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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
25/66

第二十四話 それから





審問会の後、城内は人事整理に奔走していた。ここで意外にも活躍したのはヴィラ。ずっとオルドリッチの元に居たので全てを知っているのと同時に、ベルデラの言うとおり存外頭が良いらしく政務処理が鬼のように早かった。


「なんだこのミミズの這ったような字は!!書き直せヘタクソ!!」


そして厳しかった。

あまりの辛辣さにルードリーフはレオナード2号などと言い出す始末。レオナードが注意するときは静かにかつ一言でバッサリ切り捨てるのだが、ヴィラの場合は怒鳴り散らしチンピラのごとく恫喝する。よって以前は執務室から顔を青くして出て行く者が多かったが、今は涙目になって出て行く者が多い。

そんなヴィラではあるがやはり役に立ち、レオナードの仕事量がぐんと減ったため人事整理さえ終わればよく暇を取れるようになった。


「・・・確かに助かるが泥人形を使うのはやめてくれ」


そう言って懇願するのはレオナード。

ヴィラの作る泥人形はどれも本人そっくり。しかし人手は増えるものの本物のヴィラが分からなくなる上、本物と泥人形を同時に見た者は驚いてひっくり返ることもある。


「いいじゃん、ただ身体が泥でできてるだけで中はあたしなんだし」


「・・・どっちが本物かわからなくなる」


ヴィラはお菓子を口の中でもごもごさせながら「そう?」と呟いた。それからヴィラは泥人形でシルヴィオやアルフレットを作るようになり、本人たちに全力で頭を下げられたのでもう作るのは止めたのだそうな。











帰って来てよかったって、今では心から言える。

あんなことがあったけど、レオナードは以前のように優しくしてくれてあたしは幸せだった。やっぱり人前では恥ずかしいので手を繋いだりはしないけど、レオナードは目が合ったとき優しく微笑んでくれるようになった。それを目撃した侍女が何人か倒れたらしいけど・・・・。まあ、レオナードのあの表情は色気の塊のようなものだからな。


レオナードが書類を見て不思議そうな顔をしているので、覗いてみたら彼の手にあったのはオルドリッチの納税記録だった。


「どうしたんだよ、特に変わったとこはなさそうだけど」


「いや、今年に入って慈善事業にかなりの額が投じてあるが・・・。オルドリッチはそのような男ではなかったんだが・・・」


「ああ、それ使ったのあたし」


やっぱりお金はあるところから使わねえと!

と思って、あいつのお金を使って勝手に病院作ったり孤児院作ったりしてみた。オルドリッチはキリエラという架空の人物を・・・まあ一応あたしなんだけど、かなり信用してたらしくて全然バレなかった。

ちなみにキリエラという名前は紀藤恵理・エルヴィーラの最初と最後の文字を取ってくっつけただけ。師匠かレオナードくらいなら分かると思ってたんだけど、誰も気づいてくれなかったのがちょっと残念。


レオナードは呆れたように盛大な息を吐く。


「驚いた?」


「お前の突拍子もない行動はもう慣れた」


あ、ひでぇ。

でもそんなレオナードが好きだ。・・・・・・けど、まだ言えてない。


「どうしたんだ?」


「いや、なんでもない」


どうしよう。こんなに気持ちを伝えるのが大変だなんて思わなかった。しかもとんでもなく恥ずかしい。人前でキスする方が100倍マシ・・。

大体伝えたところでそれが受け入れてもらえる確証なんてない。レオナードにはローゼリアもいるから、あたしの気持ちを知ったところで気を使うだけかもしれないし。


いろいろ考えて唸っていると、そう言えばとレオナードは思い出したように問う。


「そもそもヴィラは何故城を出て行ったんだ?」


「えーーーーーーっと・・・・・」


言えねえ!ローゼリアに嫉妬してそれが辛かったなんて口が裂けても言えない!

っていうか順序が逆じゃないか。嫉妬してたなんて知られたら気持もバレてしまうじゃん。


返答に困っていると、ガチャリと扉が開いてアルフレットが入って来た。


「陛下ー、資料持ってきたっすよー」


天の助けだとばかりにアルフレットを拝んでみた。


「え?え?俺銅像じゃないっすよ?」


意味不明な返しをされた。












ヴィラの行動が少しおかしい。

彼女が帰って来た後、触れ合うのは初めてではないのにかなり恥ずかしそうにしていた。もちろんそんなヴィラもかなり可愛いかったのだが。拒絶されることはないものの、笑いかければ頬を染めて視線を逸らし、どことなくよそよそしい。普通の女性ならあり得るが、いつも堂々としていた彼女からは考えられない変化だ。


もしかしてまた原因は俺にあるのか?ヴィラをまた傷つけてはいないだろうか、苦しめてはいないだろうか。また彼女がこの城を去ってしまったら、またあの苦しい日々の繰り返しだ。もう二度と離れたくない、そのためにはできるかぎり努力したい。俺はヴィラをこの上なく大切にしているつもりだったが、それが彼女は嫌だったのだろうか。そもそも彼女を苦しめた原因は―――?


「そもそもヴィラは何故城を出て行ったんだ?」


「えーーーーーーっと・・・・・」


ヴィラは視線を泳がせて言葉を濁す。

青くなったり赤くなったりの百面相をするヴィラは、何かを言いかけては口を閉じ、言いかけては口を閉じを繰り返した。


そこにアルフレットが来て邪魔をされ話を聞くことはできずに終わる。しかし、また同じことをその日の夜に聞いてみた。


「あの・・・えっと・・・」


再び百面相。表情がコロコロ変わる様子は可愛らしいが、いい加減に理由が気になってくる。そんなに言いにくいことだろうか、と。


俺はヴィラが隣で笑って居てくれればそれでいい。帰ってきてからはシルヴィオが四六時中いつも付き添っていて正直うざ―――邪魔ではあったが、特に不満は無いし幸せだと思う。

では彼女が望むものは?やはり彼女の友人なのか?


「ヴィラ、答えてくれ」


答えてくれ、俺がお前の傍にあり続けるために。

ヴィラはものすごく困った顔をして、キョロキョロを助けを求めるように辺りを見回している。しかし夜のこの時間、王妃の私室に人が訪れることはない。頬にそっと触れると、彼女はビクリと身体を震わせて涙目になった。


まさか・・・・


「触れられるが、嫌・・・・なのか?」


あまりにも彼女が淡泊だから考えていなかったが、初めから俺が無理やり彼女の意思も聞かずに―――。手に入れた喜びからあまり彼女を休ませることもせず毎日通ったが・・・・それがいけなかったのだろうか。


「えっ・・・」


ヴィラは再び赤くなったり青くなったりの百面相を始めた。しかし少し待っても彼女の口から否定の言葉は出ない。


「ヴィラ・・・」


そっと頬に添えていた手を離すと、彼女は目を丸くしてその漆黒の瞳で俺を見上げる。


「レオナード?」


「ヴィラ・・・今日はもう部屋に戻る。お前も明日のために早く寝るんだ」


直接繋がっている扉から部屋に戻った。彼女が隣にいない夜は、以前彼女がいなかった頃と何も変わらないわけじゃない。共に在る幸せを知った以上、身を切るように辛い。ヴィラの甘さも美しさも知った上で触れられないなど拷問だ。

しかし自分の心の底をなかなか明かさない彼女。今まで嫌がっていなかったなど、何故俺は思っていたのだろう。




あれからヴィラはますます困った表情をするようになった。彼女が近くに居るというのに禁欲生活を強いられている俺は―――自分で言うのもなんだが機嫌が良くない。もちろん2人きりの時は極力優しく・・・しかしできるだけ触れずに過ごしているつもりだが、あまりこの状態を長く続けたくないのは俺の我儘だろうか。


2人きりの夜。ベットに入るまでの自由な時間は、せめて彼女の傍にいたい。そう思って俺から彼女の部屋を訪れていたが今晩は違った。

シャワーを浴びて髪を乾かしていたところに、パタンと扉を閉めてもたれ掛かるヴィラが現れる。


「珍しいな、ヴィラからこの部屋に来るのは」


ずいぶん前の話だが、以前ヴィラが盛大に扉を殴り壊したとき以来だ。あれは呆れるどころかかなり可笑しかった。


「う、うん・・・あの・・・」


遠慮がちに話しかける彼女は可愛いのだが、らしくないのでこちらの調子が狂ってしまう。


「おいで」


手招きしてソファに座るよう促すと、彼女はなんのためらいもなく近づいて来てストンと座った。すぐ傍に居るヴィラの艶めかしい肌が見えて、手を伸ばしかけたが理性でなんとか押し留める。

ヴィラは俯いたまま膝に乗せた手をキュッときつく握って口を開く。


「あの・・・さ」


「ああ」


「あたしは・・・嫌じゃないんだ」


触れられることが。

たったその一言で身体の底から歓喜が沸き上がる自分は、我ながら単純だと思う。ヴィラは言いづらそうに言葉を選びながら、ポツポツと話し始めた。


「えっと・・・言い難いんだけど、あたしにとってちゃんとレオナードは大切だから――――百とどっちが大切かって言われたら困るんだけど、今では結婚したことも後悔はしてないし、魔女として王妃になったことも嫌だとは思ってない・・・・ぞ?」


ちらりと上目遣いで顔を覗き込んできたヴィラに、俺は欲望に抗える気がしなくてそのまま腕の中に閉じ込める。背に回った細い手に、抱き締めた小さな身体に、どうしようもない幸せを感じて熱いため息を吐いた。

――――嫌われていなかった。

だから、彼女は俺をいつも受け入れてくれていたんだ。拒んだことなどすらなかったんだ。たとえ彼女が城を去った時でさえ、身を案じてか身代わりの花を俺に贈ってくれた彼女。


「では何故出て行ったんだ?」


彼女がオルドリッチの下で動いていたとは言え、それはただの泥人形、ヴィラ自身が動く必要はなかったはずだ。俺が出て行った原因ではないのなら、ますます理由がわからない。


「あー・・・えー・・・・自分の気持ちに整理をつける・・・・ため?なのか?」


「・・・俺に訊かれても」


だよねぇ、と小首を傾げながら苦笑する表情すらこの世で一番美しく見える俺は重症なのかもしれない。抱きしめ合った身体から伝わる体温に頬を緩めて、顔を覗き込むように近づけたら、あ、とヴィラが思い出したように口を開いた。


「そう言えばローゼリア大丈夫?」


「何がだ?」


「だから、赤ちゃん!」


赤子?ヴィラの言っている意味が分からず聞き返せば、彼女もあれ?と間の抜けた表情でもう一度訊ねる。


「だから、ローゼリアの赤ちゃんは大丈夫?」


あの女が子を孕むなどあり得ない。そう言うとヴィラの身体がピシッと固まったのが分かった。


「そういう行為をした覚えもないが?」








「ローゼリア″アアアアァァァァァーーーー!!!」


その日、鬼の形相で城を駆けたヴィラは、50m走の最短記録を更新したのだそうな。




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