23神代紅音
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では、ご希望に応え、本当につまらない話をしよう。
アレは今から十二年前の事。
いや、正確にはそれ以前からなのだが、神代帝には十歳ほど歳が離れた一人の姉が居た。
彼女は幼い俺の目から見ても完璧なヒトで、完全無欠と言ってよかった。
俺が唯一勝てる部分があるとすれば、それはこの容姿位だろう。
そんな姉は、俺を可愛がった。
性格も可愛いが、自分以上に整った俺の容姿に彼女は惹かれていたのだと思う。
〝今でもこれだけ可愛いのだから、成長したらどれだけ可愛くなるのか?〟
彼女の口癖を一つあげれば、そんな感じ。
彼女は俺を、いや、神代帝をひたすら可愛がり続けた。
俺も、いや、私も、一生そんな時間が続くと思っていた。
けれど、それは私が四歳になった頃おきた。
偶々行った健康診断で私の臓器に腫瘍が発見され、その日から神代家は一変した。
両親も狼狽したが、姉のソレは度を超していた。
正に恐慌、正に驚天動地と言った感じで、姉は私以上にふさぎ込む事になる。
それでも私の病気を治そうと病院を転々とし、その度に手の施し様がないと断られた。
〝ああ。ああ。神様、私はどうなっても良いから、どうかこの子だけは――お助けください〟
まだ中学三年生になったばかりの姉は、そこまで思いつめたのだ。
だが、その絶望はとどまる所を知らなかった。
一年後、私は遂に入院し、ただ死を待つばかりの生活を送る事になる。
腫瘍が私の躰をのみ込んで、何れ死を迎えるその日まで私はただ生き続けた。
だが、異変はそのとき起きた。
誰もがそう絶望し、幼くも気丈だったあの星良でさえ私の為に泣いてくれたその日の事である。
〝帝、帝、もう大丈夫よ、帝!〟
ソレは、本当に馬鹿げた奇跡だった。
いや、ある意味、悪夢と言っても良い。
こんな話、今も闘病生活を送っている人が聞いたら、果たしてどう思うか?
でも、残念ながら、それは事実だった。
〝このヒトが、このヒトが、貴女を治してくれるから!〟
その狂うわしい程の情熱を以て、私の姉はかの不可能を可能にしたのだ。
ソレは、姉と同じくらい幼い少女だった。
おかしな点は、頭に長い鳥の羽を二つつけているところと、そのファッションセンス。
黒いポンチョの様な物を被り、袴を穿いたその少女は今考えても奇妙だったと思う。
その少女と姉が、どう知り合ったかは知らない。
今も、わからない。
だが、その少女が私に触れた途端、全てが一変した。
衰弱していた筈の私の躰には確かに活力が戻り、あろう事か、全快したのだ。
〝ああ、帝、帝、帝――!〟
けれど、姉はこの時まだ、気付いていなかった。
それが彼女にとって、最悪のシナリオである事に。
私が俺に変わった事に未だ気付かぬまま、彼女はただ俺を抱きしめる。
やがてそんな彼女も、気付く事になる。
〝……なん、で?〟
ソノ事実を知った時――姉は本当の意味で絶望したのだ。
彼女が愛していたのは、飽くまで、神代帝。
年相応に幼く、それでいて無邪気だったあの少女である。
決して――俺の様な見知らぬ他人ではない。
〝帝? 帝? 帝?〟
彼女のその嘆きを、俺は生涯忘れる事は無いだろう。
自分の妹が、俺と言う自分でもわからない存在に変わった瞬間、姉の中で神代帝は確かに死んだのだ。
この時点で、俺と彼女の関係は、終わっていた。
それでも、やはりあの姉は完璧だった。
折れかけた心を何とか立て直し、自分が救ったこの俺と向き合おうとしたのだから。
既に他人となった俺と彼女は生活し、他愛の無い話をして笑い合いながら日々を過ごした。
姉は楽しそうに微笑みながら日々を送り、俺も決してそんな姉が嫌いじゃなかった。
だが、ソノ果てに、彼女はとうとう行き着いたのだ。
〝……ああ〟
ある日、何の前触れもなく姉は唐突に破綻した。
余りに真っ直ぐすぎた彼女は、遂に俺と言う存在に耐えられなくなった。
彼女は今まで騙し騙しやってきたけど、漸く、俺が神代帝ではない事に心底から気付いたのだ。
「事実、あの日、姉さんは、俺の前から消えた」
「…………」
あの変態に襲われる二カ月前、俺の姉は――神代紅音はこの家を出た。
行方不明になり、今も行方がわからない。
それが、俺の知る神代紅音の物語。
余りに愚直で、愛情に溢れたが故に自壊した、ある少女のお伽噺―――。
「……つまり、紅音さんは、その女のヒトに騙された?」
「かもな。あの羽根女が何をどう説明して姉さんに近づいたかは、わからない。けど、確実に言える事は、一つだけ。姉さんはこんな未来を望んで、全てをあの女に託した訳じゃないって事だ。現に――姉さんは俺を捨てた」
「待って。……それじゃあ、帝は、お姉さんの事を?」
「ああ。それなりに恨んではいるよ。あの姉の事は。勝手に可愛がって、勝手に助けて、勝手に捨てた、あの姉の事は。それこそ、本気でブチ殺したいと思っているほどに。こういうのを可愛さ余って憎さ百倍って言うんだろうな」
つい本音を漏らすと、何故かシーアは、愕然とした顔を俺に向けた。
「なによ、それ?」
彼女は、胸を両手で押さえながら、徐に告げたのだ。
「……そんなの、余りに救いがなさすぎるじゃない。何時もの、大らかなアンタは何処に行ったのよ? アンタ、大抵の事は、笑って許してきたんでしょ……? だったら、アンタがするべき事は一つじゃない。そのお姉さんの事も―――笑って許してあげなさいよ」
あろう事か、バカげた事に、彼女は、何故か泣きながら告げる。
彼女の意図がわからない俺は、やはり、首を傾げるしかない。
「だから……何で、シーアが泣く?」
「だから、そんな事さえわからないアンタの代りに、私が泣いてあげているんでしょうが!」
ソレは、何時か、何処かで聞いた言葉だった。
なら、俺は唖然とするほかない。
「やっぱ、話すべきじゃなかったかもな」
「そう、ね。私も、聴くべきじゃ、なかったかも」
話はそれで終わった。
俺はもう一度天を仰ぎ、シーアは逆に顔を俯かせていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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