客先の派遣社員
俺(佐藤 一郎) ・・ プログラマー(30歳)
鈴木さん(鈴木 ミドリ) ・・ 派遣社員(23歳)
二人の甘々な世界。
「んがーーーーーーーーー!!」
俺の叫び声で、同僚達が集まってくる。
「どうした?」
「判らない。ツールがエラー吐く」
「昨日まで大丈夫だったろ?」
「うん。取り敢えず、これからデバッグする。すいません、リーダー。お客様に遅れる旨、伝えてください」
「OK。急いでデバッグして」
「はい」
俺はお客様のオフィスで、あるシステムのデータベースの移行作業を行っている。明日が移行予定日で、今日は「最終テスト」の予定。今日のチェック結果で、移行のGo/NoGoの判断がくだされる。これまで、部分的なテストを何度も行い、擬似環境でのテストもOKだった。今日の「最終テスト」は、ほぼ「セレモニー」になるはずだった。それなのに、この土壇場でエラーが出た。「なぜなんだ?」ソースとの格闘が始まった。
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エラーの原因はあっさりと判った。「誤字」だ。今のデータベースは一部のデータを「文字列」として持っている。その「文字列」をテーブル化し、テーブルの番号をデータベースに格納する、という方法に変更することになっていた。今日の昼間、「文字列」を入力した誰かが、入力ミスをしたらしい。
お客様の業務の都合上、日中はシステムを止められないので、作業は夜行っている。原因が判り、お客様の担当者に対応策を提示し、ツールの修正とデバッグを終えてから「最終テスト」を行った。終わったのは、朝だった。
ちょっと休憩して、移行日の作業に入る。バタバタと作業に追われていると、入力作業を行っている部署の責任者と若い女性が俺のところにきた。若い女性はもう涙目。お客様の担当者が、入力作業を行っている部署に「公式に抗議」を行ったらしい。まあ、当たり前だ。
「御迷惑お掛けしました。この子が入力を間違えたそうです」
責任者はなんか他人事みたいに言うが、入力作業は、ダブルチェック、トリプルチェックは当たり前。(あなた方の仕事の体制に問題があるんじゃないですか?)喉元まで出掛かったが、それをグッと堪えた。
「間違いは誰にでもありますから。「最終テスト」で見つかって良かったです」
大人の対応をした俺。
「じゃあ、お詫びにデート1回ですね」
と冗談で話を終わらせた。こっちは忙しい。
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無事に移行作業が終わったが、万が一のために、俺は、しばらくお客様のオフィスに詰めることになっていた。お借りしているデスクで片付けをしていると、若い女性がやって来た。
「佐藤さん、先日は御迷惑をお掛けしました」
(誰だっけ?)咄嗟に何のことか判らない。
「え、どちら様でしたっけ?」
相手が若い女性なので、軽い対応をした。
「あの・・鈴木と申します。・・・あの・・・入力ミスを」
「ああ、あの時の。何か問題でも?」
「いえ・・あの時、ちゃんとお詫びが出来なかったので、改めてお詫びに参りました」
よっぽど叱られたんだろう、怯えた子猫みたいな顔をしている。首から下げているIDカードの色は派遣社員。「鈴木 ミドリ」と書いてある。
「ああ、もう済んだことですし、結果として何も問題が起きなかったんですから、お気になさらないでください」
(あなたのせいで徹夜だったんだよ)営業スマイルで心にも無いことを言った。ちょっとほっとした様な顔。よく見ればちょっと可愛い。(食べちゃおうかな?)悪い考えが浮かぶ。
「年長者として1つアドバイス」
「何でしょう?」
「入力したら、必ず周りの人に確認して貰って」
「はい!これからは気を付けます」
「じゃあ、これで。ごめん、やることあるから」
話を終わらせようとした。
「あの・・デート1回というのは?」
「ああ、あれは冗談ですよ」
なぜか残念そうな鈴木さん。
「あの・・それじゃ申し訳無いので、宜しかったら・・デート・・お願いします」
「そうですか?それじゃ、ご飯食べに行きましょう。後でメールください。私のメールアドレスは御存知ですか?」
「はい、グループ内で、回覧されています」
(おいおい、回覧されているのかよ、俺ってもしかして人質?)
「じゃあ、御都合の良い時をメールしてください」
「はい、よろしくお願いします」
最後は少し笑顔になった鈴木さん。何度も頭を下げて戻っていった。
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鈴木さんから速攻でメールが来たので約束した。約束の時間、鈴木さんはちょっとおしゃれして来た。
「おしゃれですね」
「えっ・・恥ずかしいです」
嬉しそうな鈴木さん。若い女の子なので「ステーキ」いう訳にはいかないだろう。無難に和食の店にした。
「まあ、おしゃれなお店ですね?」
「ええ、たまに軽い接待で使うお店です。鈴木さんのお好みが判らなかったので、和食にしました」
「こういうお店、お詳しいんですか?」
「まあ、仕事柄、色々なお客様とお付き合いがありますから」
「そうですか。パソコンの前だけじゃないんですね」
「まあ。それより鈴木さん、何を召し上がりますか?」
「あ・・そうですね。わあ・・・どうしよう」
メニューを見て悩んでいる鈴木さん。
食事をしながら、色々な話をした。すっかり打ち解けたので、敬語は止めた。
「さっきの「パソコンの前だけじゃない」だけど」
「はい?」
「こういったお店詳しいって」
「ああ、はい」
「「良い仕事は良い人間関係から」だから」
「そうなんですか?」
「うん、「使うお客様に喜んで貰えるものが、良い製品」と思ってるんだ」
「あっ、そうですね」
「こういう場所で雑談交えながらお客様の御要望を聞き出すんだ」
「ああ、そうか・・そうですね」
「ふふ、タメ口で良いよ」
「え・・うん」
「せっかくのご飯だから楽しく話そう」
「うん」
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「でね、〇〇さんが怒ったの」
「それはひどいな」
「でしょ、あたし、来たばっかりで良く判らないって言ったのに」
「そうだね。そばに付いていて欲しいよね」
「うん。それであたしのせいなんて、ひどいの」
少しお酒がはいったせいか、鈴木さん、愚痴をこぼし始めた。こういった現場の不満を上手に拾い上げてシステムに生かす、それが重要なんだ。やっぱり「体制に問題あり」だ。
俺にすっかり気を許している様なので、会計前にメールアドレス交換を提案してみた。
「鈴木さん、楽しかった。また、会わない」
「うん!あたしも楽しかった。また誘って」
「ああ。プライベートのメールアドレス交換しない」
「うん」
会計はもちろん俺が出した。
「えー、自分の分は出します」
「年上の男には奢って貰うの」
「えー、良いんですか」
「うんうん。任せなさい」
「はーい、ごちそうさまでした」
「どう、いたまして」
「あっ、ふふふ」
ずいぶん打ち解けた。「怯えた子猫」が「可愛い子猫」に変わった。
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それから、たわいもないことで、毎日の様にメールがくる。気遣いの出来る子なのか、メールのタイミングが良い。忙しい時間帯は避けてくれている。(意外に出来る子かな?)鈴木さんを見直した。「また会いたい」という気持ちがメールから伝わってくるので、食べたいものを聞いてから、ご飯に誘った。
「あー、ここ、来てみたかったの」
「おいしいよ。鈴木さんが気に入るといいな」
「うそー、びっくり。佐藤さん、本当に詳しいのね」
「ははは」
現場の女性社員の本音を引き出すには、おしゃれなお店が一番良い。しっかり調べるのも仕事のうちなんだ。
「でね、□□さんが優しく教えてくれたの」
「それはよかったね」
「うん。□□さんのおかげで、仕事がスムーズに出来るようになったの」
「そうだね。でも、鈴木さん、実力もあるんじゃない」
「えーー、あたしなんか全然ダメダメです」
「いやいや、鈴木さん、「出来る子」だよ」
「もう!佐藤さん、褒め過ぎ」
ちょっと照れた顔も可愛い。
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店を出た後、呑みに誘ってみる。
「まだ時間大丈夫?」
「うん」
「ちょっと呑まない?」
「えー・・・うん、ちょっとだけなら」
「近くにおしゃれなお店があるから」
「うん」
並んで歩くと距離が近い。そっと手を取ると、恥ずかしそうに俺を見て、俺の腕に自分の腕を絡ませる。
「手をつなぐのは恥ずかしい」
「腕ならいいの?」
「うん・・大人な感じだから」
確かに手を繋いで歩くのは恥ずかしいかな。
かしこまっていない、カジュアルなバーへ入る。2人とも軽いお酒を飲む。
「鈴木さん、呑めるの?」
「ううん、お付き合い程度」
「そうか・・じゃあ、このお店で良かったね」
「うん!ちょっとだけ、おしゃれに呑む、って感じよね。素敵。佐藤さん、本当に詳しいのね」
「まあね」
ちょっと酔ってきたのか、ほんのり赤くなって、潤んだ瞳でおれを見ている鈴木さん。耳元で囁く。
「休んでく?」
小さく頷く鈴木さん。
・・・・・・・
添い寝して、鈴木さんを抱き寄せる。気怠そうな顔がとてもセクシー。
「やっぱり、鈴木さん、「出来る子」だよ」
「いゃーーん、ヘンなこと、言わないで」
「本当だよ。また会ってくれる?」
「うん。佐藤さん、素敵」
「鈴木さん、綺麗だよ」
「もう、佐藤さん、口がうまい。メロメロ」
俺の胸に顔をこすり付けてくる鈴木さん。やっぱり可愛い。
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それから何回もデートした。手を握り合って歩く様になった。
・・・・・・・
鈴木さんはすっかり綺麗になり、仕事も順調の様だった。
「鈴木さん、仕事が早いね」
お客様のオフィスで褒められている鈴木さんをみると、俺まで嬉しくなった。
とうとう、俺が「人質」から解放されることになった。お客様が「お疲れ様会」を開いてくれた。鈴木さんは別部署なので、参加出来なかったが、挨拶に来てくれた。ちょっと寂しそうだったが「何かあったら駆けつけます」と慰めた。
それから2人だけの「お疲れ様会」をした。
・・・・・・・
添い寝して、鈴木さんを抱き寄せる。すっかり「女」の顔。
「やっぱり、鈴木さん、「出来る子」だった」
「いゃーーん、佐藤さんのお陰。佐藤さん、素敵」
「鈴木さん、綺麗だよ」
「もう、佐藤さん、相変わらず口がうまい。また会ってね」
俺の胸に顔をこすり付けてくる鈴木さん。やっぱり可愛い。
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今、鈴木さんは俺の腕の中で寝ている。可愛い寝顔。そっと額にキスをする。
鈴木さんの入力ミスは「私服」ではなく「至福」だった。俺に「至福」をくれた。