第二十七話 偶然の再会
国境沿いはすべて見回ったんだけど、手掛りらしいものは見当たらなくて結局オーティス国内の上空をウロウロしていた。さすがに3日間も空飛びまわってたら体力も尽きてフラフラだ。さぞかしおかしな飛び方をしてるんだろうあたしは、子供に指をさされて笑われることもあった。チクショウガキめ!
つーかもう無理、無理。レオナードが居なくなった感傷に浸る暇もなく飛び回って、精神的にも体力的にも限界だった。ふらふらふらぁっと墜落して落ちた場所は何故か人の頭。慌てて人に戻るとそのまま崩れ込んだ。
「いたぁっ!」
「おっと、悪ぃな」
銀の長髪に紫の瞳の青年・・・あれ、どこかで見たことある・・・?
上からあたしが降ってきて潰された青年は、当たり前だけどすごく怒っていた。どっこらしょと退けば剣を喉に突きつけられる。
「貴様!どこから入った!」
おっと、思い出したぞ。この人もしかしてオーティスの王様じゃなかったかな。顔はカッコいいんだけどレオナードに見慣れたあたしは物足りなさを感じる。
「どこからって・・・上から?」
「真面目に答えろ!」
「そう言われてもなぁ」
魔女です王妃です、なんて名乗ったら後が面倒だ。この期にオーティス王城内を調べさせてもらおう。
「どうやってここに来たのか覚えてないんだ(半分本当だけど)。まさか道に迷った女を見捨てるほど甲斐性のない男じゃないだろう?」
にっと笑えば、銀髪の彼は顔を赤くして唇を噛んだ。
「ふ、不法侵入は不法侵入だ!捕えて拷問にかける!」
面倒だけどここで信用してもらえば後が楽だ。怒鳴りたい気持ちを抑えつけて冷静な対応をしようと自分に言い聞かせる。ってあれ?
「・・・・ん?不法侵入?ここどこ?」
ぱっと後ろを振り向けばバカでかいお城がすぐ傍にあった。あたしってば、何も気づかずにここまで入って来たらしい。
「まあ、固いことを言わずに」
「バカかお前は!」
キャンキャンうるさいなぁこの王様。ポメラニアンみたい。
どう説明しようかと悩んでいると、ゾロゾロと団体で人が駆け寄って来た。
「陛下ーー!」
「陛下!ご無事ですか!?」
「ああ大丈夫だ。この女を捕えよ」
ええええ、あたし捕まるの?駆け寄って来たのは兵士たちらしく、黒の服にところどころ銀色の金物がついた服を着ていた。彼らはあたしを見て何故か動揺した表情をする。
「え・・・この女性を・・・ですか?」
「当たり前だ」
「・・・本当によろしいのですか?」
さっさとしろと怒られて、彼らはしぶしぶといった様子であたしの手を掴んだ。遠慮しているのか簡単に振り払えるほどの力で。アホかこいつら。
「てめえら捕まえる気あんのか!さっさと手ぇ縛れ!」
はいぃと泣きそうになりながら兵士たちはあたしの手にロープを巻きつける。ついいつも通りに叫んじまったあたしは、オーティスの王様に呆れたような顔をされたけど気にするもんか。
「陛下、その女は?」
またまた人がやって来たけど、今度は兵士じゃなくて普通の格好をした廃退的な感じの金髪の男。ものすごく不快そうな目で見られてイラッとしたから睨み返した。
「不法侵入者だ」
「不法?どこかの令嬢にしか見えませんが・・・」
「貴族の令嬢はこんな野蛮な言葉づかいしないし、上から降ってきたりしない」
「どうもすみませんねぇ、庶民育ちで」
かなり腹立つ。けど嫁いですぐの頃、レオナードに散々言われたあたしはこれくらいでヘコたれねえ。これって成長したのかしてないのかよくわからないが、まあいい。牢獄に入れられても魂飛ばして探しまわればいいし、拷問受けたところで痛くもかゆくもない。
「訊きたいことあるんだけど、ここってオーティスの王城だよな?」
「当たり前だ」
「あんた名前は?」
「・・・ヒューバート・オーティス」
嫌そうな顔をしながらもわざわざ答えるなんて、変に親切だなこいつ。不良になりきれていない中途半端な田舎のヤンキーの匂いがする。
「ってことはやっぱり王様だよねぇ」
「当たり前だ!」
レオナードと比べるのは可哀そうだけど威厳がない。可愛い弟って感じ。
「お前そんなことも知らずに入って来たのか?」
「いやー、疲れすぎて前後不覚状態でフラフラしてたからどうやって入って来たか覚えてないんだ」
「・・・・大丈夫かお前」
「それがもう無理」
ホントに疲れてその場に座り込んだら、同情の視線と呆れたようなため息を貰った。すると金髪の男が王様に向かって口を開いた。
「陛下、騙されてはなりません。この女は貴族育ちではないにも関わらず肌も髪も磨かれている。それなりの裕福な男に囲われているか娼婦としか考えられません。よって飢えているわけがない。それに簡単に侵入できるような場所でもありません。つまりこの女は陛下を誑かすために来た他国の間者かどこかの回し者の可能性が高いかと」
「そうだな、捕えよ」
うわぁ、流されやすいんだなこいつ。
結局あたしはおとなしく連行されることにして歩きだすと、突然何かがイノシシのように突進してきた。小さな何かがあたしに抱きつく。
「恵里ちゃん!」
「えっえっ百!?」
なんでここに!?少し成長したようだけど、ふわふわな黒茶の髪も童顔も変わってない。あたしは勝手に手の縄を解いてその小さな身体を抱きしめ返した。
「よかった無事で!」
「百こそ!」
再会は本当にうれしい。百は小奇麗な服を着ていて、生活に困った様子はまったくなかった。森の中とか娼館とか最悪の場合も想定していたから、心底安堵して胸を撫で下ろす。
喜びに抱きしめ合っていると、さっきの王様がやって来てあたしから百をぺりっと引き剥がした。
「女、モモの知り合いなのか?」
「知り合いっていうか・・・生き別れた友達だけど」
「友達?」
復唱して王さまは嫌そうに顔をしかめる。百はキラキラとした笑顔で彼の袖をくいくいと引っ張った。
「ヒュー、あのね!あたしの探してた友達ってこの人なの!言ったとおりすごい美人でしょ!?」
異世界人!?と周りがガヤガヤと騒ぎ出す。なるほど、ここの人たちは百が異世界から来たことも知っているらしい。百ってば有名人なのか?
「とにかく話したいことたくさんあるし、中に入ろう?」
ね?とキラキラした笑顔に押し切られて、あたしと王様は苦笑しながら頷いた。
城の中に入って案内されたのは少し狭いけど立派な部屋だった。この程度で狭いって・・・・だんだんあたしの感覚が狂ってきてる気がする。
「ほんと無事でよかったぁ。恵理ちゃんなら野獣でも魔物でも負けないとは思ってたけど、やっぱり心配だったから」
「あたしは百の方が心配だったよ、ずっとね」
百はくすくすと笑って花のような明るい笑みを見せる。それはいいんだけど、なぜ王様が百の隣に当たり前のような顔して座ってるんだろ。紅茶を飲んで邪魔する様子もないし、百も嫌がってないようだからまあいいんだけど。
百はあたしをまじまじと眺めて、大きな息を吐きながら話しだした。
「すいぶん大人っぽくなったね・・・っていうかものすごく綺麗になった。遠くから見ても気づかなかったもん」
「百はあんまり変わってねえな」
「う・・・」
項垂れる百もやっぱり可愛い。顔立ちがいいわけではないんだけど、この子は人の心をぽかぽかさせるような素養を持っている。それが気に食わず百にちょっかいを出す連中もいたけれど、そいつらはあたしが責任を持って徹底的に痛めつけてやった。
「百はずっとここに居たのか?」
「ううん・・最初は森の中に落とされて、それから町のパン屋さんでお世話になってたんだ。あたし働いてたんだよ。でも2年前の戦争で無くなっちゃって・・・・それから路頭に迷っているところをヒューに助けてもらったんだ」
ベルガラとオーティスのノルディ戦争。2年経ってもやっぱり傷痕はくっきりと残っている。それは人の心だったり自然だったり様々だけど、そう簡単に癒えるものじゃない。当然ながらドローシャのように裕福ではないから、国力を立ち直らせるのもかなり時間がかかるだろう。
「そっか。王様と恋人?」
百は違う違うと笑い、王様は落ち込んだ。なるほど、そういうことね。
「今はこのお城で侍女として働かせてもらってるんだ。ディズニーランドみたいで素敵でしょ!?いろんなところにミッキー描いてみたんだ!恵理ちゃんもたくさん見つけてね!」
うわー、相変わらずだこの子。クスクスと笑ったら、百も安心したように柔らかく笑んだ。
「あたしたち不思議な世界に来ちゃったね。知ってる?寿命は一万年もあるんだって!あとなんだっけ・・・そうそう、世界の理っていうのがあって、中心の国?には神様が住んでるって!それから魔女とか人魚とか魔物とか・・・・もうこの世界に来てびっくりしてばかりだよ」
「ああ、知ってるよ」
「そう言えば恵里ちゃんはどこに落ちたの?」
「あたしはドローシャの北の森。それからずっとドローシャで生活してた。今はヴィラって名乗ってる」
「ドローシャ!?」
ここで何故か目を見開いた王様―確か名前はヒューバート―が口を挟んできた。
「どうやって生活していたんだ。あの国は国民しか入るのも許されないはずだ」
「あーうん、拾ってもらった人がそういう面倒全部見てくれたから問題はなかった」
ふーんと納得いかないのか不満そうな表情をして彼は口を閉じる。百はニコニコ顔のまま王様に笑いかける。
「よかったよかった、あたしたち運がよかったね。ヒューにも会えたし、こうやって再会できたし」
「そうだな」
生き生きとした百は向こうの世界でもこの世界でも変わらない。羨ましい、その輝きが。
「恵里ちゃん?」
「・・・なんでもない。百はここが好き?」
「うん!みんないい人だし、この国が好き。すごく大切なの」
「そっか」
ごめんね、百。
もしオーティスがレオナードに仇をなす敵なら、あたしは迷わずこの国を
消すよ。
レオナードを取り戻すためなら手段を選ばない。百を泣かせてもあたしはそうしなきゃいけない。それはあたしがドローシャの王妃として背負った責任。その責任から逃れられない以上、あたしにも選ぶ自由はないんだ。
でもね、百。あたしは後悔も躊躇もしない。あたしもあたしの大切な物を、本当に愛してるから。