35決着
奇しくもそれは、或る世界でキロ・クレアブルが行った業と同一の物だ。
私を取り巻く原型空間を巨大な拳状へと変化させ、ヴァルグ・レイ目がけて発射する。
「フッ!」
アパトルテも同様の業を以て、此方へと肉薄する。
拳と拳がぶつかり合い、互いが互いを弾き飛ばす。
そのエネルギーの奔流が、私の躰を焼き、恐らくアパトルテの躰も焼く。
彼女がこの術を躊躇った理由はソレで、要するにこの業は術者の躰さえ蝕むのだ。
けど、今は、そんな事、どうでも良い。
痛みなら、もっと辛い痛みを、今の私は知っているから。
故に私と彼女の原型空間は槍状に変化し、互いに向け発射され先端と先端が衝突する。
両者共に、激しく火花を上げる。
「ぐッ!」
同時にアパトルテの空間が即座に拳を具現し、上から此方の空間を殴りつける。
その勢いで私は眼下へ直下した。
「これで、終わり」
更に、巨大戦艦に形を変えた、かの空間は七十兆にも及ぶ光線を放つ。
生身のままでは一撃で消滅するであろうソレを、私は、ただ眺めるしかない。
けれど、驚愕の声を上げたのは、私ではなかった。
「なっ?」
私は原型空間をブラックホールに変え、その全てのエネルギーを吸収する。
逆に一点に集中し、ヴァルグ・レイへとはね返す。
だが決定打には遠く及ばず、ソレを紙一重でアパトルテは避けていた。
「バカな。この私と空間操作で張り合える、ですって?」
その瞬間、この空間には唐突にあの少女の声が響き渡る。
あの暗黒の少女が、アパトルテに語りかけた。
《ええ、当然です。何故なら彼女は、その為に今日まで生きてきた様な物なので》
「キロ・クレアブル――っ? 貴女、一体なにを言ってッ?」
《ええ。実は、今の帝さんはある『死界』の人格と力を引き継いでいるんですよ。わたくし達が脳内の処理速度を高める事が出来るのは、貴女もご存じでしょ? なら、その精神世界に意識を向け、自分だけの世界をつくり出せたとしたどうなるでしょ? 更にその脳内の処理速度を徐々に速め、この世界の一年が、帝さんにとっての一グーゴルプレックス年だとしたら? 彼女はそう、その精神世界で――九千五百八十三グーゴルプレックス年間も修行してきた人格なんです。こんな事もあろうかと、宇宙が停止するまで、精神世界で練磨を続けてもらった訳です。今の様な状況に対処できる様――高次元の知性体が攻め込んできた時に備え、彼女は己を鍛え続けた。〝例えこの世界では何もなくとも、次の世界でこの力が役に立つなら、それで良い〟と最期にそう言い残し、『死界』の帝さんは息絶えたそうです。
事実、この危惧は正しかったでしょう? 仮に帝さんがアパトルテさんと互角に戦えるとしたらこの経験を武器にしているから。二百五十億年しか生きていない貴女と、九千五百八十三グーゴルプレックス年間修練した彼女では、大きな差があるからです》
「……九千五百八十三グーゴルプレックス年、ですって? でも、それでも、まだ私と互角に戦えるレベルではない筈。まさか――貴女はっ?」
《はい。そのまさかです。わたくしが確率論を操作し、原型空間に縁のある存在を見つけだしていたとしたら? 仮に、仮にですが――神代帝が原型空間の意識の一部を司る人格だとしたらどうでしょう? もしそうだとしたら、彼女はこの上なく、原型空間を操ることが出来る。そうは、考えられませんか?》
「あ、貴女は――そんな事まで!」
《ええ。だから、言ったでしょう? 〝わたくしの方が、余程あくどい〟と》
いや、そんな事は知らない。
今の私の、知った事じゃない。
今、私に出来る事は、一つだけ。
「今度こそアレ以上――星良や姉さん達は傷付けさせないッッッ!」
「……そんな個人的な事情で、私と互角に戦う? 全てのニンゲンの運命を背負う訳じゃなくたった数人のニンゲンの命を守る為だけに?」
ああ、だとしたら――確かに私達は似た者同士だ、とアパトルテは喜悦する。
「ぐっ!」
「つッ!」
依然、私と彼女は互に空間を操作しながら、攻防を繰り広げる。
弓上に変化し、矢を発射した彼女の空間を、巨大な剣になった私の空間が真っ二つにする。
互に巨大な砲身に変わり、光化させた原型空間を発射し合う。
「くつっつつ!」
「ぬッッッッ!」
お蔭で、肋骨は全壊。
右腕も既に感覚が無い。
左腕は肉がさけ、骨が露出して、左脚は消し炭に近い。
なら、答えは決まっている。
「つまり――全く負ける気がしないって事でしょうが!」
「……くっ! やはり、帝さん、貴女は危険だわ!」
歯を食いしばりながらアパトルテは、嗤う。
私のこの様を、ただ嗤って彼女は告げた。
「では、これで最後と行きましょうか、帝」
「冗談。私を呼び捨てにして良いのは、私の家族と星良――それにシーアだけよ」
だが、戦術まで同じである私達は、やはり似た者同士なのだろう。
気がつけば――アパトルテは自身を被う原型空間を爆破する。
私も一瞬遅れて、自身の原型空間を爆破した―――。
「ぐっ、つッッッ!」
が、僅かに起爆が遅れた私は彼女の攻撃を相殺しきれず、原型空間の爆風にのみ込まれる。
ベーダーマンの右脚と左腕を失い、コクピットも露わになる。
「はあああああああああぁぁッッッ!」
「おおおおおおおおおおぉぉッッッ!」
それでもアパトルテと私は、ヴァルグ・レイとベーダーマンは――ただ互いの敵に向かって突撃する。
原型空間を圧縮した剣を手に、目の前の敵目がけて、最後の肉薄を為す。
その時――確かに私の耳には、その声が、響いた。
〝でも、こんどは、まにあった〟
届け。
〝だから、ありがとう、みかど〟
届け。
〝いえ、私はきっと、貴女が本当の自分を取り戻す為に、生まれたのよ〟
届け。
〝帝が私のマスターで、本当に良かった〟
届け。
〝だから、絶対に勝ちなさい―――帝〟
「届けぇええええええぇぇぇ―――ッ!」
「……ああ」
瞬間、神代帝はアパトルテ・グランクラスの想いさえ、侵略する。
たった一つの――〝アパトルテに勝ちたい〟と言う想いを私は彼女に押し付けていた。
「神代、帝ぉおおお――っ!」
「アパトルテ・グランクラスぅううう――っ!」
そして、今、全ての想いを一つにした一撃を、放つ。
アパトルテ・グランクラスは確かに、ベーダーマンのコクピットを薙ぎ払う。
神代帝は確かに、ヴァルグ・レイのコクピットを薙ぎ払う。
結果、確かに私と彼女の明暗はわかれていた。
「ああ。そう、か」
腹部に剣が食い込んだ私に、アパトルテはやはり微笑みながら告げたのだ。
「今、わかった。神代、帝。貴女なら、きっと、自分も妹も助かる未来を、現実にしたのでしょね………」
それが――最後。
ヴァルグ・レイのコクピットから吹き飛ばされた彼女は、今、意識を刈り取られる。
中空を彷徨い、彼女は身じろぎ一つしない。
後に残されたのは、今も辛うじてベーダーマンの搭乗口に残る、私だけだった―――。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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