表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

5分で読めるSS 「まどろみの味」

作者: 文海マヤ

三つのキーワードから生まれるショートショート。

キーワード

「喪服」「コーヒー」「胡蝶蘭」


※別名義Twitterに掲載したものの改稿版になります。

 ――苦い。


 舌先をピリリと裂いた苦味と酸味に、私は(にわか)に眉を寄せた。


 鼻を抜ける香ばしい香りは好きだが、同時に胸の奥の痛みが、私を微睡みから引き上げる。


「黒は自分を探す色なんだ、誰もがみんな、何かを探している」


 いつも真っ黒な服を好んで着ていた君は、いつかそんなことを呟いていた。


 雨が上がったあとの、蒸し暑いテラス席だったか。じんわりと肌の内側から(にじ)み出してきた湿気に、眉をひそめたのを覚えている。


「誰もがね、自分自身であることに不安を抱いているんだ。無は白ではなくて黒であるべきで、そういう意味では色ですらないんだよ」


「……また、難しいことを言って、私を煙に巻こうとしていない?」


 私はいつもの調子の君に、少しだけ棘のある言葉を投げかけた。

 何か、大切なことを訊いたときの、返答がこれだったのだ。


 もう私の質問も、どんな気持ちだったのかも覚えてはいないが、じんわりと画用紙の端を色水に浸したような感覚だったことだけは、どうにか忘れずにいられた。


「そんなことはないよ」君は困ったようにはにかんだ。

「でも、思うんだ。二つが一つになることはなくて、ただ人間は誰しも、別の生き物なんだよ」


 別の生き物、だから。

 私は君がわからなくて。

 君は私がわからない。


 見る色も、聞く音も、触れた感触も、舌に触る、熱さや味だって、きっと違うものなのだ。


 だから、君はこの場を、こう締めくくったのだろう。


「君が君を見つけられますように。思い出のどこかに、この苦味がありますように」


 君が亡くなる、二日前のことだった。



 呆気なく、君は真っ白に焼け落ちた。


 理由は、最後まで知らなかった。誰も話してはくれなかった。


 なんの皮肉か、誰もが君の(とむら)いに黒の装いで駆けつけた。白の胡蝶蘭(こちょうらん)に囲まれた君だけが、奇妙に浮いているようですらあった。


 幸あれと、祈ることもできないままで、私は目を背けたのだ。


 ふと、視線を上げた。


 淀んだ色の空は、今にも機嫌を損ねそうだった。私が君を思い出したのが、そんなに気に入らなかったのだろうか。


 それでも、こればかりは手放すわけにはいかない。


 私は、もう一度。もう一度と口に含む。


 ――苦味は、何度でも私を苛んでくれるから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ