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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
22/66

第二十一話 それぞれの心情





死ぬほど心が痛かった。

ローゼリアから話を聞いたとき、あたしは今まで感じたこともないほど強い痛みに襲われた。心臓が止まりそうな感じとでも言おうか、嫌だ嫌だと頭の中で誰かが泣き叫んでいる感覚。


ただのわがままだ。


レオナードは悪くない。この国は一夫一婦制だけど、王様は何人側室を持っても構わない。極端に言えばいくら浮気しようと罪ではなく、むしろ子どもができるから奨励される。だから――――ローゼリアの部屋に通うのも当然なんだ。

だけど嫌だった。ローゼリアが来る前からあたしはおかしくなっちゃったのかもしれない。


こんな痛みを感じるくらいなら、いっそあの場所から逃げてしまおう。レオナードの元を去ったのは、そんな単純明快な理由。唯一心に引っかかったのは以前の約束だったけれど、彼は意外にもあっさりと撤回を許してくれた。



朝日が昇るドローシャの国は夢のように美しい。風を切る空気も、空から一望できる景色も、沸き上がるように広がる自然も、澄み渡った青空も。

これが、神の住まう世界の中心。なんとなく理解できる気がする。だって全てが完璧すぎるここは神話の世界のようだ。美しいけれど、美しすぎて影が見えない。物事には必ず光と影が存在するけれど、この国は光そのものなんだ。



さて、どこへ行こう。百を探すのはもちろんだけど、あたしはこれから一人で生きて行かなきゃならない。―――――そう、一人で。


なんでだろう、自由になれて嬉しかったのに、胸を締め付ける痛みが増した気がする。本当はレオナードから離れるなんて嫌だった。ローゼリアが嫁いだときよりも何倍も嫌だった。離れたくない、そばにいたい。でもそれ以上に、あたしは痛みから逃げる自由を選んだんだ。それでいいじゃないか。

ぐちぐち考える女々しい自分は嫌い。でも頭から離れない、レオナードの全てが。


そう、認めてしまおう。あたしはレオナードが大切なんだ。愛とか恋とか、あたしはそういう感情を知らないけれど、失ったら心の中が空っぽになる程度は特別だった。だからこそ、今弱っている自分の心を休める時間が欲しい。ぐちゃぐちゃになった想いを整理する自由を、それからレオナードへ気持ちを考え直す機会を。そして何よりもローゼリアと顔を合わせたくない。そんなわがままを、今少し許してほしい。










ヴィラの居なくなったことで城中に衝撃が走った。仲が悪いと噂はされていたものの、ここのところ目立った喧嘩はなく脱走もしなくなったので安堵していたところにこの事件。一番目に見えて弱っていたのはシルヴィオだった。主を守ることができなかった自分の不甲斐なさに吐き気を覚えながら、また彼女が逃げた原因であろうレオナードをひどく恨んだ。

もちろん参っているのはシルヴィオだけではない、レオナードも同じだ。一日中凍りつくような空気を絶やさず、フォローしてくれるヴィラのいない食卓は、ローゼリアもさすがに嫌がって共に取ることはしなくなった。

もちろん、彼の変化にいち早く口を挟んだのは幼馴染のアルフレット。そしてヴィラの教育係りを任されていたルードリーフ。


「陛下・・・」


「なんだ、報告があるならさっさとしろ」


「こんな時に、そういう言い方はないんじゃないですか?」


レオナードはバカバカしいと鼻で嗤い、再びペンを動かし始める。ルードリーフは先ほどよりも大きな声を出した。


「陛下、我々は陛下とエルヴィーラ様の間に何があったかは問いません。しかし、そうやって不機嫌を隠そうともせず露わになされば、国中を不安にさせることがおわかりいただけますでしょうか」


「不機嫌?どこがだ。俺は普通だが?」


「よく言いますねぇ。俺たち以外誰も近づけないじゃないっすか」


侍女も護衛の兵士も、皆レオナードに近づくことすらできない。もともと持っていたレオナードの気質もあるのだが、彼の持っているオーラは圧倒的に他者を抑圧する力がある。そこに彼の不機嫌さが加わることで、普段から話慣れていない者たちは怖がってレオナードの傍に寄れないのだった。こんなレオナードとまともに会話できるのは長年の付き合いがあるアルフレットとルードリーフ、そして気が強く物怖じしないヴィラ、空気を読まないお気楽主義のクロードくらいだろう。


「まあ、魔女さんに逃げられてショックなのはわかりますけど、いつまでもそうやって嫌そうな顔してたところで帰ってきません。陛下にはやるべきことがあるんですから、他所見する暇があったらきちんと仕事してください」


「アルフレットの言うとおりです。彼女ほど強い女性ならば一人でも生きていけるでしょう。今は居なくなったエルヴィーラ様に御心を砕くよりも、政庁の人事を・・・」


ルードリーフが言いかけたところで、レオナードは傍にあった花瓶を乱暴に投げつけた。

ガシャン!

と大きな音を立てて、ルードリーフの傍にあった壁に叩きつけられた花瓶は粉々になる。


「おい!レオナード、やりすぎだ!」


「うるさい、出て行け」


「陛下・・・」


「出て行け!」


あまりの気迫に身の危険を感じた2人は慌てて部屋を出た。レオナードは小さく息を吐いて頭を抱える。

こうなることはわかっていたはずなのに、うまく感情をコントロールすることすらできない。約束をなかったことにしたいとヴィラが言った時、それを許したことを後悔していた。


「戻ってきてくれ、はやく・・・」


でないと、どうにかなりどうだ。

レオナードは苛立ちに政務を続ける気を失い、ふと窓の方を見ると桟に一輪の花が置いてあった。ここは4階、風で花が運ばれてくるなどあり得ない。

手に取ってみれば見た目よりもずいぶん軽い、鮮やかな青色の花弁が多い花。それはレオナードも見たことがない、非常に珍しい花だ。ここに運んできたということは、鳥だろうか。思いがけない拾い物に、レオナードはそれをテーブルの上に置いた。


ヴィラは時が来れば必ず連れ戻す。その前に、彼女の脅威を始末してしまおう。

レオナードは再びペンを握って政務に戻った。











「キリエラ」


男は上機嫌な猫撫で声で女の名を呼ぶ。扇で口元を隠した黒衣の美しい女は男の呼び声に振り返った。


「キリエラ、聞きなさい。とうとうあの魔女が居なくなった・・・これでお前を正妃にできるぞ!」


嬉しそうな表情をする男だが、逆に女の顔には影が落ちた。


「しかし・・・彼はすでに私の情報を掴んでいる様子。下手に名乗りを上げれば罪に問われるかもしれません」


「エルヴィーラを殺そうとしたくらいで陛下はお咎めなさらないだろうさ。なにより陛下とあの女は大層仲が悪い。むしろ喜んでおられたはず」


「しかし彼はジキルド・カトレアを処罰なさろうとした」


「それはあの男がバカなのだ。陛下の御身まで脅かそうとするから・・・。そんなことよりもキリエラ、お前は王妃の座につき、陛下を虜にすればいいのだ。惚れ薬の作り方でも復習しておきなさい」


女は控えめに「はい」と返事を返した。男は満足そうに笑い、ワイングラスを手に取る。


「キリエラ、お前はこの世の誰よりも美しい。咲き誇る華もお前には敵わない。美しいと噂されるエルヴィーラもお前の前ではただの凡人に成り下がるだろう」


「恐れ入ります」


「神が王を決めるなど、おこがましいことよ。人の頂点は人が決めるのだ。神などおらずとも、魔女さえ居れば力は手に入る」


女は目を細めて男を見た。男はそんな女の様子に気づくことなく、ぺらぺらと話を続ける。


「ドローシャ王国、中心の国、魔女の国、神の住まう世界の中心。よいかキリエラ、我々の手でこの国を変えるのだ。必ずや王座を手に入れて、世界を統一する」


それこそが正義だと、男は笑ってグラスを傾けた。










空を飛ぶ便利さを覚えたら止められない。百を探すのもすべて空から行った。まだ見つかっていないけれど、あの子を探すことはあたしの願いだから続けている。

雪がちらちらと舞い初めて、この国にもやっと冬が来たのだと知った。確かに最近寒いとは思っていたけれど、この国の気候は穏やかだから厳しい寒さはなく分かりづらい。


雪の冷たさから逃れるために、あたしは木の太い幹に座って止むのを待った。


「レオナード・・・」


何故だろう、会えなくなってから日に日に痛みは増していく。普通はだんだん記憶が薄れていくはずなのに、余計に会いたくなるのはどうしてだろうか。


さんざん暴れて、さんざん迷惑をかけて、それでも優しく笑ってあたしを迎えてくれたレオナード。いつも呆れたような顔をしながらも許してくれた。ゴツゴツした大きな手も、あたしを支える逞しい腕も、耳元で囁く甘い声も、綺麗に澄んだ青い瞳も。


何もかもを、愛しいと思う。


愛ってこんなに自然なものだったんだって、あたしはやっと今頃気づいた。彼のためなら何をするのも厭わない。王妃としてではなくあたしとして。王としてではなくレオナードとして。そう考えれば、王と王妃の地位も全く嫌ではなかった。あたしを縛るであろう家族の存在だって、レオナードになら束縛さても苦しくない。むしろ、そばにいられることが幸せだと思う。


ローゼリアのことは・・・仕方ない。だってレオナードは王様だから、そんな彼も含めて大切にするならあたしも覚悟を決めなきゃいけない。愛って同時に苦しさも孕んでいるだと思い知った。


――――百。

あたしはもう一度、彼に受け入れてもらえるだろうか。勝手に出て行ったりして愛想を尽かしただろうか。お前みたいに、何度突き放しても何度酷い言葉を吐いても、見捨てないでいてくれるだろうか。

それが怖い。怖くてたまらない。


「百・・・・」


でも迷わない。あたしにはもう迷う余地も残されていないみたいだから。






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