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蛍奇譚  作者: 玉楼抹茶
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地獄から来た少年

 それはいつもの事だった。妖怪達が急に地獄へ帰ってくる。また、閻魔に人間界に行けるように頼み。


でも、今日は出入りが少ない。門番の鬼は、夜明けと共に交代する。明日からは非番。最近、構ってやれなかった妻や魑魅魍魎(ちみもうりょう)子供達に久々に会うのだ。


こんな形だか家族はいる。もう終わりかと、鬼はホッと溜息をついた。


 すると、一人あまり見かけない茶褐色の布を被った者がやってきた。あまり綺麗とは言えない布を被った者は、徐々に自分の方へやってきた。


「…閻魔手形を見せよ」


 その者の大きさは人間の成人男性くらいで、鬼より小さい。


「どうした?」


 その者は、微動だにしないので不審に思い、少し近寄ると、鬼は刃に身体を貫かれていた。


「あっ…」


 一瞬の事で、何もできない自分を責める暇もなく、いつの間にかこじ開けられた門から魑魅魍魎達が解き放たれたのだ。




ノック音が聴こえて、蛍はようやく起き出した。今年いっぱい眠るつもりだったのに、急に起こされ、不機嫌になる。


 ここを訪ねてくるのは一人だけ。蛍のお目付役の赤い鬼の三吉だ。三吉は身体が大きく、力も強い。


 本人は、優しく叩いたつもりでも、蛍にとっては、騒音に等しい。


「入れよ」


 溜息混じりに蛍は呟く。すると、ドアが開いて、巨体が入って来た。


「ああ、坊ちゃん。今年はずっと寝てるのかと思いましたよ」


 起こした張本人に言われて、蛍はムッとした表情で三吉を睨む。


「今すぐ、着替えて下さい。お父上、閻魔大王がお待ちかねです」


 蛍は、それを聞いて、また不機嫌になる。どうせ、元気かどうかを聞きたいだけだろう。


 それとも、看守の仕事を半年以上サボったのがバレたか。


「用は何?」

「さあ?分かりかねます」


 蛍は、や左側に分けて伸ばした癖のある前髪を掻き分けて、もう一つの目で三吉を見ようとする。


「坊っちゃん、その目はあっしには通用しやせん」


 三吉に窘められ、蛍は口を尖らせ、手を下ろす。蛍はのろのろとベッドから降りる。

クローゼットから看守服一式取り出し、着替え始める。シャツ、ネクタイ、ズボン、上着とベルトの順番で着替えて、編み上げブーツに制帽を被り、手袋を嵌める。そして、黒い筒。


 これは、妖怪の囚人を取り締まる為の暗器で、これは状況に合わせた武器になる。


 ここまですれば、いやでもシャキッとするが、蛍の顔はまだ眠たそうだった。

 三吉に背中を叩かれ、ふらふらと外へ出る。


 姿勢だけはいい蛍は、身長はそれほど高くないとは言え、スタイルがよく見える。


 ちゃんと測ったことはないが、大体173センチほど。ただ、二メートルを超え、巨漢である三吉と並ぶと、自分が小人になった気分だ。三吉はあとで行くと蛍を見送る。


 父の閻魔は、それ以上の大きさで見ただけで、どんな極悪人であろうと震え上がる。息子の蛍でさえ、ほんの少し嘘をついただけでまともに顔を見れない。


 閻魔城の中に入り、次々と鬼達とすれ違う。鬼達は、人間達の伝承と違い、姿形は人間と変わらず、中には角の生えたものもいたが、意外に数は少ない。途中、鬼と目が合うと、鬼達は蛍に向かい、会釈をする。


 ただ、それは敬意を表したものではなく、形だけの冷たいものである。


「…ちっ。実力もない癖に」

「穀潰しが…」

「…餓鬼道に堕ちろ」


 耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言にももう慣れた。


 時々、蛍が何も言わない事をいい事に、からかいに来るものがいた。


「どうされました?看守長殿。道に迷ったんですか?ご案内しましょうか?#畜生道__ちくしょうどう__#はあちらですよ」


 鬼は、馴れ馴れしく蛍の肩に触れてきた。流石に不愉快だったのか、蛍は鬼の手を払いのける。


「てめー。いい度胸してんだな」


 鬼は、蛍の胸倉を掴んで持ち上げる。胸ぐらを掴まれた蛍は、恐怖に怯えるわけでもなく、悔しがる表情も見せない。


 ただ、無表情に鬼を見下ろした。


「その顔が、ムカつくんだよ‼︎」


 鬼が蛍を投げ飛ばし、蛍は、頭と背中を壁にぶつけ、制帽を落とし、座り込むような姿勢になった。


 一瞬、蛍の前髪が浮いて、蛍は鬼の怯えた表情を見た。

 

「全く。坊っちゃんにも困ったものだ」


 三吉は、蛍が寝ていたベッドのシーツと、皺くちゃの寝間着を綺麗に畳み、急いで閻魔城に入る。閻魔城に入ってすぐに、騒ぎが聞こえた。


騒ぎの中心はきっと…。三吉は、溜息混じり、近くの鬼に声を掛ける。


「さ、三吉親分」


 鬼がそう言うと、人集りになっていた鬼達は蜘蛛の子を散らすように、道を開ける。


 次の瞬間、三吉が見たものは、壁に体を預けている蛍と、若干息を切らした鬼だった。


「おい。こいつはどういう事だ?」


 三吉は息を切らした鬼に尋ねる。すると、鬼は三吉の顔を見た途端にしどろもどろになり、目を泳がす。


「あれほど、蛍様には手を出すなと…」


 三吉は鬼の頭を掴み、そのまま鬼の頭を床に叩きつけたのだ。


「言っただろうが!」

「あが…っ」


 床板が割れ、鬼の顔は血だらけなり、前歯が二、三本折れていた。


 鬼はビクビクと、身体を#痙攣__けいれん__#させ、暫くすると動かなくなる。


「おい。誰か、医務室に連れて行け。他の奴は仕事に専念しろ」


 二人の鬼が、倒れた鬼を運び出すと、他の鬼達は何事もなかったようにそれぞれの持ち場についていく。


 三吉はまだ、壁際に座り込んでいる蛍に声を掛ける。


「坊っちゃん。怪我は?」

「してない」

「でしょうな。さっさと立って下さい。閻魔様がお待ちですぞ」


 そう言われて、蛍は埃を払いながら制帽を拾い、立ち上がったのだった。

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