5話 花嫁候補者
「あれ、何してたんだっけ…?」
時計を見ると19時ちょうどを指している。たしか今日は高校の入学式があって、それから帰ってきて…なんか色々と曖昧だ。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう…?」
「桜たち、お兄ちゃんの花嫁を探すために過去に戻ってきたんだよ」
「花嫁…探し!そうだった!」
桜の言葉で記憶が鮮明になる。俺は将来の花嫁を探すために桜、翠とともに博士の発明したポイファでタイムリープしたんだった。
「翠は?」
「翠ちゃんはお風呂に入ってくるって。これからはこの家で一緒に暮らすみたい」
「暮らすっつったって部屋はないぞ?寝るときとかどうするんだ?」
「それは問題ないわ」
桜と話していると、風呂上がりの翠が髪をタオルでわしゃわしゃしながらパジャマ姿でリビングに戻ってきた。シャンプーとかも持参しているのだろうか、俺や桜とは違うほのかに甘い良い匂いがする。
「問題ないというと?」
「私がパパの部屋で一緒に寝ればいいのよ」
「それはだめっ!!お兄ちゃんは健全な男子高校生だよ?翠ちゃんは桜の部屋で寝て!私がお兄ちゃんの部屋で一緒に寝るから!」
「俺も一緒に寝るのはどうかと思うぞ…」
「いや、桜ちゃんと寝る方が事案でしょ。桜ちゃんとは兄妹といっても血は繋がってないんだから桜ちゃんが花嫁候補の可能性も全然あるわけ。私は血も繋がってるんだし、なにより親子よ。襲われたりなんてしないわ」
「どうなのお兄ちゃん?」
言われてみると、翠は美人で可愛いとは思うが、それは異性としてではない。同じ家族に向ける感情な気がする。今でも信じ難いが、やっぱり翠は俺の娘なのだろう。見えない部分で繋がりを感じる。
「たしかに襲わない自信はある。でもそれだと桜が心配するし、俺だって翠を完全に信用した訳じゃない。かといって桜と2人きりで寝るのもどうかと思う。だから俺は1人で寝るし、桜と翠が一緒に」
「「それはいや!!」」
「なんでだよ!?」
「桜ちゃんは極度のブラコンよ。パパと血の繋がった私に嫉妬して私が寝ている隙に色々と悪戯されそうで不安で眠れないわ」
「流石にそこまではしないと思うが…」
「そ、そうだよ!」
絶対にないと言い切れないのが悔しい。
「桜もお兄ちゃんと一緒で翠ちゃんと一緒に寝るのは、まだちょっとこわいかな。それに、お兄ちゃんと寝たいし((ボソッ」
「最後単なる欲望が聞こえた気もするが」
「き、気のせいだよー」
結局桜と翠双方の納得により、暫くは俺の部屋に桜のベッドを持ってきて、俺のベッドとくっつけてそこで俺をはさんで3人で寝ることになった。絵面的には1番良くない気がするのは気のせいだと思いたい。
「それで、手紙に書かれている6人の名前を確認したいんだが」
「そうね、ちょっと待ちなさい」
翠がリュックの中を探し始めた。
「1つ言っときたいんだが、パパって呼ぶのはやめてくれないか?」
「そうね、2人の前でならともかく、四季高とかでパパって呼ぶのは良くないものね」
「そうそう…ってお前俺と同じ学校来るの??」
「逆にいかないとでも?私は花嫁探しに全力を尽くすつもりよ」
「でもそれと学校は関係ないだろ」
「大アリでしょ。わざわざ入学式の日に行かせるなんて、そうとしか思えないわ。だから、これからはパパじゃなくて現斗って呼ぶわね」
翠の言う通り、入学式の日に戻ったのは四季波高校に花嫁候補者がいるのかもしれない。
「あ、あったわ」
「よし、開いてみるぞ」
「私の名前がありますよーに…」
俺が開くようにと翠から手紙を渡される。この紙を開くと俺の花嫁候補であろう人の名前が書かれていると思うとすげー緊張してきた。
紛らわすためにゆっくり深呼吸。よし。
「せいっ!」
勢いよく開いた手紙には博士の言っていた通りの内容と、その下に番号が振られた6人の名前が書かれていた
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1.佐倉 桜
2.冬野 柚子
3.鳴香 イオ
4.鳴香 ミオ
5.紫空葵 恋羽
6.夢芽乃 がう
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「うん。1と2はないな」
「お兄ちゃん!!?」
「桜ちゃんはまあ、分かるけど2の人はなんで違うと言い切れるの?」
「 …柚子とは過去に戻る前の今日まで付き合ってた。そして過去に戻る前の今日振られた。ただそんだけだ」
「お兄ちゃん彼女いたの?!桜初耳なんですけど!!」
「でもそれって過去をやり直す前の話じゃん。それなら別れた事実どころか、付き合ってたことすらリセットされてるからどうとでもなるわ」
「リセットか…」
別れたことが無いことになったと同時に、付き合っていた頃の思い出も全部無かったことになる訳だ。しかも今は状況が状況だ。俺だけの恋じゃない。翠の命がかかってるんだ。もしかするとあの頃ほど親密になることはないかもしれない。
「まあ、色々思うところはあるだろうけど、他の人は知らないの?」
「鳴香イオとは同じクラスだった気がする。夢芽乃がうは何か聞いたことあるな…」
「鳴香ミオと紫空葵恋羽は?」
「知らないな。ただ、鳴香イオは双子だという話を聞いた覚えがある。苗字的に十中八九ミオと双子だろうな」
「イオの方とはどんな関係だったの?」
「一言も話したこと…いや、入学式の次の日に1回だけうざ絡みされて、本読んでたから無視したらつまんね的なこと言って帰ってって、それから話してないな」
「とても良いとはいえない関係だったみたいね」
「俺に人間関係は期待しないでくれ。自慢じゃないが学校で気軽に話せるやつは柚子と幼なじみの友達だけだぞ」
「本当に自慢じゃないし、柚子さんとの関係もリセット、今じゃ話せるのは1人だけじゃない」
「お兄ちゃん、クラスの事が嫌いっていうか、興味が無さそうだもんね」
「流石は俺の妹だ。よく分かってるじゃないか」
「だからこそ、彼女がいた事を見抜けなかったのが悔しいのです…」
それって、遠回しに俺には彼女なんてできないと思ってたって言ってるように聞こえるのは気のせいか?
「私は3日後、転校という形で現斗と同じ学年に入るわ。それまでに、ここに書かれている人と知り合っておくよーに」
「おいおい、陽キャにも陰キャにも属せない無の俺には流石にハードル高すぎるぞ」
「今は入学式を行ったばかり。あなたのキャラはまだ確立されてないわ。こういうのはスタートが肝心なのよ」
「はあ。で、桜はどうするんだ。中学は不登校だったし、家で家事でもしてるのか?」
「桜も四季波高校に通うよ」
「え?でも今のお前は中学3年生になったところだぞ」
「その点は安心したまえ」
「うわあっ?!」
俺のポケットに入ってたポイファが話し出す。どうやら電源を入れたままだったみたいだ。口調的に博士のメモだろう。
「桜君には四季波高校に通ってもらう。花嫁探しに協力してもらう為にね」
「でも桜はまだ中学3年生になったばかりで…」
「手続きはもう済ませてある。全力でサポートすると言っただろ。なあに、年齢詐称と過去の改ざんくらい私にとって容易い事さ…ククク…」
ドヤ顔で言ってるのが想像できるが、良くないことだということだけは分かる。ていうかもしバレたら絶対俺が疑われるだろ。まじ頼むぞ未来の技術…。俺は心の中で祈った。
「ともあれもういい時間だわ。ご飯食べて、お風呂に入って、寝て、明日に備えましょ」
時計を見ると20時を過ぎている。翠の言う通り俺たちは食事と風呂を済ませ、ベッドをくっつけて3人で寝た。最初は全然落ち着けなかったが、これも家族の力なのか、談笑してるうちに自分でも驚くくらい心地よく感じて、この日はぐっすり眠った。