閑話 騎士たちは見た
オレは知っている。ヴィラ様は少なからず陛下を想っていることを。
気づいたのは第二王妃が城に来る前日、ヴィラ様が泣き崩れているのを目撃してからだ。彼女自身何故自分が泣いているのか理解できていないようだったけれど、傍でずっと見守っていたオレには解る。
確かに陛下とヴィラ様は仲が良いとは言えない――――が、それでもどこか通じているような気がしている。言葉に出さなくても分かる何か・・・テレパシーとでも言おうか、突っかかるような言動も嫌味も、陛下とヴィラ様はできるだけ自然であるようお互いに気を遣っているだけじゃないだろうか、と。
最もアルフレットさんは初めから陛下とヴィラ様を見ていたので、仲が悪いと信じて疑っていないようだったが、彼よりも行動を共にすることが多いオレにはなんとなく解るんだ。
一方陛下はヴィラ様に関心がない、・・・ことは全くの間違いだった。執着を見せなかったのは、彼が政局を気にしての行動だと気づいたのは最近の話。あまり陛下がヴィラ様に気を遣う素振りを見せれば、政治上それをよく思わない連中を刺激することになる。城中の異教徒分子を始末した今ではあまり関係がないが、なにしろ陛下が王になったのはつい一年前のことだという。慎重になって当たり前なのだ。
それを理解できると、必然と陛下がヴィラ様を大切にしていることに気づく。一番顕著なのは第二王妃に対する陛下の態度だろう。まず、相手にしない。そして会おうともしない。しかしヴィラ様には陛下が空いた時間に様子を見に来ることを考えれば、どう考えても陛下はあれだ・・・ヴィラ様に惚れているんだろうとしか考えられない。
どこか複雑で、でも単純なもどかしい陛下とヴィラ様。騎士という身分であまり出張ったことはできないが、静かに応援しようと思う。
けど応援は全く必要なかったようだ。
ヴィラ様がキリエラに扮していたことが判明した翌日、オレはヴィラ様に頼まれていた資料を執務室に届けると、ソファに横たわった陛下の胸の上で覆いかぶさるように寝ているヴィラ様を見てしまった。その様子はまさに仲睦まじい夫婦そのもので・・・。普段と違った空気に心臓がドキドキとうるさい。
ああ、なんかものすごく見てはいけない物を見てしまった気がする。案の定、陛下は鋭い目で俺を睨むと、顎をクイッと動かして出て行くように無言で命令した。もちろん俺は資料を傍にあるテーブルに置くと、できるだけ音を立てないよう静かにその場を退出した。
あの様子だと誰にも邪魔はされたくないだろうと思い、少し離れたところで見張りをしていたらアルフレットさんがやって来た。彼は気さくで単純明快な性格をしているが、陛下の騎士であると同時に隠密部隊隊長の仕事もこなしているかなりのやり手。まともに殺り合えば、元殺し屋のオレも敵わないだろう。
「よっす」
「お疲れ様です。執務室なら入らないほうが身のためですよ」
「なんだ、またレオナードの機嫌悪くなったのかぁ?」
いえいえ、と首を横に振ると、こてんと首を傾げてわからないという仕草をするアルフレットさん。
「理由はまあ・・・そのうちわかりますよ。ただ陛下は誰にも部屋に入れたくないようでしたので」
「そっか、まあいいや。急ぎの用じゃないしな」
言葉を濁した説明にも納得してくれたのか、アルフレットさんは踵を返すと大きく伸びをしながら去って行った。
オレが願うのはただひとつ、ヴィラ様の幸せ。2人が上手くいったのなら、それが一番いいと思う。
そのためにも2人の時間を邪魔させるまいと、オレはそれから3時間ほど廊下に立って人払いをすることになった。
レオナードは淡泊な性格をしている。そのレオナードの機嫌に僅かな波が現れたのは、魔女さんが城に来てからだった。表立って機嫌を悪くすることはなかったが、突然機嫌がよくなったかと思えば突然悪くなる。そんなレオナードは27年間、傍でずっと見ていた俺にも不思議でならなかった。
なーんで、こんなに揺さ振られているんだろうかと思えば、ある日今までにないほど不機嫌・・・というか苛立った様子を露わにした。そう、魔女さんが城を去った日だ。仲が悪い悪いと思っていたが、レオナードはまんざらでもなかったのか、やはり魔女さんがレオナードの感情の鍵になっているらしい。その証拠に魔女さんが城に戻って来た日からすごぶる機嫌がいいのだ。しかしそれから数日後のこと、また機嫌が悪くなったから魔女さんと何かあったんだろうな。仲直りしてくれたのか、今日やっと機嫌がよくなってホッとした。
レオナードと魔女さんは皆の前で態度を変えないから気づいてない人が多いけど、俺はレオナードの幼馴染だからあいつの機嫌でなんとなくわかってしまう。何があったかまではわからないけど。
まあ夫婦なんだから、もう少し仲良くなってくれれば申し分ない。こっそりレオナードを応援しようと思ってたんだが・・・。
「・・・・・だろう?」
ボソボソと這うような声が聞こえてきて、俺は慌てて足を止めた。はっきりと何を言っているかは聞き取れないけれど、声の主は間違いなくレオナード。
「・・も」
そして魔女さんだ。廊下のど真ん中で何してるんだろうという好奇心に負けた俺を許してくれ。できるだけ気配を殺さず、自然を装って陰に隠れた。
「なぜ?」
「だって・・・ここ廊下なのに・・・」
「いいじゃないか」
「でも・・・」
「大丈夫だから」
なんだコレ。なんの会話だよ。どう考えてもいつも言い合いをしている2人の会話とは全く別物だ。声は本物なんだが・・・。
うーん、やっぱりこのシチュエーションはあれしかない、男が迫って女が困る・・・いわゆる公衆の面前でイチャついてる場面。
「でも誰かに見られたら・・」
見られなかったらいいのか!?
「誰もいない」
「もし居たら殴るぞ」
「ああ」
あああああああああ、これ以上はもう聞きたくないぞ!
慌ててその場から離れれば、途中でシルヴィオと出くわした。
「お疲れ様です」
「・・・よっす、これ以上先には行かない方がいいぞ」
まさかのラブシーンに遭遇する上に、たぶんレオナードから制裁を食らうだろうから。たったその一言でシルヴィオは理解できたらしく、ああと首を縦に振って納得したようだった。
「またあの2人ですか」
「知ってるのか?」
「オレも目撃しましたから」
・・・なるほど。気づいていたのは俺だけじゃなかったらしい。
「あの美貌が並べば目の保養どころか凶器ですよ。特に陛下は、男のオレでも赤面しました」
顔は見ていないが声を聞いたのでわかる。あんなに色気のある甘ったるい声を聞いたのは初めてだ。迫られているのは俺じゃないのに、何故かドキドキした。侍女たちが目撃でもすれば・・・ひっくり返るかもしれない。
「・・とにかく、あの2人はなるべく」
「見て見ぬフリをしましょう」
心が通じた俺たちは大きく頷き合った。