第十七話 第二王妃
ボリュームのある巻き毛の金髪が華やかな印象を与える美人さんだった。
第二王妃として後宮に召し上げられるのは、ローゼリア・エイジー。前国王と側室の娘で、ちなみに歳はレオナードも知らないらしい。
「初めまして、陛下、王妃様。この度第二王妃として後宮にお仕えすることになりました、ローゼリアと申します」
第一印象はとても礼儀正しい子。あのクロード王子と腹違いの兄妹なんてとても思えない。ただっ広い謁見室で、ぽつんと立っているローゼリア。顔を上げてあたしと視線がぶつかると、何故か彼女は目を丸くしてあたしを見ていた。なんなんだ。
「エルヴィーラだ、好きに呼びな」
そして自己紹介すると今度は顔を引きつらせた。・・・なんなんだ。
「身分をわきまえ、健やかに過ごすように」
「はい」
レオナードに声をかけられ、ローゼリアはそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせる。恋する乙女ってこんな表情をするんだろうか。だとしたら、あたしには一生恋なんて無理だな。
侍女に引き連れられて退室すると、レオナードは大げさなほど大きなため息を吐く。
「表向きには何もできないだろうが、裏から何か仕掛けてくるかもしれない。気をつけろよ」
「でも元お姫様なんだろ?」
「関係ない。第二王妃ともなれば、目の前にすぐ第一王妃の座がある。嫉妬に駆られやすい立場だ」
「ふーん」
昨日、講義で寝る前にしつこくルードリーフから聞かされたんだけど、子供を先に産んだ人が第一王妃の座に位を上げることがあるそうだ。ドローシャの王は世襲制じゃないから絶対じゃないらしいんだけど、他国では必ず先に産んだ人が偉い立場になるらしい。ちなみに師匠は王妃だけど子どもがいないらしく、それでも第一王妃だったんだとか。結局は子供がいようといまいと最終的に王の判断で決まるらしい。だけどぶっちゃけどうでもいい。
で。
「なんで来るわけ?」
夜、何故かレオナードはいつも通りにあたしの部屋に来た。訊ねるとムッとレオナードは嫌な顔をする。
「俺の自由だ」
「いやいや、今日ローゼリアとの初夜だろ?普通は通うもんじゃねえの?そりゃあたしの時は違ったけどさ」
待ってるのに放っておかれるのって可哀そうじゃん。そう言ったらレオナードはますます不機嫌になる。・・・・怖いっ!
ドサッ
と乱暴にベットに投げられて、あたしは変な体制のまま寝転がった。続きは自主規制!
次の日。朝食を始めようとしたら、ローゼリアが部屋に駆け込んできた。髪を少々乱して息を切らしている。
「わたくしも、ご一緒させていただいていいかしらっ」
ほらみろ怒らせたじゃないか、とレオナードを睨んだけど無視された。ローゼリアは返事を待たず用意されてもない席に座る。侍女たちは慌てて彼女の分の食事も準備し始めたが、ものすごく嫌そうな顔をしていた。侍女は第二王妃にあまり好意的ではないのかな。最も、シルヴィオみたいに超睨んでいるわけではないので注意はしないけど。
「ヴィラ様、お飲み物はいかが致しましょう」
「適当でいいよ」
「では種湯をお飲みくださいませ」
「いや、それはちょっと・・・」
ほらほらほらほら、睨まれてるじゃん!ローゼリアの前で種湯なんて勧めないでよ!
レオナードは困っているあたしを見て、こっそり笑っていた。
こ ん の 野 郎 ! !
「種湯はいらない。ローゼリアが欲しいみたいだからあげたら?」
「では、ノースロップ産の紅茶にいたしましょう」
ローゼリアのくだりはスルーされた。食事に手をつけ始めると、ローゼリアはニコニコしてレオナードに話しかける。きっと昨夜のことで怒っているんだろうに、あたしには無理な芸当だ。
「陛下がお好きな色はなんですか?」
「・・・特にない」
「ではお好きな食べ物は?」
「・・・特にない」
うわぁ、レオナードものすごく嫌そう。ここまで人前で感情を露わにするのは珍しいかもしれない。
「ちゃんと答えろよ。まさか女の質問に答えられないほど甲斐性がないわけじゃないだろ?」
じとーっと恨めしそうに睨まれるけどフォローしてやんないよ。女を大切にしないレオナードが悪い。
「男らしい女に言われたくない」
「なんだよ、こっちこそ女々しい王様に言われたくねえ」
いつもの言い合いが始まり、ローゼリアは顔を真っ青にしてどうしようか悩んでいるようだ。確かにこの空気の悪さに慣れていないと困るかもね。
「わ、わたくし今日は城の中を見回りたいですわ。陛下、案内してくださいませんの?」
「侍女に頼めばいいだろう」
すがすがしいほどの一刀両断。仲良くするつもりはなかったけど、ちょっと可哀そうだったので代わりにあたしが案内してあげることにしよう。
初めて会ったとき、ローゼリアはヴィラの美しさに目を見開いた。彼女の前ではどんな美しい女性でも霞んでしまうほどの美貌、完璧に形造られた身体、男性の庇護欲を刺激する細く白い肢体。彼女の血色の良い唇がニッと三日月の形に変わったとき、背筋に悪寒が走るほどだった。
その夜陛下が来なかったことに苛立ちを覚えながら、翌朝噂通りの仲の悪さに驚きながら。そして何故かヴィラに城を案内してもらっているこの状況は、ものすごく不可解で誰かに説明を求めたい気持ちでいっぱいだった。
「東の庭園がね、ものすごく綺麗なんだ」
そんなのウソだ、とローゼリアは唇を噛みしめる。どんなに美しい華も緑も、彼女の前ではただの植物。美しさに視線を捕えて離さないのはヴィラだ。荒い口調も彼女が使えばそれすら上品に聞こえる。
ローゼリアが後宮入りしたのはレオナードの後継ぎを生むため。世襲制ではなく世継ぎに困ることはないが、王の子たちは神の加護を受けて優秀な者が生まれることが多い。そしていつもこの国を守り裏切ることのない存在はとても重宝されるのだ。しかし、今の状態では王妃に子が望めないだろうということでローゼリアに白羽の矢が立ったのである。
「エルヴィーラ王妃様は陛下のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
突然のローゼリアの問いに、ヴィラはカップを傾ける手を休めて顔を上げた。
「さあ、どうだろうね」
「・・・お嫌い、ではないのですか?」
首を傾げながら笑うヴィラ。ローゼリアは無意識に拳を握る。
「どうでもいいよ」
「え?」
「だって人の感情はものすごく複雑だからな。一言で表すなんてそれこそ無理だ」
少し離れたところでこちらを見ているシルヴィオの視線が痛かったが、では・・・とローゼリアは質問を続けた。
「もし、わたくしが陛下の最も大切な人になりたい・・・と言ったら・・・・?」
そのためにこの後宮へ来たのだ。だから、とローゼリアは俯いて様子を窺う。ヴィラは笑うのをやめ、そこに表情は一切無かった。
「なにそれ、宣戦布告ってやつ?」
「い・・・いえっ」
冷たく響いた声にローゼリアは慌てて否定の言葉を述べた。“宣戦布告”確かにこの言葉で合っているのかもしれない。ヴィラがレオナードのことをどう思っていようと、ローゼリアはそれだけの覚悟で来たのだと知ってほしかった。美しさでも力でもきっとヴィラには敵わない。それでも少しの可能性があるなら諦めたくはない、と。
「まあ、がんばれば?」
「は、はい、ありがとうございます・・・・・?」
語尾に疑問符をつけつつお礼を言う。魔女の第一王妃。彼女のことがよくわからないと思いながら。
レオナードのことをどう思っているか。
そんなのあたしが一番聞きたいさ。別に側室が来ても大丈夫・・・だと思ってたけど全然大丈夫じゃなかった。昨日ローゼリアが来ることを告げられた後、嫌で嫌で仕方なくて泣き喚いているところをシルヴィオに見つかった。彼は何も言わず慰めてくれたけど、相変わらず心は晴れない。
それは子どもの玩具を取り上げられたような感覚だ。たぶん恋とか、そんな可愛らしいものではないと思う。だってあたしは、百とレオナードを選べと言われたら迷わず百を選ぶから。
いつものように魂を飛ばして本体に戻ると、何故かレオナードの腕の中に居た。
「おかえり」
「あ・・・ただ・・・いま?」
レオナードは戸惑うあたしを不思議そうに覗きこむ。いつかレオナードはローゼリアにもその言葉を使うのだろうか。
い・・・いや、だ・・・。ものすごく嫌だ。なんだろうこれ、病気かな。
「どうした、どこか痛むのか?」
「・・・ううん」
だめだ、しっかりしなくちゃ。あたしにはやるべきことがある。そう思うのに心がどこか弱っているのか、レオナードの顔を見て挫けそうになる自分がいる。
不安をかき消そうとレオナードを抱きしめると、腰に回った手に力が籠って嬉しかった。
「あの女に何か言われたのか?」
「違うよ、久しぶりに城を歩き回ったから疲れた」
もう年かなって言うと、レオナードはクツクツと笑う。よかった、レオナードは何も変わらない。あたしも変わらなければきっと大丈夫だ。
いつもと変わらない証しが欲しくて、無意識に顔を上げればレオナードはすぐに意味を察してくれた。重なる唇から伝わる熱、背中を撫でてくれる大きな手。全てが今まで当たり前になってて、でも全然当たり前じゃなくて。
そんな顔でローゼリアに微笑むんだろうか。
こんな風に優しくキスするんだろうか。
――――無理だ、そんなの。
ドンッ
と厚い胸板を突き飛ばせば、レオナードはものすごく驚いた表情をしていた。あたしだって驚いたさ。まさかローゼリアに嫉妬するなんて。
「ヴィラ・・・?」
「・・・・・・ごめん」
苦しい。まるで身が切れるようにグサグサと突き刺さってくる何か。頭に血が上るような感覚。百のために無意識に退けていた感情が、溢れるように沸きあがる音がした。
でも。心の中で誰かの声が聞こえる。
―――――囚われては、だめ。不幸になるから。
「ごめん、なんでもない」
レオナードは何も言わず、静かにあたしを見る。怒ってもいないし、笑ってもいない。恐る恐る手を伸ばしてみたら、レオナードは静かに手を重ねてくれた。それがまた嬉しくて、一喜一憂する自分がバカみたいだ。
自分の不可解な行動で戸惑うあたしに、レオナードはものすごく優しく微笑んでくれた。もう一度その胸の中に飛び込んで、今度は隙間もないほどきつく抱き締めよう。