閑話 アルコール
ある肌寒い日の食事中のお話。
ローゼリアの居なくなった食卓は心なしか静かで落ち着いている。パクパクと一人前を平らげたヴィラの前に食後の紅茶が出てきた。
「あー、暖かい」
「寒いなら着こめばいいだろう。なぜそんなに薄着なんだ、風邪をひきたいのか?」
「ヤダね。雪だるまになるくらいなら風邪ひいた方がマシだっつの」
「・・・バカは風邪ひかないんだったな」
「んだと!?」
以前の言い合いにアルフレットとシルヴィオは心から安堵した。この会話に安心する要素はないが、ヴィラが城を去ったときよりずっと落ち着く。それほどレオナード一人の食卓には、目の前にあるからっぽの彼女の席が痛々しくて見ていられなかった。
「んじゃーレオナードが着こめばいいだろ!そしてモコモコになれ!」
「モコモコ?冗談じゃない。誰がなるか」
「モコモコ!」
「生憎鍛え方が違うんだ、そう簡単には風邪をひかない。ヴィラのようにバカではないがな」
会話の内容が幼稚だがそこは気にしないことにする。
目の据わったヴィラがカップを傾けたところで、その手を止めて首を捻り紅茶を覗き込んだ。
「なんか身体がポカポカする・・・・っ!?」
ガタン!!
と大きな音を立ててヴィラはイスから落ち、その場に両膝をついて屈んだ。
「ヴィラ!?」
「ヴィラ様!?」
「おい、どうした!」
血相を変えて駆け寄る3人。ヴィラは両手で口元を覆い、苦しそうに眉をしかめている。
「まさか毒か!?」
「医者を呼んでくる!」
アルフレットが扉の向かおうとしたそのとき。ぬっとヴィラの手が伸びてレオナードの腕を掴んだ。
「だ・・いじょぅ・・・・ぶ・・・」
途切れ途切れの声は明らかに大丈夫ではない様子。焦ったレオナードはヴィラを横抱きにしてベットに横たえようとしたが―――。抱きかかえたところでヴィラに強く抱き返され、顔を覗くと頬が赤く染まっていた。
「ヴィラ?」
「アルコール・・・入ってた・・・みた、い」
カクッと力を失った身体に、レオナードらの緊張した表情が一気に解けた。先ほどの紅茶にブランデーが入っていたようだ。今日は冷えるため、気を利かせた侍女が入れたのだろう。有事ではなかったことにホッとしながらも、あの程度のアルコールでダウンするヴィラはよほど弱いらしく心配になった。
「とりあえず寝なさい。そのうち酔いも醒めるだろう」
レオナードはベットに向かおうとしたが、イヤイヤとヴィラは首を横に振る。午後の政務を控えているレオナードはシルヴィオたちに任せようと思ったが、その考えは一瞬で葬り去った。―――たとえ騎士であろうと、この状態のヴィラを他の男に任せるわけにはいかない。
「陛下・・・後はオレたちが・・・」
「却下」
即答だった。アルフレットとシルヴィオは呆れた顔でレオナードを見る。
「だけど政務はどうするんすか?」
「どうにでもなる」
それよりも今はヴィラだ。楽な体制にさせようとソファの上に降ろしたが、距離を取ろうとするレオナードにヴィラはキュッと抱きついて離れない。
あまりの可愛らしさにレオナードの表情がだらしなく緩んだ・・・・・が慌てて引き締める。一部始終を目撃したアルフレットたちの顔は見事に引きつっていた。
「・・・・寒い」
「ではシーツを・・・」
「いらない」
このままでいいと赤い顔で抱きついてくるヴィラにノックアウト寸前のレオナード。あまりの居た堪れなさに騎士の2人は目を両手で隠して見てないフリをする。
レオナードはクラクラする頭を手で押さえ、ヴィラを抱きかかえなおすと寝やすい体制にさせた。ヴィラはあっさりと目を閉じて、すやすやと心地よさそうに静かな寝息を立て始める。
一斉に男3人のため息が重なった。
酔ったヴィラが暴れ上戸じゃなくてよかった。しかし・・・
「起きたときが怖いっすね・・・」
アルフレットが言うとおり、起きた時にどんな反応をするだろうかと想像して、男3人は再び大きなため息を吐いたのだった。
目をパチリと開けると目の前にレオナードの青い瞳があった。朝・・・・・?
「大丈夫か?」
え?なにが?ってかあたしソファで、しかもレオナードの上で寝てたの?良く状況が掴めず首を捻っていると、扉の前にアルフレットとシルヴィオの姿があって、あたしは慌ててレオナードから飛び退いた。
「何事!?」
「覚えてないのか・・・」
レオナードは遠い目をしている。一方騎士たちは何故か後ろを向いて人形のように直立不動になっていた。
えっと・・・確か食事中・・・だったよな。それからいつも通り会話をして・・・それから――――
「あ″ーーーーーーー!!」
思い出したあたしは絶叫して座り込んだ。うわうわうわ!!信じらんない!!人前で抱きついたり・・・・うわあああああ!
シルヴィオたちが後ろ向いてる理由がわかった気がする。見てられなかったんだな・・・。
「誰だよ!酒入れたヤツ!」
「まさか侍女もこんなに弱いとは思っていなかったんだろう。あまり侍女を責めるな」
「そういう問題じゃねえ!弱いとか強いの前に、あたしはまだ未成年だあああ!」
「「「えっ!」」」
男どもの声が重なった。アルフレットとシルヴィオは振り返って、レオナードは目を見開いて、それぞれ面白いくらいに顔を引きつらせてあたしをまじまじと見た。
この国で成人年齢は21歳。お酒も21からだ。あたしはまだ18だからあと2年ちょっと飲んではいけないことになる。身体の成長(変化)が止まるのは25歳らしいけどな。
「・・・・未成年?」
「嘘だろ・・・」
「そんなはずは・・・」
なんかぶつぶつ言いだしたレオナードたち。わかってるよ、老けてることくらい!
「悪ぃかよ、これでもまだ18だ!」
「「「18!?」」」
なんだ、今日はやけにハモるなお前ら。
「魔女さん、ある意味詐欺ですよ」
「てっきりオレより年上なのかと・・・」
ずいぶん好き勝手ほざいてくれるな。さすがに苛立って額に青筋を浮かべれば、慌ててシルヴィオが両手を横に振った。
「い・・いえ!大人っぽすぎるって意味です!いい意味です!!」
「わかったわかった。どうでもいいけどレオナード、人の身体まじまじと眺めるのやめろ」
それをセクハラっつーんだよ。注意されたレオナードは最後にあたしの胸を見て口を開く。
「・・・どうりで成長が止まっていないわけだ」
ゴスッ!
と勢いよく腹を殴れば、レオナードは身体をくの字に曲げて屈んだ。痛そう、ってアルフレットが呟く。
「とにかく!あたしはアルコールダメなんだから、厨房にも侍女たちにも徹底させろよな!!」
もう二度と飲むか!!
しかし後日、2人きりになる度レオナードがヴィラにお酒の飲めと迫るようになったそうな。