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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
13/66

第十二話 扉





みんなの前では何故かお互いいつも通りに遠慮なくズバズバと嫌味を言ってしまう。そのほうが楽だし接しやすいし、あたしはそれでいいと思うんだ。


けどね。


2人きりになった途端態度がコロッと変わるのは困る。心臓持たないから。


「んっ、午後の政務まだ終わってないんだろ?」


「ああ」


ただのフレンチキスで身体が熱くなる自分はバカだ。剣ダコの出来た大きな手で背中を撫でられる。ただでさえ忙しいのにいつ剣を握ってるんだろう。


「・・・っ・・・シルヴィオ戻ってきちゃうよ」


「まだ来ない」


仲が悪いはずのあたしたちなのに、昨日の夜からはすっかり様変わりしてしまった。お互いの気持ちが通じたとかそういう可愛らしい理由じゃなくて、たぶん吹っ切れたからなんだと思う。レオナードがどう思っているかは知らないけれど、少なくともあたしは“諦め”に近い感情だった。

ただ、不意に感じる幸せに似た暖かさと、見たことのない物に触れるような緊張はどこから来るんだろう。今でもこうやって、レオナードの指一本の動きだけで翻弄される自分が不可解だ。


「また夜に来る」


そう言い残してレオナードは自分の部屋に戻っていった。夜?ってことは昨日みたいなことするってこと?


ちょうどいいタイミングでシルヴィオが戻ってきた。たぶん足音に気づいたからレオナードが帰ったんだろうけど。


「ヴィラ様、お連れしました」


「うん」


扉を開けると銀色の髪にちょび髭を生やした懐かしい人物が満面の笑みで立っている。仕立て屋のレクサスさんだ。


「これはこれは王妃様、お久しゅうございます。相変わらずお美しい」


「お久しぶり」


今日仕立て屋さんを呼んだのはもちろん服を作ってもらうためだけど2つ理由がある。

ひとつは今まで普段着にしていた服はもともと師匠が王妃として城に居る時使っていたものらしく、まだ成長期のあたしの胸が窮屈になってきたから。これを期に衣装棚を一掃しようということになり、普段着を大量に発注するために呼んだ。

もうひとつの理由はもうすぐ剣技大会があり、そのドレスを作るため。一度公の場で着たドレスで出席するのは失礼にあたるそうなので、面倒だけど新しいものを用意することになった。


服を脱ごうとしてはた、と思いだす。


「シルヴィオ、恥ずかしいなら部屋の外で待ってて」


意味を察し赤くなった彼はそそくさと廊下の方へ出ていった。別にシルヴィオに下着姿を見られるのが恥ずかしかったわけじゃねえ。


レオナードがね、キスマークくっきり付けちゃったからね!


あんの野郎、今日のこと知っててつけたんならぶっ飛ばす。レクサスさんに見られるのは仕方ないと諦めてさっさと服を脱いだ。

案の定、レクサスさんはあたしの身体をまじまじと見ておやおやと呟く。


「見苦しくて悪いね」


「いいえ、仲睦まじきは国民にとってとても喜ばしいことでございます。悪い噂があるだけに、ね」


貴族通り越して国中にあたしたちの不仲は伝わっていたらしい。ちょっと恥ずかしいぞ。


「さて、採寸させていただきますっ」


レクサスさんは相変わらずのテンションであっという間に寸法を測っていった。嬉しそうに目をキラキラさせて、変態っぷりも健在だ。


「やはりバストが少し大きくなってますね!ウエストは逆に細くなったようで、ううむ、もう少し肉がついてもいいと思いますよっ」


「じゃあウエストは緩めにしといてくれ」


「畏まりましたっ!さて、今回のデザインはいかがいたしましょう」


剣技大会だから結婚式のドレスのようにゴテゴテしたものはあまり相応しくないだろう。できればスタイリッシュな感じで、スラッとしたものがいい。


「そうだな、今回はレース無しでいいや」


「かなりシンプルになると思いますが?」


「それでいい。代わりに身体の線を出して、丈は足首よりちょっと長め。腰のあたりからスリットをザックリ入れて。色は赤で素材は任せる。装飾は二の腕に太いブレスレット、首にブレスレットと似た形のチョーカー、それから顔上半分隠すためのマスク」


「ほお・・・これはまたミステリアスな!せっかくのお顔をまた隠されてよろしいのですか?」


「あまり出したくないんだ、今はね。普段着の方はレクサスさんに任せるから」


レクサスさんは満足してくれたみたいで、さっそく作りたいからと帰って行ってしまった。剣技大会・・・・ああ、めんどくさい。










仕立て屋が帰った後はあっという間に陽が落ちてしまった。最近肌寒くなってきて日が落ちる時間が早くなってきたようだ。

レオナードが忙しいらしいので一人で夕食を食べてシャワーを浴びた。いつもお風呂は侍女たちに任せているけど、キスマークがあるので今日は勘弁してもらう。


それからはすることがなくてベットの上で師匠の魔術書を読んでいた。けれどレオナードが「また夜に来る」って言ってたことが気になって、あたしの頭の中に本の内容は入ってこない。

夜っていつのことだろう。暗くなってすぐか、真夜中なのか、明け方なのか。


あたしの部屋には扉がある。レオナードの部屋へ繋がる扉が。最初は嫌で仕方なくて塞いでいたけど、やっぱり便利だから最近はよく使っていた。

あたしは意味もなくジッとその扉を見つめる。あの扉が開くとき、レオナードがやってくるんだろう。そう思ったら、ただの一枚の木の板が特別な気がした。


じーーーっと扉を見つめて、どれくらい時間が経っただろうか。だんだん自分のやってることがバカらしくなってきて、そもそも来るかどうかわからないレオナードを待つのはやめることにした。あたしは寝る、もう寝る。

きゅっと目を瞑って眠気を待つ。けれどやっぱり眠れそうもなくて上半身を起こした。


そうだ、そもそも色気たっぷりにあんなこと言われて眠れるはずがねぇ。安眠妨害だ。近所迷惑だ。あたし悪くねえよ。レオナードが悪い。

夜来るってなんだよ、新手の嫌がらせか?つまりあたしに待てと?ていうか待ってどうするんだあたし。・・・なんだこれ、振り回されてるのか?


あ″ーーーもう!わけわかんねえ!


眠れないのもあってだんだんイライラしてきて、おもむろに立ち上がると扉の前まで足を運んだ。拳に力を入れて思いっきり殴る。


「眠れるかバカヤロー!!!」


バキッ!ドオンッ!

と大きな音を立てて高価な木の板一枚は見事に壊れる。


けど。


壊した扉の向こうにレオナードが居て驚いた。てっきりまだ仕事してるかと思ってたのに。


「うわっ、いたのかよ」


予想以上に恥ずかしい。レオナードはプククと笑いを堪え切れない様子で、そりゃもう遠慮なく笑ってくれた。


ム カ ツ ク !


「もう寝る!こっちの部屋来るなよ!」


「そう言うな。せっかく来たんだ、おいで」


嫌だって言ったけどレオナードはお構いなしにソファをポンポンと叩いた。部屋まで来られても困るので、仕方なくあたしは指定された場所にドッカリと足を組んで座る。生地の良いソファが意外と心地よくて座りやすい。


「待たせて悪かったな、政務が長引いた」


「・・・あっそ」


良く見たらレオナードの茶髪は湿っていてお風呂上りだってわかった。

昼間の出来事を思い出したあたしは、隣にいるレオナードの首を両手で掴んで軽く締める。


「どうした?」


「てめぇ、今日仕立て屋来ることわかってて痕つけやがったな!」


キスマーク見られて恥ずかしかったんだからな。

ああ、と思い出したらしいレオナードは、あたしの手首を掴むと自分の首から剥がした。


「忘れてた」


「忘れんな、手配したのお前だろうが」


レオナードにまったく反省する様子はなく、あたしが睨むと身体ごと引き寄せられた。青い瞳に昼とは違った熱が灯る。重なった唇が温かい。


「・・・俺のものだ」


酷い。そう言われたら反論の余地がないじゃないか。

抗議するのは諦めて、あたしはただレオナードの熱に翻弄された。










「え、レオナードも剣技大会出るの?」


王様まで参加するなんて意外だ。

レオナードは大きな手をスルスルとあたしの肩に滑らせる。シーツが下がったので慌てて手繰り寄せた。


「普通は参加しないが、前の年の大会で勝ってしまったからな。前回の優勝者がトーナメントで勝ち上がった者と最後に対戦する方式なんだ」


うわぁ、バケモノだ。だってレオナードまだ27歳。この若さで9千年も剣を振り回してる相手に勝ったんだからやっぱり化け物並みに強い。剣技大会なんて面倒なだけだと思ってたけど、レオナードの試合が見られるのは楽しみだ。

レオナードの目が急に真剣になったので、思考を止めて青い瞳を見つめ返した。


「人の出入りが激しいと警備が手薄になる。気をつけろよ」


「ああ、うん。また何か仕掛けてくるみたいだしな」


「どこでそんな情報を手に入れてくるんだ、お前は」


「心配しなくていいよ。あたし魔女だから」


致死量の毒飲んでも死ななかったくらいだ。100人に襲いかかられても生き残る自信はある。


「敵に魔女がいても?」


「魔女?」


「そうだ。敵に魔女が居たらどうする?」


そうだなぁ、相手が呪術系得意だったら危ないかも。あたし呪術と占いは苦手だから。攻撃系の魔法は師匠も呆れるくらい得意だったけど。


「真正面から来たら負けないよ。でも遠くから狙われたらマズイかもな」


レオナードがあたしの背中を撫でながら考え込んだ。あたしのために一生懸命になってくれるのは嬉しいけど、あまり彼の仕事を増やしたくない。あたしのことは自分で守れるからいいんだ。心配なのは・・・


「レオナードこそ、気を付けなよ」


「俺が負けるとでも」


「いや、それはないと思う」


頬にキスしてあげたらチュッと水音が響いて、レオナードが嬉しそうに抱きしめてくれたからあたしも笑った。





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