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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
3/66

第二話 ハーレム


適当に進んでいたら、ここがどこだかわからなくなってしまった。足を止めて辺りを見渡せば、あたしが居た塔からはずいぶん遠く、鬱蒼と茂る木々に囲まれている。ここから城の外に出るまでどれくらいかかるんだろう。

人が通る気配は全くなく、こうなったら勘に頼るしかないと、ため息を吐いて再び歩き出したとき。異様な気配を感じて立ち止まると、ぞろぞろと見たこともない人々に囲まれた。ざっと10人程度だろうか。

―――物騒なことに、彼らは片手に剣を携えている。


「なんだよ、あんたら」


レオナードの配下にしては殺気が強い。服もアルフレットがいつも着てるようなゴツい騎士服じゃなくて、黒地に金の刺繍が施された布をたっぷり纏っている。顔の下半分は白い包帯で隠されていて怪しい雰囲気に拍車をかけていた。


「エルヴィーラ王妃とお見受けいたしました」


「ああ」


交わした言葉はそれだけ。あたしが返事をすると同時に彼らの剣が光る。振りかざされるそれに容赦も遠慮も見られない。

あたしはただ自己防衛のために拳を突き出す。


ゴスッ


といい音を立てて顔面にのめり込み、男の一人が吹っ飛んだ。まさか素手で反撃されるとは思わなかったのだろう、彼らは一瞬怯んで動きを止めた。


「かかって来いよ。売られたケンカは買うぜ?」


久しぶりの高揚感に心が躍る。血がふつふつと煮えたぎるようにざわめき出す。

今度はお互いに動きを止めることはなかった。夢中で剣をかわして急所を狙う。鳩尾、関節、頭。

興奮しすぎてどれくらい時間が経ったのかもわからない。気がつけばものすごい数のギャラリーがあたし達の周りを取り囲んでいた。レオナードとアルフレットの姿もある。


「なんだよ、いるんなら加勢しろよ」


「必要なさそうだが?」


確かに彼の言うとおり、あたしが今殴ったのは最後の一人だった。でも普通女が襲われたら助けるもんじゃねえの?黙って観戦なんてタイマン(一対一)じゃないんだからさ。

レオナードはものすごく微妙なものを見る目つきであたしを見ている。アルフレットは何故か喜んでいた。お前騎士だろ、働けよ。


「すげー魔女さん!かっこいい!」


「・・・あっそ」


可愛らしいふわふわの服を着た侍女たちは少し離れた所からあたしの様子を窺っているらしい。彼女たちの表情はアルフレットと同様万面の笑みだった。仮にも王妃が襲われて喜ぶこの国って大丈夫なんだろうか。ちょっとだけ心配になった。










不穏な動きがあることはレオナードも知っていた。知っていたからこそ、魔女を部屋に閉じ込めたのだ。もちろん脱走癖を案じてのことでもある。

彼女は強かった。魔術を使わずとも強かった。そこに作戦や流派などという高尚なものは見受けられない・・・はっきり言ってチンピラレベルの体術。しかし確実に敵を倒すということを知りつくした動きで、プロの殺し屋であるだろう彼らを完膚なきまでに叩きのめす。後で何故魔術を使わなかったと尋ねれば、城が壊れてもいいのかと即答された。怖いもの知らずの態度はその彼女の実力故か。

先日の一件はあっという間に噂となって広まり、今や城の中でその噂を知らぬ者はいないだろう。黒髪と黒い瞳は吸い込まれそうなほど艶やかで、白く磨かれた肌は黒をよく引き立てる。妖艶な肢体は女性の憧れる体系そのもので、なにより容姿が美しかった。

その強さと美しさで城の者の心を捕えたらしい魔女。一番の被害を受けているのは、たった今レオナードの執務室に駆け込んだ教育係のルードリーフである。


「もう限界です!陛下・・・教育係りを辞めさせていただきます・・・!」


レオナードは頭を抱えた。やはり、というのが一番最初に出てきた感想だった。


「あの方は“やる気”というものが欠片もございません!話は聞かない、返事はしない、挙句の果てには侍女たちと目の前でお茶会など始められて・・・わたしは・・・わたくしは・・・・」


最後はほぼ涙声だった。

魔女の側近の侍女たちは彼女にとことん甘い。侍女たちによると野蛮な口調が逆に格好良いらしく、中にはレオナードよりも彼女の味方に付く者まで現れたから厄介だ。彼女の脱走を手伝おうとしている者がいる、という物騒な噂まであるほど。


「しかしお前以外に適任者がいない。諦めるんだな」


たったのその一言で、ルードリーフは今まで見たこともないほど情けない顔をした。


「勉強を教えることができる者なら他にもおります・・!」


「何故教育係りにお前を付けたのか、自分でわかるだろう?」


「それは・・・」


ルードリーフは言葉を濁す。

王座に就いたばかりのレオナードに信頼できる臣下はごくわずか。その数少ない人員を割いて魔女の教育係りに任命したことには理由がある。

魔女は大変貴重な存在であり、過去に数多くの功績を残してきた。しかしその異質さ故に魔女の存在を受け付けない者もいる。後宮内で莫大な権力を持つ魔女は、娘を嫁がせようとする貴族たちにとっても邪魔な存在だ。そんな奴らの息がかかっている教師を送りこめば、魔女に何を吹き込まれるかわからない。魔女がこの国の敵に回れば―――歴史上そのような魔女はいないが―――どれだけの痛手を負うか想像できない。


「残念だが教育係りは辞めさせられない。

それにあの魔女は全く異なる世界から来たのだと聞く。最低限の知識を教えて、本人にやる気がないなら後は放っておいてもいい」


「は、はぁ・・・しかし・・・王妃ともなると各国の要人とお会いすることもあるでしょうし、政治も・・・」


「あれに王妃としての役目など期待していない。王妃ベルデラに頼まれて引き受けたまで」


ぞんざいなもの言いにルードリーフは閉口した。結婚を嫌がる魔女も魔女だが、淡泊すぎる王もかなりの変わり者だ。文武共に秀で容姿の美しい完璧な王ではあるが、人として愛想や情が足りないとつねづね思う。

ルードリーフは困った顔をしたまま、拳に力を入れると身を乗り出した。


「せめて陛下のほうからも注意してください」


「注意したところで聞く耳を持つ様な女ではないと思うが?」


「それでも、です」


それに陛下とエルヴィーラ様は夫婦としての交流が少なすぎます、と文句を言われ、レオナードはしぶしぶペンを置いた。









―――――異世界でハーレムを築くとは思わなかった。

身の回りの世話をしてくれる女の子たちは良家の子女らしい。どの子も可愛くて性格がよかった。きゃっきゃっと嬉しそうに頬を染め、鈴が鳴るような可愛らしい声で“ヴィラ様”と呼んでくれる。一瞬自分がノーマルじゃなければよかったと思ったのは、彼女たちが可愛すぎるからだと自分に言い訳してみた。


「ヴィラ様、わたくしが愛用しているブランドの新作のカップですの。ぜひ使ってくださいな」


「あら、ヴィラ様ならこちらのシンプルな方がお似合いではなくて?」


「かなりお若いんですもの、こちらの柄物のほうがいいと思いません?」


ああ、なんて可愛い生き物なんだろう。

平和な会話に頬を少しだけ緩めて彼女たちの会話に耳を傾けていると、ドアが開く音がして男が2人入って来た。侍女たちの笑顔が固まる。


「レオナード、ノックくらいしな」


「なんだ、これは」


「なんだ、って・・・お茶会だけど?」


レオナードは不機嫌そうに眉を寄せた。このことを言い付けたのであろうルードリーフは、レオナードの蔭に隠れて控え目にこちらの様子を窺っている。


「この者たちに塔へ入る許可を出した覚えはないが」


「あたしが許可した」


あたしの家でもあるんだから当然だろ?って言えばレオナードの表情がますます厳しくなった。


「勝手なことをするな」


「そのセリフそのままそっくり帰してやるよ」


勝手に結婚を決めたヤツには言われたくないね!


「で、何しに来たわけ?お茶会邪魔にするほど暇なのか?」


「勉強を真面目にしていないそうだな」


「だから何?」


「せめて話くらい聞いてやれ。何もお前の空っぽの脳に記憶しろと言ってるわけじゃないんだ。それくらいできるだろ」


「んだとコノヤロー。あたしは真面目にしてないんじゃない―――――する気がないんだ!」


凍りつくその場の空気がやけに嫌だった。






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