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蛍奇譚  作者: 玉楼抹茶
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預けもの

「で、一体何の用?」


 蛍は、閻魔と目を合わせる事なく言った。とは言え、目を合わそうにも相手が大きすぎて、無理な話だ。


「まずは、蛍よ。我が息子、よく来たな」

 

 自分から呼び出しておいて…蛍はぼそりと呟く。代理の補佐官である牛頭と馬頭がこちらを睨むように見てくる。

 二人は、曲がりなりにも閻魔の子息だと言うのを弁えているので、さっきの鬼のように蛍に直接拳を振るう事はないが、やはり自分は憎悪の対象なんだろう、蛍はそう思った。

 蛍は、人間と閻魔の間に生まれた。人間の母は閻魔の正室ではなく、側室で更に人間としてもかなり、身分の低い女だ。

 更に、人身御供として死んだ女だったと蛍は聞いている。霊力はあったものの妖怪にはなれず、蛍が幼い頃、天道に行ってしまう。

 さっき、鬼達が言った餓鬼道や畜生道は六道と呼ばれる世界のうちの一つ。

 六道には、餓鬼、畜生、地獄の三悪道と、天道、人間、修羅の三善道がある。つまり、母とは異なる道に行けと言われたように蛍は感じたのだった。

 餓鬼道とは、飢えと強欲が渦巻く世界、

畜生道とは本能のまま弱肉強食の世界。

地獄道は深い罪を犯したものが行く責苦の世界。

 

 蛍は閻魔の息子である事から、将来的には閻魔の補佐官への道が決まっている。そう言った僻みや憎しみから、蛍は一部の鬼達から忌み嫌われていた。


「…ところでお前は百六十才になるな。人間で換算すれば丁度十六。最近の人間はそれくらいの歳の子は、高等学校なるものに通うそうだ」


 そんな話は、別に聞きたくない。人間がいくつになったら、何をするかくらいは把握している。人間はやけに寿命が短くて、弱い。その癖に、あっと言う間に、あれやこれや作ったり、壊したり、#戦__いくさ__#をしたがる。妖怪達を怖れたり、崇めたりすると訳が分からない。


「…で?」

「うむ。お前の兄、経国が人間界で今、働いているのを知っているな?」


 勿論、その事も蛍は知っていた。兄は蛍と正反対で、鬼達から崇拝されている。

 父に何かあれば、兄が代理を務める事になるだろう。そして、人間と言う者を知る為、今人間界にいわゆる留学をしているのだ。


「それがどうかしたの?」

「…お前も行け」


 通常、地獄の住人が人間界や天道に行くには生まれ変わるか、閻魔手形を貰い、鬼門と呼ばれる地獄の門を通るかだ。

 ただし、生まれ変わる場合、地獄での記憶は全て消えてしまい、閻魔手形は三年ごとの更新が必要で、人間界での永住権はない。

 地獄の住人はほぼ後者で、前者は人間達が多い。つまり、蛍の母は、生まれ変わってしまったので、蛍が会いに行っても、蛍を認識できないか、拒絶されるかどちらかである。


「つまり、生まれ変われって事?」

「馬鹿者。皮肉を言うんじゃない。兄の手伝いをしろと言う事だ」


 兄の手伝いと言う言葉に蛍は、うんざりした。経国とは、あまり仲が良くない。

 兄は自分が気に食わないようで、蛍もそれを感じとっていた。


「兄さんの?どうして?」

「うむ。最近、鬼門の門番が何者かに倒されるという事件が起きてな…」


「鬼門の門番が?」


 鬼門は地獄へ続く大事な場所だ。勿論、門番もかなり屈強な鬼。三吉も一時的に門番をしていた事がある。門番する鬼は、看守達も通れば道を開ける。

 それに閻魔から直々に指名されるほど、信頼も厚い鬼。それを倒すと言う事は…。


「…妖怪の仕業?」

「早い話がな。だが、そのせいで、かなりの数の妖怪が人間界に出てしまった。奴らは、手形を持っておらぬゆえに、動向が掴めん」


 閻魔手形は持つと言うより、体に刻まれる。体に手形を刻まれれば、閻魔はその者の動向が浄玻璃の鏡を通して分かる。悪さをすれば、閻魔に伝わり、酷い仕置きが待っている。3年毎の更新をサボっても、手形を刻まれている以上、仕置きされるのだ。しかし、手形がなければ…。


「いくら経国でも、一人で妖怪を取り締まるのは無理。人間の能力者もいるのだが、限界がある。そこでお前に…」

「分かったよ。父さん」


 蛍は、閻魔が何かをいい終わる前に返事をした。牛頭と馬頭も驚いたようにこちらを見ている。

 多分、断ると思われたようだ。

 閻魔の言い方は、歯切れが悪かった。父は、自分が兄と不仲なのは承知。だが、それよりも何かを隠しているようだった。

 蛍が承諾したのは父を驚かせかったのと、自分が活躍すれば、兄の鼻をあかせてやる事も出来るかもしれないと言う気持ちだった。


「そうか…。では、心臓を預けよ」


 閻魔がそう言って、手を動かす。すると、蛍の胸から心臓が出てきたのだ。蛍は眠るように眼を瞑ったかと思うと、すぐにカッと眼を見開く。


「蛍よ。どうだ?仮の心臓の調子は?」

「…よくも悪くもないよ」


 蛍は、心臓を預けなければいけない理由がよく分からなかった。恐らく、死なせない為と考える。

 兄も心臓を預けたのだろう。それからすぐに、腹の辺りに手形が刻まれた。刻まれた部分はやや熱い。


「…そうだ。これも預ける」


 閻魔が目配せすると、牛頭が小さな箱を蛍の前に持って来て跪く。


「蛍様、こちらは閻魔様より献上品で御座います。守りたい者に授けよとの事です」


 蛍は牛頭から、箱を受け取る。牛頭は、牛のように曲がったツノを生やし、三吉と負けずと劣らない体躯だ。

 三吉より、若くやや引き締まった身体をしていた。いつも、セットになっている馬頭は、身長こそあるものの二人よりは細身である。


「…行ってきます」


 蛍は、閻魔に一礼すると三吉を従え、部屋から出ていく。


「…蛍よ。お前の浄玻璃の眼に人間達はどう映る?」

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