31神代紅音その二
◇
俺の、正体?
神代帝の正体を、この少女は知っているというのか?
いや、それも当然だろう。
何せ、〝俺をこうした〟のはほかならぬキロ・クレアブル。
今に至る全ての元凶は、この少女なのだから。
「そうですね。わたくしと紅音さんが出会ったのは、ほぼ偶然でした」
神代、紅音。
俺の姉。
あの姉さんと、『皇中皇』が知り合っていた。
改めてそう理解した時、俺は思わず眉をひそめる。
なんてご都合的な偶然だと思いながら、やはり言葉を失った。
「ええ。彼女はどうも並みのニンゲンでは病に侵された貴方を救えないと考えていた。実際、帝さんはどんな名医もさじを投げる病状でした。故に、紅音さんはある伝承に縋ったのです。楔島に乗り込み、多くの術を操ると言われているわたくしに貴方の治療を頼もうと計画した」
「うそ、だろ? じゃあ姉さんは、楔島まで行ってあんたをこの国に招いた……?」
が、『皇中皇』は首を横に振る。
「いえ。だとしたらドラマチックだったのですが、真相はこうです。わたくしと紅音さんは、この国のあるコンビニで偶然出会った。ええ。先ほども言ったある伝承を元に、わたくしの外見を知っていた彼女は一目で気付いた。実にバカげた偶然だがこの少女こそ、かのキロ・クレアブルだと。そう知った彼女は自分の身を売っても良いからと――帝さんの救済を願い出た。〝どうか自分の妹を助けてくれ〟と土下座までして頼み込んだのです」
「ああ」
……それは、あの姉らしい。余りにも彼女らしい、愚かしさだ。
「そう。彼女はわたくしがキロである事を知っていながら、助け求めた。多くの命を奪い、幾つもの地獄をつくりあげてきたこのキロ・クレアブルに助力を乞うた。彼女はわたくしが大量虐殺者の分身だと知っていながら、それでも頭を下げたのです。
それがどれほどの覚悟なのかは――残念ながらわたくしにはわかりません。ですが、それでも、彼女の気持ちは本物だったのだと思います。
事実、わたくしは彼女の言葉に耳を貸し、結果、わたくしは思い知る事になった。世の中にはこんな偶然もあるのだな、という皮肉な運命を感じたから。彼女の妹が神代帝だと知らされた時、わたくしは彼女の願いを叶えるほかないと判断したのです」
「……それは、なぜ?」
意味がわからないので、反射的に問いかける。
『皇中皇』は何故か、苦笑いした。
「それは――貴方が神代帝だったから。わたくしに縁がある者だったからですね」
「は……? ……つまり、俺とあんたは、知り合いという意味?」
いや、そんな筈はない。
五歳の頃〝こうなった俺〟だが、それ以前の記憶もある。
少なくとも俺は、五歳より前にこの少女とは出逢っていない。
そう考えた時、ある可能性に気づいた俺の躰には――鳥肌が立つ。
「まさか、それは『死界』でか? 俺とあんたは、『死界』で、知り合っていた?」
「そうです。わたくしも、紅音さんに出逢うまでは忘れていたのですがね。彼女から貴方の名前が出た途端――思い出しました。いえ、本来なら『死界』の記憶を持って生まれてくるヒトなどそう居ないのですが」
〝そんなのは、貴方が倒した『葬世界師』位でしょうか?〟と少女は首を傾げる。
だが、それどころでは無い俺は、身をのり出す。
「要するに俺は、あんたの非人道的行為に手を貸した? 俺はあんたの仲間だったのか?」
しかし、黒い少女は、笑ってソレを否定する。
「いえ、協力者であった事は確かですが、貴方の手は白いままです。寧ろ、わたくしの貴方に対する扱いこそ、問題なのでしょう。けど――だからこそこの世界でも『死界』の貴方の力が必要になるかも。そう考えたわたくしは、あの日、貴方を助けた。貴方に今の人格を与え、その力を以て病を克服させたのです」
「今の、人格?」
それは、やはりそういう事?
シーアの推理は、やはり正しかったと言う事か?
「そうか。あんたは『死界』で実験したんだな? 他人の人格を自分の部下に移植する術を。『死界』から鹿摩帝寧の人格と力をとり出し、ソレを神代帝に憑依させた。そうして、あんたは苦もなく鹿摩帝寧を自分の旗下におさめたんだ。結果、『死界』の俺は現世と同じく神代帝としての人格を失い、今の状態になった。俺は『死界』の時点で、既に鹿摩帝寧だったんだろう……?」
そう考えれば、全ての辻褄が合う。
あの『覇皇』の力を、俺が持っている理由もわかる。
俺はやはり――あの鹿摩帝寧だったのだ。
あの姉が、愛した存在では、無かった―――。
だが、彼女は笑みさえ浮かべて言い切る。
「いえ、違いますよ。確かに帝寧皇の力をコンセプトにはしましたが、貴方は鹿摩帝寧ではありません」
「……は?」
俺は、鹿摩帝寧じゃない?
何を言っているんだ、この女は?
俺が完全に理解と言う物を失う中、黒い少女は尚も続けた。
「ですが、アレはわたくしのミスでした。あの術を施行した結果、貴方がどう変化するかを見届けなかったのは。その為、紅音さんは過去の貴方と、今の貴方とのギャップに苦しめられたようですね。一応、〝何があっても問題は無い〟とは言っておいたのですが」
「待て、待て、待て。意味がわからない。俺が、鹿摩帝寧じゃない? なら、俺は一体なんなんだ? おまえはアノ日、誰の人格を神代帝に憑依させた――っ?」
そして、黒い少女は俺を指さし、事もなく告げる。
「ええ、貴女は、胸を張って構いません。
何故って、貴女は紛れもなく――神代帝その物なのですから」
「な、に……?」
………俺が、神代、帝?
男の人格を憑依させられた訳じゃなく、帝そのものだと、彼女は言っている――?
「はい。きっと紅音さんも言っていた筈です。わたくしと似たような事、を」
「ああ……」
〝そうよ。例えどう変わろうと、どんな変化があろうと、貴女は――神代帝。私の妹よ〟
……だとしたら、それはそのままの意味?
アレは、慰めでもなんでもなく、全て、事実だと?
ただ俺一人がソレを信じられず、過去の自分とは別人だと思っていた……?
「でも、だったら何で俺は……こんな男言葉を使う様になった?」
「それは、貴女の父君に所以があります。『死界』の彼は、貴女を白波町の役に立つようなニンゲンに育てたかった。それ故、帝さんが十歳の頃から町保に入る為の訓練を始めた。それから、貴女はどんどん男勝りな性格になってしまいましてね。口調も仕草も男その物になってしまった訳です。ですがこの世界の貴女は――既に五歳の時点でこの人格が組み込まれていた。更には、十歳の時点で既に帝さんは父君を超え、彼から訓練を受けなかった。故に、その時点でこの世界では貴女が男まさりになる切っ掛けが消えていたのです。その為、貴方自身、自分がなんでこんなに男っぽいのか、理解出来ていなかった。貴女の中からこの辺りの記憶がとんでいたのも、原因の一つですね。それが――事の真相」
「……ちょ、ちょっと待て。じゃあ、何で姉さんは俺を捨てた? 彼女は何で、そこまで知っていて俺を、神代帝を――見捨てたんだ?」
この問いを前に、『皇中皇』は真顔になる。
「ソレは、紅音さんが疑いを持たれてしまったから。貴女を助けたあの日、どうもわたくしの姿はほかの町民にも見られていた様でしてね。そのわたくしは、伝承にあるキロ・クレアブルの外見と同じだった。その為、紅音さんはほかの町民からわたくしを頼ったのでは、と疑われた。妹を助ける為に、白波町の大敵の手を借りたのではと思われた。
その疑念は時を追う事に膨らみ続け、ついに紅音さんは町を離れるしかなかったのです」
「な、に?」
つまり、俺はそうとは知らず、姉さんを恨み続けた?
そんな逆恨みを、そんな酷い仕打ちを、俺は姉さんにずっとし続けていたというのか?
「……だとしたら、なんて、バカ、だ。俺は、なんて、バカだ。俺は自分も姉さんも信じられず、ただ空回りして。憎まなくていいヒトを憎み続けて。一体何なんだよ、俺、は……?」
けれど、その時、今まで黙って話を聴いていたシーアが声を上げる。
「いえ。違うわ。確かに帝は、お姉さんを憎んでいたのかもしれない。でも、決してそれだけじゃなかった。アナタはまだ六歳だったから、記憶が曖昧なのでしょう。でも、よく思い出して。彼女の、神代紅音さんの姿を。彼女は、一体どんな姿をしていた?」
「………」
そう、だ。
俺にとって、理想的な存在なんて物は稀有だ。
あえて言えば、ソレは正しく星良か自分自身だろう。
だというのに、なぜシーアはあの姿で生まれた?
俺は彼女に、何を求めたのか?
「……ああ。そう、か。俺は――私は、あの頃と、変わっていない?」
俺は、今でも、姉さんの事を心の何処かでは、慕っていた?
シーアはその事に気付いていたと?
ああ、もちろん気付いていたのだろ。
だからこそ、彼女はあの時、涙したのだ。
姉の事を慕いながら、それでも許せないと告げた俺を、痛ましく思ってくれた。
自分でも気づいていなかった俺の真意を知って、彼女はまた泣いてくれたのだ。
「……ええ。だから、迎えに行きましょう? 全ての厄介事が終わったら帝は紅音さんを迎えに行くの。今度は自分から、神代帝は貴女の妹だって、胸を張って」
そう告げながら、シーアは俺に手を差し伸べる。
俺は彼女のその姿を、視界が歪んだまま見つめ続けた。
「……ああ。そう、だな。姉さんが言っていた通り、俺は神代帝で、それ以外の誰でもなかったんだから。俺は……あの姉さんの妹なんだから。誰よりも他人を愛せる、あの神代紅音の妹なんだから……」
彼女の手をとって、心からそう告げる。
姉さんと同じ姿をした彼女に、そう誓い、俺は頬を伝う物を拭っていた。
しかし、話はそこで終わりではなかった。
「で、ここからが問題なのですが」
「ここからが、問題?」
思わず『皇中皇』の言葉を、オウム返しする。
彼女は真剣な目で俺を見るが、その時、ソレは来た。
この一帯が――深い闇に包まれたのだ。
「いえ、残念ながら、お話はそこまでにしてもらいましょう。私も帝さんとシーアには、大切な用があるので」
悪と断じるには、余りに、穏やかな声。
俺達の目の前には――かのアパトルテ・グランクラスが出現していた。
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