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ヤンキーな魔女  作者: 伊川有子
本編
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第九話 憂鬱

祝福の杯に毒が入っていたことは公にしていなかったので、ニーナはゾロア教を信仰した罪で処刑することとなった。

城下町の広場に人だかりができ、これから行われる処刑を固唾を飲んで見守る。人々の視線の先には大きな木に括りつけられたニーナの姿があった。身体中に切り傷や殴られた跡があり、顔を真っ青にして今にも失神してしまいそうな様子だ。そんな彼女の周りには銀の鎧を着た兵士が取り囲むようにして集まり、一般人が必要以上に近づかないよう注意したり敵の襲撃がないか見張っている。

そんな物々しい様子は城からも見えていた。レオナードとアルフレット、そしてルードリーフが並んで眺めの良いバルコニーから処刑が無事に行われるかどうか監視している。


「奇妙だな」


口火を切ったのはレオナード。ええ、とルードリーフが頷いた。


「ニーナ・カトレアは異教徒ではないようだ。しかし魔女の命を狙った・・・ということは、カトレア財務長官の指示と考えられなくもないが、カトレア家は貴族ではない。どうせ魔女を殺したところで自分の娘を後宮に召しあげられるとは思っていなかっただろう」


だとしたら、何の為の犯行か。結局、ニーナは誰に命令されて毒を盛ったのか明かすことはなかった。


「まあなんにしても、カトレア財務官庁の肩身が狭くなるだろうな。娘亡した上に降格、醜聞もすぐに広まるだろうし。誰もが財務官庁が指示したことだと思うだろうさ」


アルフレットがため息交じりに言うと、今度はルードリーフが続ける。


「しかし考えてもみてください。暗殺に自分の娘を使う親がいますか?」


「いないな。すぐに足がつく」


「そうです。たとえ暗殺自体が成功しようと失敗しようと娘を危険にさらすうえ、捕まればまっ先に自分が疑われるんですから。それにニーナ・カトレアがあっさり自供したのも引っかかります。真実が明るみに出れば父親に迷惑がかかるとわかっていて隠そうともしなかったのですから」


「カトレア財務官庁の権力を削ぐための罠かもしれんな。もしくは、黒幕がゾロア教なんだろう」


レオナードが静かに言うと、ルードリーフとアルフレットは横目で彼の姿を見た。今から若い娘の処刑が行われるというのに、彼は無表情で同情の欠片も見当たらない。


それからは誰も口を開かなかった。兵士が松明に火をつけ、広場が騒がしくなったからだ。ニーナの足もとに油のようなものをバラ撒くと、松明を近づけただけで簡単に引火する。あっという間にニーナの姿は見えなくなり、赤い炎が広場の中心で煌々と燃えた。

10分ほど経つと火の勢いがなくなり徐々に消えていく。――――しかし。


「おい、どうなってるんだ!」


アルフレットが悲鳴にも似た怒号の声を上げた。木に括りつけていたはずのニーナの遺体は、黒焦げになって現れることなく忽然と姿を消したのだ。ルードリーフは驚きのあまり瞠目して口をあんぐり開けている。


「遺体が、ない?これは・・・一体どういうことでしょう・・・」


「・・・ふん、やってくれる」


鼻で笑ったレオナードの顔には厳しい表情が浮かんでいた。


「陛下?」


「この観衆の中誰かが手引きして助けだしたとは考えられない。答えは簡単なことだ。――――敵に魔女がいる」


戦慄が走った。そのレオナードの言葉は、まるで死刑宣告を受けたかのような恐怖と衝撃を覚えるのに十分なものだった。









「いるに決まってます!」


「いらねえって!必要ないじゃん」


「いります!だからエルヴィーラ様はダメなんですよ!」


なんだとー!?


「お前がルードリーフと議論を交わすなど・・・何事だ」


講義中なのにレオナードがやってきた。まあ、珍しいことじゃないけど。彼はものすごく不思議なものを見る目であたしを見る。一方ルードリーフは突然の来訪に焦ってキョロキョロと辺りを見回していた。


「んーとね、性交のときにキスがいるかいらないかって話してたんだけどー、ルードリーフはいるって言って聞かねえんだよ。レオナードもいらないって思うだろ?」


「エルヴィーラ様!」


「だから、しなくても差し支えなくない?」


「そうではなく!陛下の前でなんてことを!」


ルードリーフはまるで純情少年が初恋の相手に告白するときのように顔を真っ赤に染め上げている。


「なんだよ今更。さっきまでベットの中で男を悦ばせる方法とか延々と語ってたくせに」


「ヴィラ様!恥じらいをお持ちくださいませ!へ、へへへ陛下の前でございますよ!?」


ルードリーフはかなり取り乱した様子であたしを窘めるように叱る。レオナードはというと、ものすごくバカにしたような目であたしを見ていた。なんだよてめぇ、喧嘩売ってんのか?


「なにがそんなに恥ずかしいんだよ童貞じゃあるまいし」


あ、泡吹いて倒れた。

女のあたしに語るのは恥ずかしくないのに、レオナードの前じゃ恥ずかしいってことは・・・・・ルードリーフはレオナードに恋してるってことか?いや、それはないか。


「少しは落ち込んでいるかと思って来てみれば・・・」


「ん?落ち込むって?」


「お前のお気に入りの侍女が処刑されただろう」


あー、ニーナのことね。


「別にたいしたことじゃ・・・。ねー、シルヴィオ」


扉の前で控えていたシルヴィオは引きつった顔でコクコクと頷いた。彼は元殺し屋だからか、気配を消すことに長けていてとても静か。たまに居るのを忘れそうになる。


「お腹すいたから何か持ってきて」


「御意」


シルヴィオが部屋から出ていったところでため息を吐くと、先ほどの続きを話し始めた。


「ここのところ襲撃が多くなってる」


「特に報告は受けていないが?」


「襲撃受ける前にシルヴィオに始末させてるから。祝福の杯の件はただの一部にすぎない。毒を盛られそうになったことはこれまでも何度かあったし、ずっと何かに見張られてる気がしてたから」


レオナードは目を細めると考え込むような仕草をする。


「異教徒だと思うか?」


「貴族が娘を後宮に送るためにやってるわけじゃないだろ」


「なぜ?」


「あたしを殺しても運よく娘を王の寵妃にできるとは限らないし、バレたら自分が失脚するんだから。リスクが高すぎる。それにあたし魔女だぞ?敵に回したら後が怖いからな」


「・・・そうか。いずれにせよ、自分の身を守るために少しは考えて行動するんだな」


「うーん・・・」


注意しろ気をつけろってよく言われるけど、どこから襲ってくるかわからない敵を相手にどう注意すればいいのかわからない。まあだから気をつけろってことなんだろうけど。

レオナードと話しているうちに倒れていたルードリーフが生き返った。顔が真っ青だけど大丈夫かな。


「エルヴィーラ様ぁ!!」


むくっと起き上がった瞬間彼は大きな声を出した。そんなお化けが出たーみたいな言い方をしないでほしい。


「なんだよ」


「ど、どんな教育を受けたんですか!あんなことを陛下の前で・・・破廉恥な!親の顔が見てみたいです!」


顔面を殴られたような衝撃を覚えた。慌てて平静を繕う。


「・・・あたし今から魔術の練習するから、部屋から出てって」


「え・・・」


「師匠から学んだのって3年だけなんだよ。まだできないことのほうが多くて・・・練習しないと」


レオナードとルードリーフの腕を掴むと、無理やり扉の前まで引っ張って来て部屋の外に押しやった。扉を閉めるとため息を吐いて頭を抱える。


「明らさますぎたかな・・・」


誰もいなくなった部屋は妙に静かで、疲れた体をベットに横たえると意識が沈めるのに時間はかからなかった。










あれからルードリーフはすっかり落ち込んでしまった。肩を落として項垂れる彼を励ますのはやはりアルフレット。


「落ち込まないでくださいよー、魔女さんも特にルードリーフさんを避けてるわけじゃないんですから」


ヴィラはあれから態度を豹変させた。地図を見て唸っていることが多くなり、ピリピリとした雰囲気を纏うようになった。死んだように眠る回数も時間も増え、ワケのわからないことをぶつぶつと呟くようになった。あれほど楽しそうにしていたお茶会も、最近はしていないようだ。

いつもハツラツとして活発だった彼女に元気がなくなると、こっちの調子が大きく狂ってしまう。それはレオナードも例外ではないようで、遠目にヴィラの様子を気にかけているようだった。


「いえ、わたしの所為です・・・。わたしがエルヴィーラ様の地雷を踏むようなこと言ったから・・・」


“親の顔が見たい”と言った時、明らかにヴィラは顔を引きつらせていた。ヴィラが奇行に走るようになったのもあの時からだ。


「あんな表情なさっているの、初めて見ました」


傷ついたようなショックを受けたような、そんな表情だった。一瞬しか見せなかったけれど、あの顔は今でもルードリーフの頭の中に焼きついて離れない。

アルフレットは眉を八の字にしてルードリーフの顔を覗き込む。すっかり気落ちした様子の彼にかける言葉が見つからず、アルフレットは一生懸命慰めの言葉を探した。


「まあ、陛下ももう少し様子を見るように言ってますから、今は見守りましょ。オレたちにできることはないし、魔女さんは強い人ですから」


そのうち元の元気なヴィラに戻ることを祈って。ルードリーフは頷くと、教科書を片手に講義のためヴィラの部屋へ向かった。









レオナードとの食事中、ヴィラの手は止まっていた。眠そうにコクコクと船を漕ぎながら目を閉じている。


「寝るな、きちんと食べろ」


「うーん・・・眠い・・・」


フォークを掴んで口に運んだものの、再び手は止まってしまった。レオナードの眉間に皺が寄る。


「そうか、そんなに食べさせてほしいのか」


「は?いや、ちょっと待て、誰もそんなこと言ってねえよ!」


「じゃあ自分で食べろ」


ヴィラは不満そうにむーっと唇と尖らせると、しぶしぶといった様子で食事を始めた。最近はろくに食べていなかったようなので、レオナードも控えているシルヴィオも心配そうに見ている。


「おいしいけどちょっと固いや」


「何か食べやすいものを用意させようか」


「いいよ。やめて、レオナードが優しいと気持ち悪い」


ピキッ

と額に青筋が浮かんだ。しかし怒鳴ることはせず、息を大きく吐いて怒りを誤魔化す。


「お前に元気がないと、調子が狂うヤツが多いらしい」


「ん?」


「ルードリーフがすっかり痩せた。アルフレットは最近あまり冗談を言わなくなった。シルヴィオはいつも心配そうにお前の様子を窺ってる。侍女たちは泣きそうな顔をしてお前に元気がないのは何故か聞いてくる」


ヴィラは目をぱちくりさせて青い瞳を見つめ返した。自分のことで必死すぎて周りの変化に気付かなかったらしい。


「何をしているかは聞かないが、あまり周りに心配をかけるな」


「・・・うん」


「それに元気がないお前は気持ち悪い」


「ひどっ」


「さっきの仕返しだ」


レオナードがクツクツと笑うと、少しだけヴィラの表情が和らいだ。





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