32黒き過去
◇
目の前には、最大最悪の大敵が居る。
この状況を前に、俺は思わず言葉を失う。
「おや。おはやいおつきですね、アパトルテさん? これでもリード・グエルムの力を使い、姿をくらましていた筈なのですが?」
「そう。貴女がキロ・クレアブルね。やはり情報通りのヒトだわ。会ってみてわかった。私と貴女は、酷く似かよっている。私達はきっと、お互い良い理解者になれると思うのだけど」
が、アパトルテが皆まで言う前に、キロは笑顔でソレを否定する。
「いえ。それはありません。わたくしと貴女は、全くの別物です。実際、貴女よりわたくしの方が、余程あくどいので」
けれど、二人の会話はそこまでだった。
次の瞬間、キロは後退を始める。
「では、後の事は全て、帝さん達にお任せします。わたくしはこれ以上、手は出さないので、よしなに」
「だろう、な」
アパトルテに対抗できるのは、俺だけだとキロ自身が言っていた。
なら、ここから先は全て俺の責任だ。
アパトルテの目的が何なのかまだわからないが、いざとなれば俺がソレを阻止する。
キロとしては、初めからそのつもりなのだろう。
現にキロは早々にこの場から消失し、居なくなる。
残されたのは俺と、何時もの服に戻ったシーアだけ。
アパトルテもキロから興味を失くしたのか、追撃はせず此方に視線を向けた。
「どうやら、全て聴いたようね? 私が何者で、帝さんが今どんな状態なのかも」
「だとしたら?」
躰にかかるプレッシャーは、相変わらずだ。
自分が何者か聴かされた後も、ソレは変わらない。
ただ、今の俺には、星良のほかにまた一つ譲れない物が出来てしまった。
その後押しもあってか、俺はアパトルテと正面から対峙する事が出来ていた。
「いえ。ただ訊いてみただけ。意味のない駆け引きは止めておきましょう? どちらにせよ、貴女は私と戦うつもりなのだから」
「どうかな? それは、あんたの目的にもよるぜ?」
まだ訊いていない、ただ一つの重要事項を問う。
けれど、答えはアパトルテの口からではなく、俺の背後からもたらされた。
リード・グエルムの柄に乗ったシーアが告げる。
「……だったわね。まだ彼女が何をしたいのか、言ってなかった。アパトルテ・グランクラスはね――全ての次元を原型空間に回帰させるつもりなのよ」
「な、に?」
全ての次元を、原型空間に回帰させる、だと?
「ええ。それが私の目的。その事だけをユメ見て、私は原型空間を目指し、遂にはソコに至った。世界全てを――原初の姿に戻す為だけに」
「だとしたら、この次元の世界は、どうなる……?」
「……うん。この最下層の世界では存在その物が保てないでしょうね。世界が原初に返れば、間違いなく帝達の宇宙は消滅するわ」
「そうか」
どうりで、開き直っている筈だ。
彼女は初めから、俺達には戦うほか選択肢が無いとわかっている。
こうまで好戦的なのは、その為。
「けど、なぜ? 何であんたは、そんな事をしたがる?」
いや、それこそ意味のない問いかけだったのかもしれない。
多分、俺達が何を言おうと彼女はその意思を変える気はないから。
それでもアパトルテ・グランクラスはフムと頷き、律儀にもその訳を口にした。
そして、俺の意識は――闇に染まる。
「そう。それは――こういう事よ」
「くッ? つ……っ?」
彼女の原風景。
それは、正しく闇の中から始まった。
気が付けば、彼女の躰はバラバラだった。
一番初めに覚えているのは、言語を絶する、その激痛だけ。
一体、何の為に自分はそんな目にあっているのか、疑問に思っている間に躰は再生する。
「……ああ」
けど、その度に、彼女の躰は、再びバラバラにされる。
周囲の大人達は、何故かソレを歓び、酒の肴にした。
「ああ……」
ソレは何日も、何日も、続けられた。
周囲の大人達の気分一つで、彼女の躰はバラバラにされ、その度に再生する。
ただ面白いからという理由で、彼女の躰は破壊され続けた。
「……ああ」
それでも、彼女にとって一番苦しいのは、躰の痛みではなかった。
彼女を最も苛んでいたのは、自分に良く似た少女が同じ目にあっている事。
多分、妹と呼ばれるあの少女が傷つく事が、彼女にとって、最大の苦痛だった。
その度に――その少女に助けを乞われる度に、彼女の心は引き裂かれた。
「ああ、ああ、あ……」
けれど、彼女には唯一の救いがあった。
ソレは彼女には生まれながらにして、ある異能を持ち得ていた事。
自分が傷つく度に、徐々に力を増していくという能力が彼女にはあった。
だから、彼女は待ち続けたのだ。
必死になって自分を押し殺し、自分が彼等の力を上回るその日をユメ見た。
どうか妹が彼等に殺される前に、彼等を殺せる力を自分に下さいと何かに願いながら。
けど、それでも、その結末は、余りに無残だった。
「ああぁ……ああぁあぁ」
いや、あるいは、自分は初めからこの結末を心の何処かで望んでいたのかも。
一刻も早くあの少女をこの地獄から解放する為に、自分はきっとこう願っていた。
〝どうか、一秒でも早く、死んで、楽になって欲しい〟――と。
妹と共に解放された自分達の姿をユメ見ながらも、彼女は何時の間にかそんな事を考える様になった。
「ああぁあぁ、ああああぁ―――」
そして、ある日、それは現実の物となった。
後一回。後一回、順番が逆だったら良かった。
あの日、妹ではなく、自分が犠牲になっていたら、きっと全ては上手くいった。
なのに、それなのに、彼女は、後に知ることになる。
彼女の知らないところで、あの妹は、〝今日は自分が、犠牲になるから〟と自ら彼等に言いだしていた事を。
「あああぁ―――ああああああぁ」
こうしてこの日、彼女の願いは、果たされたのだ。
あの妹だった少女は、彼女が思い描いた通り、たった九つで亡くなった。
その日、彼女の半身は、文字通り引きちぎられたのだ。
「あああああ……ああああああああぁぁぁ」
そこから先の事は、よく覚えていない。
ただ気が付けば、自分は周囲の大人達を、皆殺しにしていただけ。
彼等が自分達にした様にオモチャにはせず、ただひたすらに殺しまくった。
それこそが、アノ妹の為に出来る最後の事だと自分は知っていたから。
「あああ、あああああ、ああああああああ」
だが、世界に出てみて、彼女は驚愕する事になる。
自分達の不幸は、あの妹が味わった苦痛は、決して特異な事ではないと知ったから。
世界のあちらこちらに見受けられ、彼女は自分達が決して特別ではない事を痛感する。
ならば、この世界とは何だ?
なぜ、こんな非道がまかり通る?
正直、それは今でもわからない。
二百五十億年生きた、今の彼女でも不明瞭だ。
ただ、わかった事があるとすれば、一つだけ。
「私は、あの子に酬いなければならない。あの、名さえ与えられなかった、あの子に」
「……ああああぁ、あああぁ、あああああああぁ」
「だから私は世界を一つにする。私が世界の頂点に立ち、私の願望そのものの世界をつくりあげる。……そこまですれば、其処まで行けば、きっとある筈だから。あの子やあの子の様に死んでいった全ての人達が、幸せに生きている世界が。それが私の願い。私の希望。私のユメ。だから――私は全てを犠牲にすると決めた」
「あああああああああああああああああああああぁ―――っ!」
だから、彼女は俺達に、犠牲になれと言っている。
自分の目的を叶える為に、俺達の存在を消去しようとしている。
きっと、彼女は、ずっとこの生き方を貫き通してきたのだろう。
この地獄を前に、俺は、最早何も言えず、ただ、その声だけを聞いていた。
〝――帝――〟
ただ二人の声が、聞こえる。
冴木星良と、神代紅音の声が。
その声が、その声だけが、何とか、俺を正気に戻した。
「……そう、だ。ある『覇皇』は、言った。〝本物の悪魔とは、他者を虐待の対象にする者ではない。その身に受けた超常的な苦痛を、他人の躰を使って再現する者だ〟と。〝それこそ真に悪魔と呼ぶに値する、超越者だ〟と」
「なら、その悪魔とやらは、私、という事になる?」
微笑みながら、アパトルテ・グランクラスは俺に問い掛ける。
俺は未だに迷いながらも、彼女ともう一度向き合う。
「シーアが貴女に怯え、逃げ出した理由が、今わかった。多分だけど、貴女は、本物の幸せを知らない。貴女は、地獄しか知らない。……でも本当にこんな事は言いたくないけど地獄しか知らない人にはきっと、楽園なんてつくれないんだ。貴女自身がまず幸福を知らない限り、ただ地獄が連鎖していくだけ。だから俺は――貴女を止めなくちゃならない」
「ええ。きっと、そんな答えが返ってくると思っていた。では――始めましょうか、神代帝さん。願わくは、これが全ての世界で起こる最後の殺し合いになる事を祈って」
未だに、迷いらしき物がある。
俺は、何かを躊躇っている。
それでも――俺は自身の言葉を守る様にシーアに視線を向けた。
「……わかった。こうなったら、とことんまでつき合うわよ――帝!」
次の瞬間、俺とシーアの躰は、背後に出現したベーダーマンの搭乗口に達していた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
いよいよ、物語も終盤。
最終決戦を残すのみとなりました。
いえ、マカロニサラダは皆様の、評価をお待ちしています。




