プロローグ
ぽかぽか陽気のある日のこと。
鍋を一心不乱にかき混ぜていたあたしに、師匠が重々しく口を開いた。
「ヴィラ、お主の結婚が決まったぞえ」
思わず手が止まる。そりゃ驚くって、あたしまだ18だぞ?結婚?―――――ありえねぇ。
「ムリムリムリ」
「決定事項じゃからの、お主に拒否権などないわっ」
今年で7千歳ちょっとになるはずの美人な女がほーっほっほと高笑い。キモイって言ったら殺されそうだから言わねえ。
「拒否権はなくても人権ならあるはずだろ?」
「魔女に人権などなかろう」
黒いマントを着た“魔女”な格好をした師匠。彼女は見た目の通り魔女なのだ。しかもかなりの頑固者だ。言い出したら聞かない性格だから、今回の結婚話もきっとなかったことにはしてくれないだろう・・・・・残念なことに。
あたしはエルヴィーラこと紀藤恵理。日本生まれの日本育ちの日本人だ。
3年前、両親との不仲を理由に実家を飛び出した時、突然なんの前触れもなくこの世界にやって来た。家族も友達も知り合いすらいないこの世界で、盗賊と戦い、野生の獣と戦い、まあなんとかタフに生きていたんだけど、ある日精根尽き果てて倒れたところを運よく魔女に拾ってもらった。それ以来その魔女に弟子入りして魔術を学んでいる。
師匠には助けてもらった恩があるから恩返しできればあたしも嬉しいさ。しかし、今回の結婚はちょっとムリだ。だって相手の顔も名前も知らねえし。
「ヤダヨーアタシシャイダモノ」
「棒読みで訴えられても説得力ないわい」
あたしは再び鍋をかき混ぜながら師匠を睨んだ。彼女の赤い瞳がキラリと光る。
「相手はこの国で一番のお金持ちだえ?」
「えっ貴族?」
「うんにゃ、国王」
「嘘だ」
「嘘ではないよ」
やめてくれ、なんの冗談だ。
信じられなくて頭をぶるぶると横に振ってみるが、師匠はマジらしく表情は至って真剣だった。
「あたしこの世界のこと魔術以外さっぱりわかんないし、そのこと師匠だって知ってるだろ?そんな無知なあたしを政治の中枢に放り込んだら・・・・狼の群れの中の羊じゃないか。」
必死に声を上げて説得してみるが、何度見ても7千歳だなんて信じられないくらい美しい師匠に手ごたえはなし。
「決まったことは変えられぬよ」
「あたしには相手を選ぶ自由もないのか!」
「ないのう」
えええええええ。なんか後には引けません的なオーラを発してんぞ師匠。決まりか?決まりなのか!?
「なんで!?」
精一杯に返答を探してもこんな言葉しか思いつかない。
「ふむ、まあこの国では国王に魔女が嫁ぐのが慣行であるから・・・」
「じゃああたし以外の女捜せ!他に居るだろ!?だろ!?」
「落ち着け、液体が鍋から零れておるぞえ。今この世界に国王と同じ年頃の魔女などヴィラ以外におらぬ」
「そんなに魔女って少ねぇの!?」
あたしも魔女になれたから誰でもなれるもんだと思ってたのに。
「魔女はこの国にしかおらぬ。神の采配か知らぬがの。国中の魔女をかき集めてもせいぜい10人程度じゃろう」
少なっ!
「じゃ、じゃあ師匠が結婚すればいいじゃねえか!ほら、国王だろ?師匠の大好きなお金!宝石!フィーバー!」
「何をわけのわからぬことを言っておる。もうわらわは前国王と結婚しとるわっ。・・・鍋が噴き出しておる、火を止めんか」
えええええええええええ、ずっと師匠は独身だと思ってたのに。なにそれ初耳。
「わらわに弟子入りした以上仕方なかろうのう。せいぜい幸せにおなり」
無理!!!