④帝の新しい日常
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「つーか、ミニスカハイソックスとかありえねえし。ただの羞恥プレイだろ、アレ? ぶっちゃけ、アレだけ無防備な女子の気持ちが俺には全くわからん。テレビでは〝自分の露出願望を満たす為にしている〟とか評論家が言っていたが、それこそただの変態じゃねえか」
「ああ……そうなんだ?」
意味のない不満を、ここぞとばかりにブチまける。
恐れ多い事に、俺は前時代の女子高生のファッションセンスにケチをつけていた。
「って、もしかして帝の守備力が高いのって、その所為?
肌を晒すのが厭だから、そんなに重武装なの?」
「ま、当たらずとも遠からずだよ。いや、実はもっと明確な理由があるんだけど」
パスタを茹でながらソース作りに没頭し、ついでに俺は苦々しい表情をする。
背後でその様子を見ているらしいシーアは、不思議がっている様だ。
「はぁ。もしかしてそれも、〝追々話す〟ってヤツ?」
「あー、どうだろう。知りたければ教えるけど、余り気持ちのいい話じゃないぜ?」
因みに俺達が今ドコにいて、何をしていると言えば、当然の様に一階の台所に居る。
そこで俺は料理をし、〝不審者〟から〝食客〟に昇格したシーアは現在待機中だ。
直ぐ後ろにある机に隣接した椅子に座り、俺が料理をし終えるのを待っていた。
「しっかし驚いたね。誰かと会話していると、時間が経つのがはやいのなんのって。気が付けばもう六時だぜ? 何時もはこの時分まで、どう時間を潰すのかが俺の一番の問題なのに」
「そう。思った通り、あなた話し相手も居ない寂しいヒトなのね? というか、それは意図的に話を逸らしているの? さっきの話とか、実はしたくない?」
背後を振り返れば、そこには頬杖をつきニヤニヤ笑いを浮かべるシーアが居る。
この露骨な邪笑を前に、エプロン姿な俺はパスタにソースを絡めた。
「はい、カルボナーラ、二丁上がり」
「………」
ソレを皿に盛って差し出した途端、シーアさんの目は明らかに死んでいた。
現に、彼女は不思議な事を口走る。
「……アノ、コレ、あなたが作ったのよね?」
「あ? なに言っていんだ? おまえだって、一部始終見ていただろ? これはどう見ても、俺が作った物に間違いねえよ」
「だから、心配なのだけど……」
「はい?」
彼女は小声で何か呟くが、それ以上何も言わない。
ただ俺が席に着くのを待つ。
「何だ、食べないのか? 多分だけど、口に合う筈だぜ? ま、保証はしねえけどな。ゲハハハハ……!」
「………」
しかし、彼女は尚も動かない。
この間に席についた俺は、自作のパスタを口にする。
「んん? ちょい甘すぎたかな? ま、良いか。許容範囲だろ、これ位」
と、漸くシーアは恐る恐るフォークを取って麺を絡め、ソレをジッと眺める。
彼女がソレを口にしたのは、タップリ十秒は経った頃だ。
その途端、彼女は何故か仰天する。
「はっ? 美味しいですって――っ?」
今まさに懐妊を告げに来た天使と遭遇したような表情で、やつは驚きの声をあげる。
意味不明と言った様に、彼女の頭の周囲には疑問符が乱舞しているみたいだ。
「それは美味いに決まっているだろ。何せ、俺様が作ったんだから」
「だから信じられないんでしょうが! なんで、帝みたいな危険人物に、こんな繊細な味がつくり出せるのっ? これ、明らかに商売とかできるレベルよッ?」
「ああ。必死で勉強したからな。完璧な女に化けられる様に。料理も、裁縫も、日舞も、ピアノも、華道とかまで手を出してさ。今となっては、〝俺、何がしたくてこんなに頑張ったんだろ?〟って、途方に暮れる毎日さ」
「……だから、なんで、そこまでして?」
依然、理解不能と言った体でシーアは首を傾げる。
俺は思い出した様に、冷蔵庫から特性サラダを取り出す。
「で――〝俺が男を毛嫌いしている理由〟だっけ? 何? そんなつまらない話、本当に聞きてえの?」
「いえ、私、ソレ初耳なんだけど? 帝、男の人、嫌いなの……?」
「ああ。嫌いっちゃ嫌いだね。というのも他でもねえ。アレは今から、十年くらい前の事だ。俺ってこの通り、可愛いだろ」
「……はぁ。確かに可愛いけど。そうやって自分で自分の事を可愛いって言うヒトは、性格的に問題があると思う」
けれど、その御意見はスルー。
俺は、話を続ける。
「で、公園で、一人で遊んでいる時、イキナリ見知らぬ男に押し倒されてさ」
「……ちょ、ちょっと待って? 今更だけど、その話最後まで聞かなきゃダメ?」
「こう、貌をベロリと舐められた訳よ」
「――だから無視しないで! それ、どう考えても食事時にする話じゃないから!」
「でも、俺ってこういう性格じゃん? だから余りの気持ち悪さに、思わず近くにあった石を手に取って、そいつの頭をガンってしてさ」
「………」
「結果、そいつは生死の境をさまよう事になった訳。でもなー、その後がよろしくなかった。周りの連中は〝明らかに過剰防衛!〟とか俺を吊し上げやがって。もう非難轟々で、学校でも俺に話かけてくる男子とか居なくなってさ。気が付けば男のエロい視線とか、もう気持ち悪くて仕様がなくなったって訳よ。俺の守備力が高いとすれば――それが原因かね」
残念ながら、そういう事だ。
俺は自分の身を守っただけなのに、周囲の大人達はこぞって俺を叱りつけた。
〝何も死の一歩手前まで追い込む事ないだろう〟と、俺の方が加害者であるかの様に扱った。
俺が男の性欲と言う物に嫌気がさしたのは、間違いなくそれからだろう。
「つ、つまり、あなたはマジモンで男の人が嫌いだと?」
「ああ、嫌いだね。出来れば――滅びてくれと思っている位に」
「……ヤバイ」
「んん? 何が? 何がヤバイんだ?」
「あ、いえ、このサラダもヤバイくらい美味しいなーと思ってー☆」
「そうだろう。そのドレッシングも、お手製なんだぜ。しかしなんだね。他人に料理を振る舞うなんて初めてだけど。喜んでもらえると、存外嬉しいもんだな」
「……へー。驚いた。帝にも、そんな人並みの感性があったんだ?」
アレ、マジでビックリしている顔。
シーアは、真剣に意外そうな表情を見せる。
「だな。俺自身が一番驚いている。まさか、俺がこんなつまらない事を言うなんて」
「ダメだ。皮肉も通じないなんて……最早処置なしね」
「はい?」
この様に会話が噛み合わないまま――俺達は早々に夕食をすませたのだ。
◇
ソレが起きたのは、俺が食器を全て洗い終えた頃だった。
実に唐突ながら、携帯よりメールの着信音が響く。
「って、またか。この頃、頻繁だな」
俺は自分でも自覚する位ウンザリした貌をして、背後を振り返る。
其処には、怪訝な顔をしたシーアが居た。
「何かあった訳? もしかして帝ってば、やっと自殺する気になってくれたとか?」
「――何で俺が自殺しなきゃいけねえんだっ? それは、この剣が危険な物だった時の話だろっ? 第一――俺が死ねばおまえも死ぬんだぞっ?」
「あー。そういえば、そうだったみたいな……?」
「………」
こいつ、偶にポンコツじみたこと言いだすよな。
実は、バグってんじゃねえか?
「で、何なのよ? まさかこの私の、優雅なテレビ鑑賞を邪魔するなんて事態じゃないでしょうね?」
「というより、あなた、何時の間にかこの世界に馴染んでいますね……?」
某アイドルがMCを務める番組を、枕を抱えて熱っぽく眺めるシーアさんに物申す。
なんだかもう、完全に某アイドル会社の信者と化している感じだった。
だって今もイケメンさんがアップになっただけで〝おー!〟とか〝ラッキー、キラ☆〟とか声上げているし。
「ま、一応。何せ私はこの世界の平均データなら生まれた時点でインストールされるから」
「……この世界の平均データを? 要するにこの星の言語や、世界情勢に、テレビ業界のあれこれとかも頭の中に入っている?」
俺が問い掛けると、シーアは鼻で笑いながら頷く。
気の所為か? なんかこいつ、ドンドン態度がでかくなっている気が?
「というか、帝ってば何でいきなり〝余所行き口調〟なの? もしかして、本当にどっか出かける気?」
「ええ。不本意ながら、緊急事態です。仕事が入りました。本来なら絶対についてきて欲しくないのですが。シーアさんは私から二十メートル以上離れられないんですよね?」
だとしたら、彼女にもついてきてもらわざるを得ない。
問題は、マジで足手まといになりかねない点だ。
「あー、それなら大丈夫。たぶん帝が感じている問題点は、全てクリヤーできると思うから。それで、仕事って何なのよ? もしかして、やっぱりアレな感じなの……?」
「はい。その〝やっぱり〟です。あなたの私に対するイメージ通り――ちょっとした荒事ですね」
そう告げながら――俺は身に着けていたエプロンを脱ぎ捨てたのだ。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。