34帝とシーア
◇
「……あああぁ、ああああぁぁ!」
いや、蹂躙劇どころの、騒ぎではない。
アレは、駄目だ。
アレは、不味い。
アレを武器に変えた一撃を受けただけで、恐らく自分達は、消滅する。
アレは、そう言った類のモノ。
何物をも消滅させる、正に真なる絶対命令権。
俺はソレを見た瞬間、そう直感した―――。
「つッッッ!」
それでも、俺は必死に考える。
この劣勢を、挽回する方法を。この窮地を、脱する手段を。
だが、空間操作能力では、まず負ける。
今まで空間と融合し、力を増してきた彼女と同じ真似をしても、俺は勝てないだろう。
なら、どうすれば良い?
どうすれば、この怪物を――どうにかできる?
「そうね。では最後に一度だけ通告しましょうか。貴女達――私にひれ伏すなら今よ?」
「くっ、つ……っ!」
微笑みながら、アパトルテ・グランクラスは謳う。
俺はただ、その姿を、愕然と眺めるしかない。
いや、それは彼女も同じだった。
「……ああ、これは、もう駄目ね。私達の……完敗だわ。そう――このままでは」
シーア・クレアムルの声を聴き、俺は漸く我に返る。
彼女はリード・グエルムの柄から降り、俺の前に立って、意味不明な事を告げた。
「ええ。帝、さっき言っていたでしょ? 私の強さは、生き汚いところだって。でも、だとしたら今の私はただの弱虫だわ」
「な、に?」
「……えっと、だから、あー、もう……やっぱ冴木さんの様に格好よくはいかないわね」
「な、何を、言っている?」
「うん。もしかしたら、何時の間にか、帝は私の気持ちさえ侵略したのかも。……そう。貴女をもう一度、お姉さんに会わせるまでは、貴女を死なせる訳にはいかない。なら、私がするべき事は一つよね?」
「だから、何を、言っている――?」
「いえ、帝も気付いている筈よ。今の貴女の脳だけでは、リード・グエルムの情報を全て受け入れ、制御する事はできないって。なら残された方法は一つだけじゃない。リード・グエルムの情報を全て帝にインストールする為に――私は帝と融合する」
「は……? でも、それって、お前の存在が無くなるって事じゃ?」
けれど、シーアは答えない。
彼女はただ、俺を見つめるだけ。
だから、何を、言っているんだ、此奴、は?
「バカか、お前は! お前はあんなに死にたくないって言っていたじゃないかっ? だから、俺は、私は、こうして、お前と一緒にやってきたのにッッッ!」
けれど、シーアはただ首を横に振る。
「いえ、私はきっと、貴女が本当の自分を取り戻す為に、生まれたのよ。……その使命が果たせて、本当に良かった。……帝が、私のマスターで、本当に良かった。だから――私が言うべき事は一つだけ」
〝なんだかとんでもないヒトをマスターに引き当てたみたいだわ、私〟
〝やっぱり私、あなたのこと嫌いだわ〟
「ああ……あああ」
嘗てそう口にしていた筈の少女は、今……笑顔を浮かべながら私にこう告げた。
「だから、絶対に勝ちなさい―――帝」
多分、私はそのシーアの微笑みを、一生忘れない。
いや、頼まれたって、忘れてやるものか。
だが彼女が私の肩に触れた瞬間、シーア・クレアムルは一瞬にしてその姿を、消す。
「あああああぁ、ああああああああああぁっ……!」
その光景を見て、気が付けば、私はそんな声を、上げていた。
余りに呆気ない、シーアの最期を見届けたというのに、そんな声を上げる事しか出来ない。
今、戦場の真っただ中に居る事さえ忘れて、私はもう一度だけ呆然とする。
「な、に? シーアの気配が、消えた……?」
その、アパトルテ・グランクラスの声を聞いて、私は漸く物を考えられる様になっていた。
……そうだ。話は、実に簡単な事。
私はアパトルテに、自分達の姿を重ねたのだ。
神代帝と神代紅音の姿を、私は彼女達姉妹に重ねた。
だから、無意識に彼女に勝つ事を、躊躇った。
アパトルテのユメと、妹を尊ぶその姿を心の何処かで共感していたから。
けど、きっとそれは私にとって、最大の過ちだ。
「……そうだ。お前は、シーアは、私にとって全人類の代表みたいな奴だった。自分の命を一番に考えながら、それでも最期は他人の為に、命を投げ出したお前は――っ!」
なら、答えは一つ、だ。
同性だとわかっていながら、惚れた女が居た。
そんな私を、尊く思ってくれた奴が居た。
私や星良や姉さんの為に、涙まで流した奴がいたのだ。
私達の為に全てを擲ってくれたバカな奴が、さっきまで私の目の前に居た。
そんな奴を、そんな敬愛するべき少女を、私は自分達の世界を守る為に失ったのだ。
なら、この条件で負けでもしたら、私は彼奴以上の大バカ野郎だろうが――!
「帝さんの気配も、変わった? いえ、これは、まさか――?」
ああ。今なら、わかる。
シーアが、アパトルテが、見ていた世界がハッキリ知覚できる。
だから、私は吼えた。
「全記憶および、リード・グエルム――全開放―――ッ!」
「まさか。ただのニンゲンが、プロトディメンションまで召喚した、ですって……?」
私の背後にも、アパトルテと同規模の原型空間が現れる。
そのまま私は、ベーダーマンは――ソノ空間と一体化する。
「そう。そういう事? あの生きたがり屋のシーアが、命を擲ったと? これは、その産物? ならば、私とて容赦はしない」
アパトルテが、私と同じ業を為す。
彼女が駆るヴァルグ・レイも、原型空間に吸収された。
「貴女は――私が全力を以てこの世界から排除する」
「なら私は、いえ――〝私達〟は、貴女を全力でブチのめす」
ここに、私達二人の最後の戦いは幕を開けた。
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。
いよいよ物語も、ラストスパート。
いえ、マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。




