って律儀なヒューバートは憎めないキャラだ。言うなら小憎たらしい弟みたいな感じ。
「あたしもちょっと様子見てくるから、大人しくしてな」
「・・・・・・」
無視。返事をもらうのは諦めて外に出ると見張りをしているアレフと目が合った。睨まれたけど気にせずあたしは進む。もちろん目指すは―――――執務室。そう、王様の身動きが取れなくなるこの瞬間を狙っていたんだ。だから爆発を起こし(すまん)、王様を小屋に入れてあたしは堂々と執務室へ向かう。―――ヒューバートに化けて。
あっさりと通されて入ったら意外と狭い。正面にドンとテーブルが置いてあって、その上には何冊もの分厚い本が山積みされていた。
「あらおはよう陛下」
急に人の声がして飛びのけば、部屋の端の方にくねくねしながら本を抱えている昨日のおかま発見。まさか執務室の中に人が居るとは思ってなかった。・・・・さて、どうしよう。落ち着け、あたしは今ヒューバートの姿をしている。大丈夫、あたしはヒューバートだ。ヒューバート・・・ヒューバートってどんな口調だったっけ。
「・・・・・・・ああ。悪いが一人にしてくれないか」
「はあ?講義はどうするつもりよ」
「午後からに変更だ」
まったくしょうがないわねぇ、とぐちぐち言いながら彼(彼女?)は去って行った。よかった、なんとか誤魔化せて・・・。
完全に人気が無くなったのを確認すると、さっそく引き出しや重ねてある書類を拝見する。公式文書がなくても報告の手紙や指示の手紙があればそれが動かぬ証拠。もし今回の件にオーティスが一枚噛んでいるなら何かしらあるはずだ。
テーブルのすぐ後ろにある大きな棚の一番下の引き出し、そこを開けると手紙らしきものが大量に出てきた。一番上の封筒をひとつ手に取って乱暴に開封すると、こちらの世界の文字でつらつらと書かれている長文の紙が6・7枚。
「君と出会って約1年経つが余はずっと君のことを想い続けて・・・・あれ?」
なんだこれ、と思いながら別の手紙を開けてみれば全く同じような内容の文章だった。出会えたことを神様に感謝するだの、この世のどんな女性も百には敵わないだの、結ばれるのは運命だの、好きだの愛してるだのと・・・・・・これはもしかして・・・・・・。
「ラブレター?」
こっちが恥ずかしくなるほどの言葉で想いを伝える手紙。しかも5・6通なんて数じゃないこの量が引き出しの中にあるってことは・・・・・・未だに1通も渡せてないらしい。
ヒューバート。お前そんなに・・・・そんなに・・・・・!!
百に相手されてないのか・・・・。
吹き出したかったのと同時に可哀そうで泣けてきた。本気だろうなぁとは思ってたけど、渡せないラブレターを書き続けるなんてどんだけ純情なヤツなんだ。可愛いやつめ。
あたしは手紙を元に戻しそっと引き出しを閉めると、引き出しの上の段を開けて中の紙の束を取り出した。今回は当たりのようで、外交に関する話のやりとりが記されている。30分ほどその場に座り込んで全て読み終わったけど、今回の件に関わりのありそうな記述はなし。
「オーティスは白かなぁ」
王様の人柄を見てもわざわざドローシャに手を出すほどの勇気がある奴には見えないし。特に証拠らしい証拠もないようだ。
本物のヒューバートがここに来る前に執務室を出ようと、あたしは窓に足をかけると鳥に化けて空を飛んだ。
ドローシャの執務室に一匹のカラスがすーーっと入ってくると、そのカラスはみるみる内に人の姿へとその形を変えていった。部屋の中にいたルードリーフは驚いてひっくりかえった声を出す。
「ヴィラ様!?」
「よう、どうだ捜索の経過は」
「どうもこうも、大変なんですよ」
「大変?」
「ご丁寧に陛下をさらった犯人が自ら名乗り出てくれました」
やはり、とヴィラは大きなため息を吐く。捕えたレオナードを活用する一番の方法、それは人質にしてドローシャを意のままに操ることだ。
「で、どこなわけ?」
「・・・ベルガラでした」
「ベルガラぁ!?」
レオナードが行方不明になったのは出発して10日前後、その頃はヤルマかオーティス内に居たと想定できるからまさかベルガラが黒幕だとは思わなかった。それにベルガラへ交渉に向かうことに決まったのは本当に前日の話。それを事前に察知してヤルマかオーティス領に侵入し待ちかまえていたとはどうも考えられない。
「・・・っつーことは、ベルガラの他にもヤルマかオーティスに手引きしてるヤツらがいるんだろうな」
「恐らくは」
ルードリーフは控えめに頷く。
「それで要求の内容は?」
「オーティスへの襲撃を1か月以内に決行せよ、とのことです」
「やっぱりそう来たか・・・。ベルガラはオーティスと戦争中、どうしても勝ちたいってワケね」
「どうなさいます?」
「んー・・・手引きしてるやつらがいる以上、堂々と宣戦布告してきたことから考えてもベルガラ国内にレオナードがいる可能性は低いが・・・・一応調べてみるか」
わかりました、とルードリーフが返答したとき、バーンと大きな音を立てて扉が開きゾロゾロと人が入って来た。クロード、アルフレット、それからシルヴィオだ。
「お!王妃様、お久しぶりっ」
「魔女さん帰って来てたのか」
「おう、身体は泥で出来てるけどな」
にっと笑うヴィラに、シルヴィオは首を傾けて問うた。
「では本体はどちらに?」
「今ワケあってオーティスの王城にお世話になってる」
また貴女は・・・と訝しげな視線が集まったが、ヴィラは無視してテーブルの上に腰を下ろす。
「とにかく、ベルガラが動いた以上こちらも黙っていいなりになるわけにはいかない」
「じゃあ王妃軍にベルガラ侵攻でもさせる?」
「バカ言うなクロード、レオナードの身に何かあったらどうする。まずは情報収集、そしてレオナードの救出が先だ。与えられた猶予は1か月後、それまでにレオナードを探し出す。アルフレット、隠密部隊の総数は?」
「今は6720人っすよ」
「それをすべてベルガラに入れて秘密裏に繋がっている人物とレオナードの居場所を洗い出せ」
「了解っす」
ヴィラはテーブルの上で凛と咲いている青い花を手に取った。傷ひとつつくことなく、今でも鮮やかにその姿を保っている。これが何よりレオナードが無事な証。
「ベルガラの思う通りにはならないよ」
レオナードはそんなに扱いやすいヤツではないからな、とヴィラは花を見たまま柔らかく笑んだ。