⑥帝の死闘
◇
いや、話はまだ終わってなかった。
シーアは憤慨とした声で、続ける。
《だったら、そんなやつ、島の皆で倒しちゃえばいいじゃない。キロが帝の言う通りの危険人物なら、島民は皆そいつを嫌っている筈でしょ? 喜んで袋叩きにするんじゃないの?》
《ええ。それも試したのですが、伝承によるとこうです。かの『皇』は、たった一人で二十万に及ぶ反乱軍を皆殺しにしたとか。
ぶっちゃけ、私達とは強さの次元が違うんです、キロ・クレアブルというのは。
恐らくですが、私やシーアさんの想像を遥かに超えている筈ですよ》
《そ、そうなんだ? てか、今更だけど、なんでテレパシーでも敬語? 誰にも聞かれてないんだから、普段通りでいいんじゃあ?》
《いえ、油断はできません。この念波だって、誰に傍受されているかわからない。そう言った意味では、現状を維持するのがベストです。
私の正体は、何者にも勘付かれてはならないのだから》
《あ、そ。で、ここからが肝心なのだけど、その侵略者って強いの?》
些か声を震わせながら、シーアは問い掛ける。
俺は、フムと頷くしかない。
《物によりますが、大部分がこの町の町民より遥かに強いです。一応、この町の人々も何らかの能力を使えますが、楔島の住人はレベルが違う。絶えず生死のやり取りをしている彼等と、この町の一般人では大きな差がありますから。例えば――あんな風に》
と、俺はここから五十メートル離れたソノ場所を指さす。
見れば其処には、身長三メートル程の筋肉の塊が五メートル以上ある鉄の棒を振っていた。
《……え、嘘でしょ? あいつ、棒を一振りしただけで、二階建ての一軒家を一つ吹き飛ばしたわよ? ……帝は、あんなのと戦うつもり?》
引きつった笑みを浮かべながら、シーアは問うてくる。
俺は、勿論とばかりに首肯した。
《一応。それと、これ以降は戦いに集中したいので、会話は最小限でお願いします》
実際、俺は一気にその肉塊向かって、走り出す。
最中、此方に並走する影があった。
「遅い――神代。何をしていた?」
「すみません、特に何も。最大最速を以てこれです、周防先生」
些か嘘をつきながらも、真顔で断言する。
周防絵里は当然の様に、今はそれ以上追及しなかった。
「にしても、今回はずいぶん派手なのが来ましたね? 見るからに強そうですが、周防先生はあんなのを候補生にぶつけるつもりですか?」
「ああ、私は自分の教え子を信頼しているからね。平気、平気。神代なら何とかか出来るよ、多分。それとアンタ、無知を装うのは良くないな。神代もとっくに気付いているんだろ?」
「まあ、一応」
「なら、話は簡単だ。私達は潜むから、アンタは〝引っかけ〟に専念。良いね?」
周防絵里が跳躍し、気配を消す。
即ちこの場に残されたのは、俺とシーアだけ、という事になる。
《うわ、うわ、うわ! 死ぬ、死ぬ、死ぬ、これ、ぜったい死ぬって――っ!》
唯一の標的である俺に気付いたのか、例の肉だるまが此方に振り向く。
愉快な事に件の肉塊は、駒の様に回転し始めた。
《だから、会話は最小限でお願いしますと言った筈ですが、シーアさん?》
その度に、面白い位の勢いで、次々家々が薙ぎ倒される。
かの暴風は一直線に俺へと向かい――俺は当然の様に踵を返して逃走した。
《とか言いつつ、あなたも必死に逃げているじゃない! 帝ってば、あいつに勝てる自信があるじゃないのッ? というか、掠った! あいつの棒、今、私の髪に掠った!》
《そういえばシーアさんの事は計算に入れず、逃げていました私》
《だからソコ! ソコが一番大事なところでしょっ?》
いや、別に良いだろう?
あんたはバリヤーとやらで、守られているんだから。
但し、どれほどの強度かは知らないが。
と言う訳で、この際シーアさんの事はいったん忘れる事にする。
俺は何時もの調子で事を運ぶべく、ひたすら敵から逃げ出す。
そのまま、やつを広場まで誘導する。
だが、その前にやつが動く。
「やはり、そう上手くはいかない、か」
例の暴風は飛び跳ね、直下して、俺の行く手を阻む。
つまりは、袋小路だ。
この細い路地でやつの相手をするのは、正に自殺行為と言って良い。
故に、俺は大男の放ってきた一撃を何とか避けながら――秒速一キロメートルで跳躍。
三時の方角にある、民家の屋根へととりつく。
大きく息を吐き出し、果たしてソノとき俺は見た。
その肉塊が能力を使う――かの瞬間を。
「――不味いっ!」
《はッ?》
歯を食いしばりながら口角を上げ、俺は眼を広げる。
名も知らぬ肉塊は、雄叫びを上げながら振り上げた鉄棒を一気に振り下ろす。
「おおおおおおおおおおおお……っ!」
ソレは『再生』と言う名の――颶風。
『彼が今まで行ってきた暴力の歴史を一点に集中し、放つ事が出来る』――暴力の権化。
お蔭で、俺の目前にある家々は軽く百棟は消し飛び、当然の様に俺の躰も吹き飛ばされる。
ならば、神代帝は――その時点で死んだ。
いや――死んだ筈だった。
《……はッ? アレっ? 今、どうやったの……ッ?》
だが、シーアが呆けている間に、俺は目指していた広場に着地する。
完全に死んでいる筈の俺は、何とか百メートル先にある広場に逃れていた。
《いえ。今のはただの、レベル一の〈大概具装〉です。
脳の処理速度を『加速』させ、それに見合った『身体強化』を行っだけ。
要するに認識レベルと、膂力の一時的な向上ですね》
《――そ、そんな事ができるなら、さっさと使いなさいよ!》
《いえ、余り意味はありませんから。何せ、これは私達なら誰でも使える業なので》
《はい……? で、でも、それなら何で? ……って、もしかしてそういう事?》
意外にも、謎の理解力を見せる、シーア。
ソレに驚きながら、俺はやつへと視線を向けた後、自分の姿を顧みた。
《……というか、予定変更。〝引っかけ〟は止めです。ここは、シーアさんのご期待に沿う事にしましょう》
ボロボロに破れた右半身のセーラー服を見ながら、俺はただ棒立ちする。
男に肌を見られた屈辱に唇を噛み締めつつ、俺は標的の到来を待つ。
徐に、十歩ほど、後退しながら。
《それに、もう時間も無い》
《え……?》
終焉の時は、事もなく訪れた。
この戦いは、実に呆気なく勝敗が決したのだ。
此方に向かって突撃してくる、巨躯。
だが彼が『ソレ』を踏んだ途端――彼の躰はまるで地雷を踏んだかの様に吹き飛ばされる。
上下を逆転させながら宙を舞い、俺の躰を通過した彼は、大きく体勢を崩される。
「バカ、なッ?」
神代帝は、無傷の左肘を、背後に居る彼の躰に添える。
同時に俺は――能力を発動した。
「ええ。悪いのですが――これで終わり」
「がぁぁあぁ……っ?」
瞬間、俺の二倍近くある大男は、この時点で意識が停止したのだ―――。
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