⑤ある天才
◇
「というか私、未だにハンバーグとハンバーグステーキの違いがわからないんですよね」
「何の話っ? それは一体、何の話なのっ? というか絶対この状況とは無関係な話題よね、ソレっ?」
時刻にして、午後七時過ぎ。
夜の町を駆けながら、俺は本気で首を傾げる。
それが料理をするニンゲンの言葉かと思える程の暴言を為す。
因みに俺のボケにツッコでくれたシーアだが、彼女は今当然の様に俺の背後に居た。
「で、コレは本当に必要な処置なんですか?」
あろう事か、彼女は俺の腹に刺さる剣の柄の部分に腰かけていた。
こう、跨がず横向きに。ちょっと行儀よく箒に乗った、魔女っ娘みたいに。
いや、それ以前にこの状態に至るまでが割と嗤える話で、ここからはその回想である。
〝えっと、あなた、何しているんです?〟
〝見ればわかるでしょっ? この柄の部分に座る為に、こうして努力してるのよッ!〟
よじ登っていた。
シーアさんは何とか件の剣の柄に座ろうと、必死によじ登っている。
普通なら、こう格好よくジャンプして腰かけそうな物だが。
〝わかりました。あなた、本当に運動神経悪いんですね?〟
仕方なく俺は片膝を着いて、シーアさんが座りやすくする。
その後、シーアさんが顔を真っ赤にして〝何ではやくそうしないのよッ!〟と逆ギレしたのは、語る迄もない事だった。
で、そんなこんなで、シーア曰く〝準備は整った!〟との事で、やつは断言する。
「ええ。必要も必要。なにせこの剣に接触している間は、この剣同様、帝以外だれも私を知覚できないから。逆に私と帝は、互いの表情とか丸わかりよ」
「何と? じゃあ、今のシーアさんは、正に幽霊状態?」
「端的に言えば。更に、バリヤーまで完備という徹底ぶりね! 但し、範囲は私の周辺だけだけど!」
「つまり、私は?」
「ええ! 全くの能力範疇外よ!」
「………」
完全にあかんオプションだった。
ご主人様(多分、俺)には、全く優しくない機能だった。
「成る程。何でそんな機能がついているのかわかりませんが、成る程。
それで、一応訊いておきますが、シーアさんは戦闘の方はどうなんです?」
「……あー、完全に駄目ね。私、戦闘タイプの疑似人格モデルじゃないので」
戦闘タイプって。なんかの宇宙人じゃないんだから。
「要するにシーアさんの立場は、アドバイザー的な物?」
「うん。私に出来るのは、主にこの剣の使い方を助言する位。後、秘密の会話も念波を使えばほらこの通り。《はぁい。聞こえる、帝?》」
「更になんと!」
確かに、聞こえる。
言葉が念となって、シーアの声が俺の頭に響いてくる。
《帝もやってみなさい。こう、言いたい事を強く念じるだけで良いから》
「わかりました。では――《残念ながら、シーアさんは割とアホです》」
《黙ってッ? というか、二度と私を貶める様な念を私の頭に叩き込まないでっ?》
《いえ、短い足を伸ばして、蹴ろうとしないで下さい。髪が乱れます》
《……良いわ。その辺りの話は、後でジックリ追求する。それよりいい加減聞かせてくれる? 私達は今、何をしようとしているのか。後――あなた達が一体何者なのかも》
こう長々語りながらも、実際は一秒も経っていない。
これも言葉と違う点だろう。
伝えたい事をそのまま頭に届かせる念話は、時間の削減にも繋がるらしい。
ならばとばかりに、現地につく間の暇つぶしと思って、俺はシーアにテレパシーを送った。
全ての発端は、今から四百年以上前の事。某国で、不世出の天才が生まれた。
その天才の名は――エルカリス・クレアブル。
隕石の落下による衝撃で遺伝子が書き換えられたかの赤子は、破格の異常者だった。
生まれた直後から人語を解し、世界情勢についても精通した彼は怪物とさえ言えただろう。
実際、その怪物には並みのニンゲンでは抱けない目的があった。
ソレが――神を見つけ出す事。
人が神の名を以て人を殺す当時の時世に嫌気がさした彼は――だから本物の神を求めた。
偶像ではなく、実存の神に世界を支配してもらおうと、彼は夢想したのだ。
普通ならただの妄想にすぎないが、彼としては勝算があった。
何故ならこの世界は、食物連鎖という因果で結ばれているから。
ほかの動物に天敵がいる様に、自分にも天敵となる生物が必ず居るに違いない。
この自分さえも超える生物なら、神と呼んでも差し支えないだろう。
彼はそう確信し、世界を放浪した。
自分を超える存在を探すべく、この世を余すことなく探索したのだ。
だが、百数十年前、最後にこの国を捜索した時点で彼は確信したらしい。
自分を超える生き物など居ないと。三百年近くによる己の人生は、全て無駄だったと彼は初めて理解した。
なら、どうするべきか? 答えは簡単だった。
居ないのなら――つくれば良い。
既に二百年前の時点で自分が思い描いた生物を創生出来た彼はそう決断する事になる。
楔島という戦乱の絶えなかった島国を統一し、研究に集中できる環境を手にする。
政務を宰相達に任せながら、本人は件の研究に没頭した。
その甲斐もあり、彼は神をつくりあげる事になったらしい。
《ええ。けど、どうやら百年前のその時点でエルカリス・クレアブルは死亡した様です。原因は不明ですが、こうして彼は歴史の表舞台から姿を消した》
《……というか、本当に厨二病全開な話ね? ソレ、この状況と何か関係ある?》
尤もなツッコミだったが、俺は淡々と話を続ける。
問題はここからで、エルカリスは事前に自分の後継者を指名していたのだ。
その名を――キロ・クレアブル。
エルカリスの子供の様な存在だった彼女は、けれど彼より過激な思想家だった。
いや、ありていに言えば、気が狂っていたと言って良い。
何故なら彼女が最初に行った政策は――〝島民同士の共食い〟だったのだから。
ソレを為す為にキロは、わざわざ島の土を腐らせ、農作が行えない状態にした。
家畜を皆殺しにして、食肉を全て焼き尽くした。
島に結界を張り、誰も島から出られない様にしたのだ。
結果、島民達はキロの思惑通り、何とか生き残るべく隣人達を殺害する事になった。
今日を生きぬく為、人肉を糧とし、食人を行う事になる。
一人食べれば一月は何も食べずにすむと言うニンゲンを、彼等は食らう事になった。
果たしてキロ・クレアブルは、何の為にそんな真似をしたか?
ソレは島民に圧力をかけ、島の生態系を強める為。
この凄惨な殺し合いの末に、自分を殺せる存在が生みだされる事を彼女は願ったのだ。
全ては――何れ生まれるであろうその強者を〝神〟に祀り上げる為。
たったそれだけの為に、キロは今でも楔島のニンゲンに共食いを強要している。
人間とは異なる力を持ったニンゲン、即ち――『異端者』と呼ばれる彼等に。
《……『異端者』? まさか、それがあなた達の正体? あなた達は、その楔島とやらで生まれた……?》
シーアとしては当たり前と言える発想だったが、俺は否定する。
《いえ、この町の九割のニンゲンは違います。幸いにも私達はこの国で生まれた存在ですね》
《……つまり『異端者』とやらは、楔島という場所だけで生まれる訳じゃない? この星のいたる所で、生まれている?》
《はい。更に言うと、楔島はもう、純粋な島民は殆ど死に絶えているそうです。だからキロは自分がつくった『異端者』を島に放って、共食いを続けさせている。その彼等も絶滅しそうになったら、また別の『異端者』をつくって同じ真似をさせる。そんな事をキロ・クレアブルはもう百年も続けているそうですね。でもだからこそ――この町も狙われている》
《一体……なぜ?》
解せぬという面持ちで、シーアは訊ねてくる。
俺は、遥か遠くを眺めた。
《何でも、自然発生した『異端者』のデータが欲しいからだとか。その為に楔島のニンゲンはキロの走狗となり、この国に点在する『異端者』の町を攻略しているそうです。この国の人々を捕え――実験動物にする為に》
《じゃ、じゃあ、私達が今、向かっているのは……?》
《ええ。その侵略者が暴れている現場ですね》
《………》
直後、シーアさんは何故か言葉を失う。
五秒程たってから、彼女はテレパシーを送ってきた。
《……えっと。帝は勿論、そんな危険なやつ等と戦う気なんて、ないんでしょ?》
《いえ、私は当然、戦うつもりですが?》
そして――彼女は爆発した。
《だーッ! 帰る! 帰る! 帰る! もうさっさと帰るぅ! 私、そんなヤバイヒト達と関わりたくないぃ!》
《何を無駄な事を。あなた自分で言っていたじゃないですか。〝自分は私から二十メートル以上離れられない〟って。それともナビゲーションシステムがマスターの意向に逆らえると? あなたが私を、コントロールできるとでも言うんですか?》
《……そっちこそ、忘れているんじゃないでしょうね? 帝が死んだら……私も死ぬって》
《はい、忘れていません。
なので、例えここであなただけ逃げても、私が殺されたら結果は同じという事です》
《……やっぱり私、あなたのこと嫌いだわ……》
《あら、それは残念。でも私、結構モテるんですよ? 異性からの好意とか、普通にヘドがでそうですが(笑)》
《………》
それで、話は終わった。
俺とシーアはいよいよ、メールにあった呼び出し地点に到着する。
〝その光景〟を眺めながら――俺は目を細めたのだ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
因みに、エルカリスを主人公にした話も書いていたりします。
正に最年少主人公で、彼が生まれた直後から始まる会話劇。
いえ、マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。