忍び寄る影
日曜の夜十一時、なずなはようやく部屋の電気を消そうとする。しかし、ふと何かが走ったような気がして、辺りを見渡す。勉強机と、制服のかかったハンガー、本棚、一人掛けのソファー、ベッド…。いつもと変わらない風景。
カーテンは閉めてあるし、学校用のリュックが空いているので、取り敢えずチャックを閉める。
何か問題はなそうだ。気のせいかと、電気を消して布団に潜る。
「明日は…転校生が来るんだっけ?」
なずなは、金曜日の帰りを思い出す。
「転校生…?」
なずなは、帰りに職員室に来るよう担任の山野から呼び出されていた。山野はいかにも、優男と言う感じで、何処か頼りない男だ。
眼鏡をかけ、短髪でまだ二十代である。
しかし、あまり大人と言う感じがせず、生徒からは歳の近い親戚のお兄ちゃんみたいだと人気がある。
「そうなんだよ。月曜日にね。いや、ひょっとしたら、頓挫するかもって言われてて、何にも用意してなかったんだ」
参ったなと言って、彼は後ろ髪をかいていた。
「で、その子、男子なんだけど、学校も見学していないし…吉永、お願い何だけどさあ」
山野ははっきりしない様子だった。
「案内すればいいんですか?」
「そう!軽くどこに、何があるかだけ教えてくれればいいよ!一日だけでいいから」
山野は目の前で手を合わせる。このちょっと子供っぽい所が好感を持たれるのだ。
「分かりました。で、どんなの子何ですか?」
「それがよく分かんなくて…。けれど、相手が案内役は女子で心臓が強い子がいいって…よく分かんないけど」
つまり、自分は山野に心臓が強いと判断されたのか、なずなは喜んでいいのか複雑な気持ちになる。しかし、頼まれた以上断れず、引き受ける事にした。
深夜、なずなは誰かに伸し掛かれたような気がして目が覚める。
弟の弘海がふざけて乗っているのか?初めはそう思った。だが、なんだかおかしい。
枕元にあるスマホに手を伸ばして時間を見ようとするが、身体が動かない。
「弘海。部屋に戻ってよ…」
なずなは、寝ぼけ眼で上に乗っているであろう弟に声を掛けるが、返事がない。
「んもう。弘海!」
今度は強く言って、眼をしっかりと開ける。確かに、誰か乗っている。
でも、それは弟ではなく、般若の様な形相でこちらを睨んでいた。暗闇でも、何故かその形相だけはなずなの目にはっきりと映ったのだ。
「ひっ!」
「カエセ…」
あろう事か、その顔は少しずつなずなの顔の目の前にあったのだ。
「きゃああー!」
体は動かず、叫ぶ事でいっぱいいっぱいのなずなの声は家中に響き渡った。すると、バタバタと父の良介が走って、部屋に入って来た。父は慌ててなずなの部屋の電気を点ける。
「どうした⁈なずな」
「い、今そこに顔がっ!」
なずなは、身体を起こし、顔が見えてた方向を指さす。
「ん…?何もないぞ?」
良介は、首を傾げて言った。確かに今は何もない。しかし、さっきまで暗闇なのに鮮明に見えていた。
「…え?だって」
「見間違えじゃないのか?まあ、いいや。今日はもう寝なさい。あ、スタンドライト、つけておくんだ」
良介は苦笑いをしていた。
「ねえ…どうしたの?」
瞼を擦り、弘海が顔を出す。
「はあ…お前まで…さ、二人とも寝るんだ。明日は学校だぞ」
そう言って、良介は弘海を部屋に戻す。一人部屋に残ったなずなは、スタンドライトの明かりをつけ、部屋の電気を消して、ベッドに横になる。