5分で読めるSS 「まどろみの味」
三つのキーワードから生まれるショートショート。
キーワード
「喪服」「コーヒー」「胡蝶蘭」
※別名義Twitterに掲載したものの改稿版になります。
――苦い。
舌先をピリリと裂いた苦味と酸味に、私は俄に眉を寄せた。
鼻を抜ける香ばしい香りは好きだが、同時に胸の奥の痛みが、私を微睡みから引き上げる。
「黒は自分を探す色なんだ、誰もがみんな、何かを探している」
いつも真っ黒な服を好んで着ていた君は、いつかそんなことを呟いていた。
雨が上がったあとの、蒸し暑いテラス席だったか。じんわりと肌の内側から滲み出してきた湿気に、眉をひそめたのを覚えている。
「誰もがね、自分自身であることに不安を抱いているんだ。無は白ではなくて黒であるべきで、そういう意味では色ですらないんだよ」
「……また、難しいことを言って、私を煙に巻こうとしていない?」
私はいつもの調子の君に、少しだけ棘のある言葉を投げかけた。
何か、大切なことを訊いたときの、返答がこれだったのだ。
もう私の質問も、どんな気持ちだったのかも覚えてはいないが、じんわりと画用紙の端を色水に浸したような感覚だったことだけは、どうにか忘れずにいられた。
「そんなことはないよ」君は困ったようにはにかんだ。
「でも、思うんだ。二つが一つになることはなくて、ただ人間は誰しも、別の生き物なんだよ」
別の生き物、だから。
私は君がわからなくて。
君は私がわからない。
見る色も、聞く音も、触れた感触も、舌に触る、熱さや味だって、きっと違うものなのだ。
だから、君はこの場を、こう締めくくったのだろう。
「君が君を見つけられますように。思い出のどこかに、この苦味がありますように」
君が亡くなる、二日前のことだった。
呆気なく、君は真っ白に焼け落ちた。
理由は、最後まで知らなかった。誰も話してはくれなかった。
なんの皮肉か、誰もが君の弔いに黒の装いで駆けつけた。白の胡蝶蘭に囲まれた君だけが、奇妙に浮いているようですらあった。
幸あれと、祈ることもできないままで、私は目を背けたのだ。
ふと、視線を上げた。
淀んだ色の空は、今にも機嫌を損ねそうだった。私が君を思い出したのが、そんなに気に入らなかったのだろうか。
それでも、こればかりは手放すわけにはいかない。
私は、もう一度。もう一度と口に含む。
――苦味は、何度でも私を苛んでくれるから。